16 トリカブト
ヴェロールとの感動の再会から1週間後、事件は起こった。
「毒殺未遂事件が少しだけ解決に近づきました」
いつものようにルーナが私に調査の進捗を教えに来てくれた時のこと。
「何が分かったんですか?」
いつもの調子で尋ねると、ルーナは爆弾を投下した。
「凶器……と言いますか、用いられた毒が分かったんですよ」
「へぇ……」
なるほど、ならば彼女の言う通り、事件が解決に一歩……どころか三、四歩は進んだだろう。
さてさて、用いられた毒の名前は?
「トリカブトでした」
「ごほっごほっ……っ、えぇ、トリカブト、トリカブトねぇ……なるほど、確かに毒殺には使えるんでしょうね」
「……どうしました?」
「いいえ?特に何もないですよ」
嘘だ、大嘘だ。内心大荒れだ。ハザードランプ点滅しまくりだ。
(えっ嘘ちょっと待って、トリカブトって私がディラスにあげた花だよね……!?でもあれ毒素ないやつ買ったはず、だけどもしこれで私が少しでも毒素持ってる買ってディラスにあげてたとしたら、私もう逃げようがないやつじゃん!直接手を下したわけでなくても、たまたま凶器と同じものを持ってましたってアウトなやつじゃん!?)
……とまぁつまるところ、私は着実に、有罪に近付いているということだ。
ディラスがポロッと言ったら終わりだよな。オレ、アイリスちゃんからトリカブト貰ったよとか。
――やめろ、フラグじゃないぞこれは!
「しかもそのトリカブト、根ではなく花から毒を抽出したみたいなんですよ」
「へ、へぇ……花から毒をねぇ……」
ヤバいぞこれは。私がディラスに渡したのはトリカブトの花(根は付いていない)で、今回使用されたのはトリカブトの花の部分。
……でもまぁ私の部屋にはもうトリカブトはないはずだし、大丈夫だろう。
私はトリカブトを1輪だけ買って、それをディラスに渡したのだ。だから今の私に恐れることはないということだ!
と考えていると、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら騎士が牢に入ってきた。
「尋問中失礼する。容疑者アイリス。貴様の部屋からトリカブトが発見された。これにより、ベルベット姫毒殺未遂事件の主犯であると判断され、3日後の黄昏時、貴様の裁判が開かれることとなった!」
……今なんと?裁判って聞こえた気がしたのだが、気のせいだよね。気のせいだと言って!
それだけ言うと騎士は慌ただしく牢を出ていった。
ルーナを見ると、今までで柔らかくなった表情が一気に冷めていた。そして、騎士に倣って一緒に牢屋から出ていこうとしていた。
「ルーナ、待って!私は本当に何もしてないの……!お願い、ちゃんと話を聞いて!」
ルーナならば私の話を聞いてくれるはずだ。
……だが、そう信じたのは間違いであった。彼女はあくまでシスターなのだ。
「……申し訳ありませんが、罪人と話すことは許されませんので」
「……そう、よね……わたくしは今から、罪人なのですから」
「……あたしはずっと、信じてた。貴女が無罪だって」
「……る、ルーナ……っ、」
「さようなら。……短い間でしたが、楽しかったです。貴女が罪を認め、償った時にまた、友達のように話せる日を楽しみにしています」
「まっ……」
私にルーナを止めることは出来なかった。
彼女はあくまでシスターとしてここに来ていただけだった。
最近は仲良くなって、色々話せるくらいにはなった。だが、もうそれは叶わない。
この牢がここまで冷たく、寂しく感じたのは牢に入ったばかりの頃以来だ。
遂に裁判を明日に控えた夜、私は牢の隅で布団も使わずに横になり、寒さで凍えながら眠っていた。
容疑者であった時なら簡易ベッドがあり、薄いながらも多少は寒さを凌げる布団があった。
しかし罪人となった今、それすらない状態だ。
寒さで眠るにも熟睡できない状況で、私はかろうじて意識を眠りの中に閉じ込め始めていた。
次第に沈みゆく意識の中で、声が聞こえた。
「……アイリス」
その声の主は、私が前世から恋焦がれていたあの声。――私を助けてくれると言った、彼の声。
その声に誘われるようにうっすらと瞼を開け、そちらを向く。
「……っ」
彼の息を呑む音が聞こえた。
「……何て酷い顔をなさってるんですか、貴女らしくもない」
いつものように私に悪態をついた彼だったが、私の方はさすがに疲労が溜まっている。彼の悪態に対して、いつものように反論する力が湧いてこない。
「……しょうがない、じゃないですか……」
「……それもそうですね。こんなところに閉じ込められていれば、こうなるのも当然です」
珍しく彼は追撃をしてこなかった。……気でも触れたのか?
