05 もしかして、貴方はまさか
ドドリーに無事嫌われることが出来たので(私の心は無事ではない。大荒れだ)私は次なるターゲットを探す。
思い出せ私……他に攻略対象がいそうなところはどこだ?
自室で頭を抱えても仕方がない、私は椅子から立ち上がると王宮内の散策に向かった。
「……図書館ひっろ……」
真っ先に思いついたのは図書館だった。確か図書館イベントがあった気がするからだ。
王宮にある図書館は広いと噂を聞いていたが、まさかこれほどとは。
見上げれば天井は遥か遠くに見え、左右を見れば果てがないと感じるほどに広い。
こんな状況で攻略対象を探し出すのは至難の業だろう。
「……あ、」
誰かが私の近くで声を漏らした。
そちらを振り向いてみれば、そこにいたのは見目麗しい男性だった。
「……姫の、メイド……」
……ん?この話し方、この声、どこかで聞き覚えがある。それにこれほどのイケメン……
もしかして、貴方はまさか。
「……アイリス」
「んあぁぁぁぁぁぁぁ!」
思い出した、私は思い出してしまった。
私が一番最初に気になった攻略対象の顔を、声を、名前を忘れようとは。ファン失格だ。
「……うるさい、何?」
「貴方……クロームよね!?」
失礼、彼の紹介が遅れてしまった。
彼はクローム。髪の毛も瞳も純黒で、男性にしては少し長い髪を軽く結っている。
目を完全に隠してしまう前髪を煩わしそうにしながら(煩わしいなら切ってしまえばいいのに)、彼は私を見る。
隠れているはずの双眸は、しかし私のことを見ているという気配を感じさせる。美しく輝く黒い瞳が私を射抜いているのを感じる。
寡黙で儚げな黒髪キャラは完全に私好みで、このゲームを始めるきっかけになったのは彼だと言っても過言ではない。
「……何、今更。そんなこと、言って」
怪訝そうに私を見る。あ、目が合った(気がした)。
「……いいえ、何でもありません」
いかん、ついつい私が前に前に出てしまう。私は私ではない、『わたくし』なのだ。アイリスなのだ。落ち着け、私。
「……ねぇ、アイリス」
「は、はい……っ?」
自分はアイリスだと何度言い聞かせても、やはり声が上擦ってしまう。だって呼び捨てだぞ、好きな人(推しという意味で)から!名前を!呼ばれている!呼び捨てで!!本当の私の名前ではないけれど!!
……私はコホンと咳払いをし、冷静さを取り戻した。
「……姫様、最近どう?」
「最近は……以前よりはお元気ですよ。クローム様の薬のお陰でしょうね」
そう、彼は姫様専属の薬師なのだ。
「……そう」
言葉数は少ないが、僅かに変わる目元の緩み具合と口元あたりの表情が彼の感情をよく表している。
「……何かあれば、呼んで」
「えぇ、姫様をよろしくお願いしますわ」
「……うん」
私はクロームと別れ――まぁもちろん、すんなり別れるのは少し惜しいので、たわいもない話を何分かしていたのだが――私は姫様のもとに向かった。
――クロームと別れ、図書館を出てからしばらくして、「私嫌われるためにクローム探ししてたのに、仲良くなってどうするの!?欲望に忠実すぎる私の心の体が憎い!」と気づき、叫んだ私の声は、冷たい廊下にひとり寂しく反響しただけだった。
冷静さを取り戻した私は、あることを考えていた。
『もし姫様とくっつくならクロームか、もうひとりの攻略対象がいい』
まぁそれは私の推しキャラだったからというのもあるが、クロームが姫様とくっつけば姫様のもしもの時にすぐ動けるというのが大半の理由だ。
もうひとりの攻略対象は、私の1番の推しだ。
私が彼のバッドエンドを迎えると、『監獄に入れられる』というエンドを迎える。
死なないエンドなのだから良い。
例えば、ドドリー。
私は先日、彼の聖域を穢しただけであれほど怒っていた――はずだったのだが失敗に終わったが――。
姫様と結ばれれば、必然私ともいる時間が長くなる。そうすれば彼はイライラが募り……殺されてしまう。詳しい事情はいまいち覚えていないが、とにかく酷い話だったはずだ。
純粋無垢な彼が一番凄惨なエンドになるのだ。末恐ろしい。
そう考えると、私が望むベストなエンドは。
姫様のためにクロームと結ばれるか、私のわがまま(推しと推しという神がかり的なツーショットを見るという欲望)で、もうひとりの攻略対象サマとくっつくか。
これが「私」なら二択だっただろう。だって推しと推しが並んで笑い合いながらお茶したりするんだぞ?目の前で見たいじゃないか。お茶の準備したらふたりの推し(ツーショット)から感謝されちゃうかもしれないんだぞ?ヤバいでしょ?
だが、この世界は私ではなく「わたくし」がメインで、あくまで私は「わたくし」にお邪魔させてもらっている、いわば居候のようなものだ。
私が、そして「わたくし」が姫様を幸せにするためには、クロームと結ばれるべきだ。他の追随は許さない、クローム以外と姫様が結ばれるなんて断固反対だ。
とはいえ第一は姫様の幸せなので、私は姫様が望んだ相手ならばそれでいいと思う。
例えそれがあのいけ好かない騎士だろうと、暑苦しい料理長であろうと、薬師であろうと、誰であろうと。
そのためにはまず、私が頑張ろう。姫様を幸せにしてくれる人を見つけるために!
――それからしばらくして、私は気付いた。
「クロームって何したら人を嫌うの!?」
普段からほとんど人と関わることをしないクロームに、私はどう嫌われればいいのか。
ドドリーの件が解決したかと思ったら、次も次で難題が飛び出してきた。
小さく嘆息し、私は先見えぬ明日に思いを馳せた。