34 キス、された?
ヴェロールと別れた私は、クラウに手――というか手首というか――を引かれるまま歩いていた。
舞踏会の会場を出て、長い廊下でふたり並んで歩く。
「……ねぇ、あれでよかったの?」
あれとはきっと、私がヴェロールに対してあんな態度を取ったこと――私を連れ戻すためなのか、私に要らない者だと烙印を押すためなのか、理由は定かではないが、とにかく私を追ってアステアまで来たヴェロールを冷たくあしらったことだろう。
「あの人……アイリんとこの神官長のヴェロール、だっけ。アイリを追いかけてここまで来てくれたんだと思うけど」
「分かってます、それくらい、わたくしにも分かります。でも……」
「拒絶されるのが、怖い?」
「……はい」
クラウには全てお見通しのようだ。
クラウの言う通り、私は怖いのだ。ヴェロールに拒絶されることが。
「そんなことするためにアイリを探してたようには見えなかったけどね、僕には」
「……かも、しれませんね。でも、怖いんです」
「……そっか」
クラウはそれ以上、何も聞いてこなかった。
しばらく沈黙の時間が続いたが、むしろ今の私にはそれが心地良かった。
「……そういえば、これってどこに向かっているのでしょうか」
「そういうとこ、本っ当に気をつけたほうがいいよ」
「え?」
引かれていた手首がグッとクラウの方に引き寄せられ、私はバランスを崩す。――着慣れていないドレスを纏い、履きなれていないヒールを履いていれば、バランスは簡単に崩れてしまった。
かろうじて壁に寄りかかることはできた、が。
「……あ、あの、クラウ様?」
何故私の手首を掴んでいない方の手が、私の顔のすぐ横にあるんだ……何故私はクラウに壁ドンされているんだ!?
「危機感が無さすぎるんだよ、アイリ」
「クラジオ様の護衛をしている時は、常に危機感を持って……」
「そうじゃない。アイリは女として危機感を持った方がいい。どこへ行くかも分からないのに、男にホイホイついていっちゃダメだよ」
「……それはだって、クラウ様だから」
「僕だから、何?クラジオならまだ分かるよ。クラジオは愛する婚約者がいる、だからそんなことにはならないかもしれない。でも僕には婚約者がいないんだ。なにをされてもおかしくないと思わないの?」
初めて見るクラウの怒った顔に、私は動揺した。――今までクラウが私に見せてきたのは、飄々とした笑みか、穏やかな表情ばかりだったからだ。
「で、でも、クラウ様がわたくしにそんなことする理由なんて……」
「好きだから」
「…………は?」
「キミが好きだから……って言ったらどうするの?好きな人が舞踏会から連れ出しても何も言わずについてきたら、大抵の男は勘違いすると思うけど」
「……で、でも……っ、」
そんなはずない。私にはクラウから好かれる理由はない。それに……
「……ごめん、意地悪言った」
クラウはそう言うと、今まで放っていた怒りのオーラを霧散させ、いつものような穏やかなクラウに戻った。
クラウは、私をそっと、軽く抱きしめた。
「アイリを困らせたいわけじゃなかったんだけどなぁ……でもま、これで分かったでしょ、男は怖い生き物だって」
「……え、えぇ……」
耳元で聞こえるクラウのナイスボイスのせいで、こう答えるのがやっとだった。
「微妙な雰囲気にしちゃってごめんね。……どうしよ、このまま帰る?それとも舞踏会に戻る?」
正直もう部屋に帰りたい。会場には、まだ彼がいるかもしれない。そう思うと、会場に戻るのは嫌だなと思ってしまう。
「……部屋に、帰りたいです」
「ん、分かった。アイリの部屋ってこっちだよね?送ってくよ」
「はい、ありがとうございます」
私はクラウに部屋まで送ってもらうことにした。
――――否、送ってもらう予定だったのだが。
後ろから高いヒール音が聞こえた。……やけに聞き覚えのある音だなぁと思いつつ、私は顔を前に向けたままでいた。後ろを向いたら、鬼のような形相をした彼に鬼のように罵詈雑言を浴びせられるのだろうと思うと、余計に振り返りたくないという気持ちは強くなる。……が。
「……アイ、リス」
ただ名前を呼ばれただけなのに。少し……いや、かなり息が上がっている声で名前を呼ばれ、私の胸はうるさいくらいに高鳴った。
「……もう大丈夫?」
「正直厳しいです、今すぐダッシュで逃げたいです。でも……頑張ります」
「うん、頑張って」
クラウに向きを変えられ、そして背中を押され、私はヴェロールに1歩近づいた。
「……アイリス」
ヴェロールもまた、1歩近づく。
「ヴェロール、さま……」
更に距離を縮めていき……その間に「じゃ、あとは頑張ってね」と去っていったクラウを横目に見た。
すると、今までじわりじわりと縮められていたふたりの距離が、一気に縮められた。
そして、痛くなるくらい強く、強く抱きしめられた。
「……私めは、何度貴女を失えばいいのですか、何度貴女を危機に晒せばいいのですか……!」
「……で、でもわたくし、」
「でもなんて聞きません」
反論しようと開きかけた口は――ヴェロールの唇によって塞がれてしまった。
触れ合うだけのキス。しかし恋愛初心者の私は、それだけで顔は真っ赤に染まり、思考は完全に停止した。
(キス、された?……うわぁ、目閉じても美形は美形……睫毛長い……じゃなくて!今私キスされたんだよ!?)
「アイリスさん」
甘く耳元で囁かれたそれは、私を陥落させるには十分すぎる力を持っていた。
ガクン、と膝から崩れ落ちかけた私を抱き留め、あろうことか私をお姫様抱っこしたのだ。
あらやだ素敵……と、私はヴェロールの顔を下からうっとり眺めていたのだが。
「……さて、じっっっっっくりと話を聞かせてもらいますからね?」
「……いやあぁぁぁぁぁぁ!」
彼の口から――先程私の唇と触れ合ったその彼の口から――放たれた言葉により、私は誰もいない廊下に悲鳴を響かせた。




