01 姫様以外は眼中にありませんので
ちょいちょい改稿しました。
よろしくお願いします!
わたくしは唐突に、全てを思い出しました。――否、「私」は唐突に全てを思い出した。
この世界は、乙女ゲームの世界なのだと。
そして私は、姫様を幸せにしたいがために、この世界に転生したのだと。
瞬時にして、理解し難いまでに大量の情報が脳に流れ込んできた。
寝不足のせいで充血した目で画面を見つめ、指が折れるんじゃないかという勢いでマウスをクリックをする。そしてたまに耳元で囁かれる好きなキャラの声にうっとりし、あるいは悶絶し、声にならない声を上げながら布団を勢いよく叩くひとりの女の姿が。――そう、これが前世の私だ。
真っ暗闇の中に、ぼうっとパソコンの光に照らされた私の顔が浮かび上がり、むふむふと気持ちの悪い声を発しながら身悶えしている私の姿は、この世のものとは思えないほど不気味で気持ち悪かった。
……まぁもう、この世のものではないんだけどね。
何はともあれ、まずはこのゲームについて説明しよう。
このゲームの正式名称は『ドキドキ!夢の花咲く王宮で』、略称は『ドキ夢』。
なんともまぁ残念なネーミングセンスだ――ということは、あえて言わないでおこう。
とにかく、ドキ夢はゲームシステムやシナリオの良さから、爆発的な人気を博した乙女ゲームだった。
一国の王女に生まれた、虚弱で麗しいヒロインが、騎士やら薬師やら料理長、更には神官長まで、様々なタイプのイケメンを手玉にとり、あっちにフラフラ、こっちにフラフラしながら誰かひとりと添い遂げる。至って普通の、乙女の夢が詰まったゲームだ。……失礼、言い方が悪かったかもしれない。
……がしかし、このゲームの人気の秘密は別の理由があった。
メインヒロインは当然ながら主人公である姫様――ベルベット様なのだが、このゲームにはサブヒロインがいる。
それが私の宿主、アイリスである。
アイリスは、姫様専属のメイドだ。
ちなみに、かなり可愛い。サブとはいえヒロインなのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
動く度ひとつに結われた爽やかな水色の髪が揺れ、くりくりとした目立つ深い青色の瞳が元気に動き回る。
その様子は、世間一般的には可愛い部類に入ると思う。いや、めちゃくちゃ可愛い。
しかし何より重要なのは、姫様とアイリスの運命が全くの対極に位置しているということだ。
これがドキ夢が爆発的な人気を誇った主たる要因なのだ。
一言で表すと。姫様がバッドエンドを迎えるとアイリスがハッピーエンドを迎え、姫様がハッピーエンドを迎えるとアイリスはバッドエンドを迎えるのだ。
アイリスは何の邪念もなく、真っ直ぐにヒロインの恋を、幸せを応援してくれる健気な存在ゆえに、結構な確率でバッドエンドになる。
――というのは建前で、乙女ゲームに慣れている人はヒロインをハッピーエンドに導くことが上手いので、アイリスがバッドエンドを迎える確率が高いというわけだ。
……そう、乙女ゲームに慣れている人なら、の話だけど。
アイリスが迎えるバッドエンドの中で一番優しいものは、意中の相手に振られて終わりというものだ。アイリスを振った相手は、その足で姫様に告白をし、ふたりが結ばれて姫様がハッピーエンドを迎える。
ある時は解雇処分、またある時は大怪我を負って退場、果てには死というエンドもあった……らしい。
もちろん姫様にもそういったエンドはあった。
姫様は病に倒れたり、毒を盛られたり、アイリスが想い人と添い遂げたショックで部屋から出てこなくなったり。
……乙女ゲームとして大丈夫なのだろうか、こんなゲームシステムで。
アイリスがハッピーエンドを迎えて喜ぶのもつかの間、姫様のその後が描かれた、姫様バッドエンド編がエンドロールで流れた。またその逆も然り。