「……」
「……」
気まずい沈黙が降りる。
「「……あの」」
声が重なる。
「「どうぞ」」
再び声が重なる。
「「……」」
先より気まずい沈黙が降りる。
「……っだー!いいから先にどうぞ!」
「……そうですか。ではお言葉に甘えた私めから聞かせてもらいますね」
沈黙に耐えきれず、私はヴェロールに先に話をしてもらうことにした。
「……どうして貴女が罪人だと確定したんです?貴女は手を下していないのでしょう?それとも、してもないことをしたと自白したのですか?」
「……あー、それはですね。多分、見つかった凶器のせいです。凶器がトリカブトだと判明したんですけど」
「ふむ」
「わたくしが花祭りでディラス様に差し上げたのが、トリカブトでした」
「ふむ……ってはぁ!?」
「トリカブトの花言葉が『騎士、復讐』だったのでちょうどいいかなと」
「…………はぁ……」
待ちたまえ、ヴェロールよ。いかにも呆れた雰囲気出さないでくれ。虚しくなるじゃないか。
「それでわたくしはトリカブトをディラス様に渡したんですよ。そうしたらわたくしの部屋からトリカブトが見つかったってなって、わたくしが罪人だと判断されたわけです」
「……ちょっと待ってください、それでは辻褄が合いませんよね」
「そうなんです。わたくしはディラス様にトリカブトを渡しました。それなのに何故、わたくしの部屋にトリカブトがあるのでしょう?」
「…………何故それを誰にも言わなかった」
「だって、言おうにも誰も来ないんですもん」
「ルーナは」
「罪人と話すことは許されない、だそうです」
「……それが教会の教えですから仕方がありません。では、見張りの騎士は」
「聞かないでしょうね。たかだか一介の騎士が罪人と話すのは良くないでしょう。賄賂を渡して逃亡計画を立てているのかも、なんて噂が立ってしまう可能性がありますし」
「…………なるほど」
彼はしばし沈黙し、顔を上げた。
「裁判はいつですか」
「明日の黄昏時からです」
黄昏時というのは、夕日が沈み始めた時間のことだ。
「……時間が無い」
「そうですね、ですからわたくしは甘んじて判決を聞こうかなと。もちろんさっきまでの話はしますが――」
「……馬鹿ですか貴女は!?」
ただでさえ狭い地下牢に、ヴェロールの大声が反響した。
「何故してもいない罪を認めるようなことを言うのですか……、何故そうも簡単に諦めてしまうのですか!?まだ解決の糸口は……」
「ないですよ。仮にわたくしが直接手を下したわけではないと分かっても、凶器を保持していたのは事実。ならば判決は極刑を免れるかどうか微妙なところですよね」
「……っ、」
ヴェロールは悔しそうに唇を噛んだ。
「……すみません。せっかくわたくしを助けようとしてくれたのに、それを裏切ってしまって」
「……だ」
「え?」
「まだ、終わらせません」
以前と同じくらい……あるいはそれ以上に熱く燃えた瞳を私に向けた。
「貴女を必ず助けると言ったんです。貴女が無実であることを証明します……何がなんでも、絶対に、必ず、貴女を助けます」
「……でも時間はないですよ」
「そんなものどうにでもなります。姫様やディラスに証言してもらえば何とかなるかもしれませんし」
「……あ、その手があったか」
盲点だった。姫様はともかく、ディラスに証言してもらえば何とかなるかもしれない。トリカブトについては反論の余地はないのだが、私の部屋にトリカブトがあるはずないということが証明されるはずだ。
「……まさかこれを二度も言うことになるとは思っていませんでした。……待っていてください」
「えぇ。処刑台で待ってます」
笑えない冗談だが、冗談を言える心の余裕が出てきた。
「……ありがとうございます」
「いえ、私めが勝手に責任感を感じているだけなのでお気になさらず」
私たちは再び処刑台で再会することを誓い、今度こそは、と意気込みあった。
トリカブトについて調べてみたところ、本来トリカブトから毒素を抽出する部位は根らしいです。詳しくは分かりませんが、とりあえず花から毒素を抽出するのはなさそうです。これがトリカブトにわか……!すみませんっ!
あくまでこれはフィクションだと認識した上で読んでいただければ幸いです。




