14 地下牢
姫様毒殺未遂の疑いで、私は今王宮の地下牢にいる。今日は何日目か。
いかにもな白黒の罪人服(まさかの膝ちょい下くらいのワンピースタイプ)を着て、足にはいかにもな鉄球のようなものが繋がれ……よく前世で見ていた監獄そのものだ。今思うと映画やアニメ、ゲームの監獄のイメージはあながち間違いではないようだ。
少し歩こうとすればカシャカシャと鎖が鳴り、監視の騎士がこちらを注意深く見てくる。
ここには関係者以外立ち入り禁止となっている。関係者というのは、監視役の騎士数名のみ。
姫様のご尊顔を拝むにも叶わず、歩み寄ると決めたヴェロールも、毒味のために会っていた料理人たちにも、他の人にも全く会えない。
毎日3食、地味にかたくなっているパンと、サラサラのスープを貰う。
パンはそのままでは食べにくいのでスープに浸して食べるしかない。しかしスープがぬるい。冷たくはないけど、ぬるい。
まぁ罪人(仮)に出す食べ物なのだから、当然といえば当然なのだが。
だがしかし、今はそれより気になることがある。
「……姫様、大丈夫でしょうか……」
冷たい地下牢に、寂しく声が響く。
「ベルベット姫の心配よりもご自身の心配をしてはいかがですか、アイリスさん?」
知らない声が地下室に響き渡る。
カツン、カツン、と高らかにヒール音を鳴らしながら誰かが牢に近付いてきた。
「お初にお目にかかります。あたしはルーナ。教会に務めるシスターです」
そう言って私の前に姿を現し、ぺこりと軽くお辞儀をしたのは、シスターのベールを被り、金色に輝く髪を高い位置でツインテールにした可愛らしい女性だった。
「貴女の罪を告白なさい。さすれば神は貴女を赦してくださいます」
ふわりと笑ったその顔は、神職者らしい実に美しい笑みだった。表面上は。
だが真意はきっとこうだ。
『さっさと自白しやがれこの野郎。わざわざこんな埃っぽいとこに来るのも嫌なんだよ』
きゃー怖い。(全て私の妄想だ)
「わたくしは何もしてない」
「何もしていなければベルベット姫は倒れなかったでしょう。あれは毒が仕込まれていました。そして茶会の準備をしたのは貴女ひとりだと、ディラス殿から伺っております。貴女以外に毒の仕込みようがないでしょう」
「だから……っ、」
コイツは何を言っても分からないようだ。私が犯人だと決めつけている。
「……はぁ。もうお好きなように解釈なさって結構。姫様には結婚式には呼んでもらうのでそれで私の目的は果たされますし」
私の目的――姫様の幸せの瞬間を見届ける。
それさえ叶えばそれでいいのだ。
「それは自白なさったと受け取っても?」
「どうぞご勝手に」
「ありがとうございます。神はきっと貴女を認め、赦すでしょう」
ありがたくもない定型文を聞き、私は大きくため息をついた。
私に背を向けて牢から離れようとしていた時に、私はふと思いついたことがあった。
思いついたというか、頼まなきゃいけないことができたというか。
「……あ、そうだ。少々頼みたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「内容によります」
一応聞く気は持っているみたいだ。ありがたい。
「このこと……神官長は知っているのでしょうか?」
「いえ、ヴェロール様は『姫様が毒殺されかけた』ということまでしか知らないはずですが……何故でしょう」
心底不思議そうに聞き返すルーナ。
「……わたくし、彼のことが好きみたいですの。それで、ぜひこのこと……特に、わたくしが地下牢にいるということは知られたくないのです」
「……なるほど、惚れた弱みってやつですね」
ルーナはニヤリと笑った。先の神職者らしい笑みより人間らしかった。……だが何故だろう、少しムカつく。
「……分かりました。あたしのできる限りは黙っておきます。まぁバレるのも時間の問題でしょうけど」
「……バレたらバレたで良いんです」
「貴女のその心意気、あたしは感動しました。……応援しますよ、その恋」
「どうも」
その後も少しだけ彼女と話した。主に恋バナだ。
しばらくすると彼女は「……時間ですね」と言って再び牢から距離をとった。
「……貴女が本当に罪を犯していないのなら、あたしは貴女と友達になれたかもしれないですね」
「だからさっき言ったじゃない。わたくしは姫様を殺そうとなんてしていないって」
「それは今後の調査で判明していくことですので」
「……じゃあさっきの、自白したとかなんとかってのは」
「冗談に決まってるじゃないですか。本当に自白してくださるのなら手間が省けて楽なんですけどね」
「……はぁ。覚悟決めて損した」
「ふふっ……まぁいいじゃないですか、過ぎたことは水に流しましょうよ」
「……はいはい。で、わたくしはいつまでここにいなきゃいけないのかしら」
「貴女が有罪か無罪か、様々な調査を経て判決が下されます。ま、有罪でも無罪でもどちらにせよ牢は出れますよ。姫様毒殺未遂ともなれば即死刑……というのもありえる話ですし」
「……わぉ」
聞きたくない言葉を聞いてしまった気がした。
「ま、本当に何もしていないのでしたら堂々とすることですね。じゃ、あたしは行きます。また何か進展があれば来るので」
「はい。……ありがとう、ルーナ」
「どういたしまして」
それ以降、最低5日に1回くらいは地下牢まで来て調査の進捗やらヴェロールの様子などを知らせてくれるようになった。
「まだ貴女が犯人だとは断定されてないですよ」
「良かった……完璧に冤罪よこれ……絶対に訴えてやる」
「逆に貴女が訴えられた側なんですけどね」
「そういえばヴェロール様、今ものすごく機嫌悪いんですよね」
「あら……何かあったのかしら」
「何とはなしに聞いてみたんですけど……よく分かりませんでした。『定期茶会に来ない者がひとりいて、しかもそれがその会のリーダーときた。わたくしめともあろう者が2番手に回らされたのに、リーダーが来なくてどうするんだ』とイライラしていらっしゃいましたよ。というか、そもそもヴェロール様って茶会に参加するタイプだったんですね」
「……え、えぇ。そうね。意外です」
それ――定期茶会というのは、きっと姫様ファンクラブの秘密の茶会のことだ。
そしてそれに参加していないひとりというのは多分……いや確実に、私のことだ。
もし今このタイミングでバレたらマズい。その不機嫌テンションのまま私に怒りをぶつけるに違いない。
しかし考えてみればこの時既に私はフラグを立てていたのだ。
それに気付くのはこの話をした数日後のことであった。