これには『ドキ夢』ファンたちは滂沱の涙を流し……もちろん私も例には漏れていない。
主人公ラヴであった「私」からしてみれば、アイリスのハッピーエンドを見た後に後に姫様のバッドエンドを見てしまったら、もう大激怒だった。大号泣からの大激怒だった。
「なんで姫様が幸せになれないの!」
と。――まぁ、姫様が幸せにならなかったのは私が乙女ゲームが下手なせいなのだけれど。
……ともあれ、『ドキ夢』ファンたちの多くは、ヒロインがハッピーエンドを迎えて嬉しかったはずなのに、ヒロインが幸せになることで他の人が不幸になってしまったという事実を知って罪悪感、あるいは同情の念を抱いた。
後味が悪いままエンドロールを見つめていた。
その末生まれた――生まれてしまったのは、姫様とアイリスの派閥だ。
乙女ゲーム世界にあるまじき、ヒロインとサブヒロインという奇妙な対立になってしまったわけだ。
「私」は圧倒的にヒロイン――姫様派だった。
自らの手で姫様を幸せにしたいと、何度も何度もやり直しては、エンドロールで流れる姫様の不幸な姿に滂沱の涙を、そしてのちに噴火の如く激しい怒りを布団にぶつけていた。
だが悲しきかな、乙女ゲームが下手な私は、姫様を幸せにすることなくアイリスのハッピーエンドを全回収してしまった。
そして気付けば、私の人生も終わっていた。
――あまりにも不憫すぎる姫様のバッドエンドを嘆き、よろよろと雨の中を歩いていたところ、飛び出してきた車にはねられて私の18年に及ぶ人生は幕を閉じた。
卒業を間近に控えた高校三年生の冬のことだった。
だがしかし、姫様の幸せを見届けられないまま死ぬのは嫌だった私は、私は死ぬ間際ずっと「アイリスになりたいアイリスになりたい……姫様を幸せにしたい……」とボヤいた。神頼みしまくった。これでもかというくらい願った。
残念ながら私は、「死にたくない、生きたい」と神頼みしたわけではなかった。
救急車の音が近づき、救急隊員らしき人に私の体を抱きかかえられ――その時にはもう私の意識は体にはなく、体からフワリと浮上し、フヨフヨと空中をさまよっていた。
「私」は空中をさまよいながら、幽体離脱体験しちゃっただなんて不謹慎なことを思っていた。
実際に死んでしまったのだから幽体離脱というよりも臨死体験の方が適切か。
そしてこの時に私はしっかりと、自分が死んだということを認識した。
自分が死んだことに気付かず、幽体離脱がなんだと思ってしまうアホな子だったが、自分が死んだのだと、ちゃんと自分の中で答えを見つけ出した。偉いぞ私。
せめて姫様を幸せにしてから死にたかったなぁと思いながら空を漂っていたら、不意に空の上から私めがけて強い光が差し込んだ。
眩しさに私は目を強く閉じ――「私」の記憶はそこで終わっていました。
そして次に私が目を覚ましたのが今――王宮主催の舞踏会会場である大ホールで、多く集まった民衆の中で、見目麗しい王子サマの熱い視線が私の方に向いている時で――
そう、姫様がバッドエンドに、そしてアイリスである私がハッピーエンドになりそうな、実に最悪な場面だ。
何度も何度も繰り返しプレイしていたにも関わらす、私が最後にプレイしたのがちょうどこの場面だったはずだ。
とんだ運命もあったものだ。
ここでアイリスが頷けば、私は順風満帆なハッピーエンドを迎えることが出来る。
が、私はあくまで姫様を幸せにしたくてこの世界に(無意識のうちに)転生したのだ。
もしかしたら、死に際の神頼みが通じたのかもしれない。神様が転生させてくれたのかも?ありがとう、名も知らぬ神様。
「……お生憎様。私、姫様以外は眼中にありませんので」
……私、決めた。前世で姫様を幸せにできなかったのなら、今世で幸せにすればいいじゃない!
私が幸せにならなければ姫様は幸せになれるんだから!
――姫様を幸せにするために恋愛フラグを回避しまくります!