33 救世主
舞踏会当日。
朝から私の部屋にメイドがふたり来た。曰く、「クラジオ様の隣に立つに相応しい女性に仕上げるために参りました」とのこと。すごい、めちゃくちゃメイドっぽい。礼儀正しいし。
明るい水色の長髪をハーフアップにし、耳元に輝くエメラルドのイヤリング、そしてエメラルドグリーンのドレスを身に纏った私は、今までのどのアイリスよりも美しかった。……自意識過剰とかナルシストとかじゃないからね、あくまでアイリスの話だからね!
この姿を見たメイドは「お美しいですわ!」「これであの方もイチコロですね!」と言っていた。最初のは分かるけど、後半の何?誰をイチコロにするわけ?
「……」
迎えに来たクラジオは、私の姿を見て言葉を失っていた。
「ちょっと、馬子にも衣装とでも言いたいんですか。失礼ですよ」
「……そういうわけではない。いや、そうなのか?」
「言いたいことがあるならハッキリ言ってくださいよ」
モゴモゴされては何を言いたいのか伝わってこない。
「とても、似合っている。今まで見てきたどの令嬢よりも美しい」
「それはどうも。でも、そんなこと軽々しく言っちゃダメですよ。予行練習とかならまだいいんですけれど、それにしたって恋い慕う相手に勘違いされたら元も子もないですからね。というか、婚約者がいるのでしょう」
「……そうだった。コイツはこういうヤツだった」
「えっ、なんですか急に」
「いや、なんでもない。そうだな、俺には可愛い可愛い婚約者がいるからな。軽率な行動には気をつけようと思う」
「えぇ、それがいいと思いますよ」
アクレシア・フォン・フォルリーア。彼の婚約者の名前だ。――またの名を、中島あづさ。同じ転生者だ。
「だが、俺以外に婚約者のいない者も多い。気をつけろ」
「んー、はいはい分かりましたよっと」
「分かってないだろ」
「さぁ、なんのことでしょう。……クラジオ様、そろそろ曲が始まる頃ですよ。行きましょう」
「あぁ、そうだな」
私は目元を隠すマスク――仮面といった方が馴染みはあるだろうか――をした。今日は仮面舞踏会らしく、王族以外は仮面をすることが義務付けられている。
仮面を付け終わったことを確認した彼は私に手を差し出し、私は手を重ねて部屋を出た。
豪奢な扉が開かれ、一歩踏み出すとそこは絢爛豪華なパーティ会場だった。……みんな仮面してるから不気味だけど。
クラジオがこの場に足を踏み入れたことで、一気に空気が変わった。張り詰めた空気、と言うべきか。そりゃそうだよね、王族が来たんだもん。
「……はっ」
一瞬だけ嘲笑を浮かべたクラジオは、あっという間に表情を変えて「踊ろうか、アイリス」と微笑み、会場の中心に躍り出た。
王宮お抱えらしきオーケストラたちが、私たちが踊り出すことを察し、演奏を始めた。
最初はゆったりとしたテンポ。なので私たちもゆっくりとステップする。そしてだんだん曲が早くなり、それにつれてステップも難しくなる。……まぁ体はアイリスなので、結構楽に、かつ楽しく踊れるのだが。
「そういえばクラジオ様、なんでアクレシア……様ではなくわたくしをエスコートするなんて言い出したんですか?」
「あぁ、シアは最近体調が優れないらしくてな。かといって、誰もエスコートせずに舞踏会に参加するのも良くない。だから代わりにお前を指名した。メイドだと言えば、変に角が立つこともないだろうと思ったんだ。そもそも仮面舞踏会なら誰でも良かったがな」
「なるほど」
――このなるほどには、ふたつほど意味が込められている。ひとつはアクレシアをエスコートしなかったことについて。そしてもうひとつ、アクレシアのことを愛称で呼んでいるということについて。……なぁんだ、ふたりとも仲良しじゃん!
と雑談をしていると、オーケストラたちが美しい余韻を残し、この曲の終わりを告げた。
私はクラジオから一歩分距離を置き、ドレスを摘んで礼をした。すると、会場が拍手に包まれた。
「いやはや、まさかお前がダンスまで上手いとは思ってなかったな」
「いえいえ、クラジオ様のリードがお上手だったからですよ」
「あと口も上手いな。……助かった、踊ってくれて」
「どういたしまして。じゃ、私は料理を見てきます。何かあったら呼んでくださいね。一応わたくしはメイド兼護衛なんですから」
そう言い残し、私は彼と別れて料理が並べられたテーブルに向かう。
あと少しでたどり着く、というところで誰かとぶつかった。
「あら、失礼致しま…………」
「いえ、こちらこそすみませんね。私めこそ、前方不注意だったものですから」
目元を隠していても分かる。この鋭い紫色の瞳は。
「ところで貴女、先程王族の方――第三王子のクラジオ様と踊っていましたよね。とてもお上手でした」
この吹き荒れるブリザードは。
「ぜひ私めとも踊っていただけませんか?」
――――ヴェロールだ。
「けけけ、けっ、結構ですわ!わたくし疲れてしまいましたの!」
こんな激おこのヴェロールとふたりっきりで踊るとか無理!何言われるか分かんないし、怖いし、恐ろしいし、なにより怖い!……あれ、同じこと何度も繰り返してた。……じゃなくて!
「おほほ、わたくしはか弱い乙女ですから、1曲踊っただけで疲れてしまいますの」
「そうでしたか。それは気が付きませんでした、申し訳ありません。でしたら休憩室までご一緒致しましょうか?」
絶対コイツ休憩室の中まで入ってネチネチネチネチ言ってくるに決まってる。あぁ嫌だ!
「いいえ、ひとりで行けますわ。そもそも休憩室は必要ありませんの」
「そうですか。でしたら……」
「水を差すようで申し訳ないんだけどさ」
急に私たちの間に人が来た。それは誰であろう――第二王子、クラウだった。
「この女性が困っているように見えたからね、ちょっと邪魔させてもらうよ。……アイリ、大丈夫?」
あぁ、クラウの心配顔が救世主の微笑みに見える……!拝みたい!ありがたや、ありがたや……なんて。
まぁコイツは姫様を毒殺しようとした犯人だから拝むわけにはいかないんだけどね。今回ばかりは助かった、いやマジで。
「あら、クラウ様。お久しぶりですね」
「久しぶり。仮にも女性である彼女に、そう詰め寄るのもどうかと思うな、僕は。……さ、行こうか」
「仮にも女性ってなんですか、仮にもって」
聞き逃せない言葉に反論しつつ私は救世主について行こうとヴェロールに背を向け――尻目に見た彼の驚きと怒り、そして悲しげな表情に少なからず動揺したが――クラウの背を追いかけた。
私だって申し訳なさくらい感じた。だが、それ以上に私は怖かった。
ヴェロールにネチネチ言われるのもそうだが、それよりも。
「貴女は裏切り者なのだから、リエールには要らない。帰ってくるな」と姫様から……ヴェロールから言われてしまうような気がして。
それが怖くて、私は彼に背を向けた。――私は、まだ弱いから。




