この星を滅ぼすモノ
折り畳みバイクで遺跡へと移動を初めて約1週間。日が落ちて移動をやめた俺は目的地まであとすこしのところまで来ていた。
携帯食料をかじりつつ、マッピングした地図をなんとなく眺めてみる。携帯食料は予想に反してそれなりに美味しいものが揃っていた。今食べているのはキャラメルナッツバーだ。棒状のキャラメルケーキをチョコレートでコーティングしてナッツをまぶした物。カロリーは十分だし腹にもたまるが野菜が欲しくなる。
今日の飲み物は野菜ジュースにしよう。水生成器を取り出し、スイッチを入れる。吸気音がなり、内部が水で満たされる。こいつはかなりの優れもので空気中の水蒸気から真水を作り出せる。値段をエラに聞いた時は思わず取り落としそうになったが、人の命には代えられない。
この飲料キットの驚くべきところは乾燥粉末が何種類か同梱されていて、ジュースやスープが飲めること。ティーバッグも付いていた。貧乏根性を発揮してバイクのハンドルにいくつかぶら下げて干している。
そしてもう一点。電気を使ってお湯を沸かしたり、冷やしたりできる。俺にはバイクがあるので電気は使い放題だ。なのでそれなりに快適なサバイバルの旅を楽しんでいるのだが、道程はあまり安全とは言い難い物だった。
『マスター。センサーに感あり、オオカミ種です』
エラがモンスターを検知した。
「電撃腕」
俺がつぶやくと右腕が青い腕へと切り替わる。体高1.5m程の馬鹿でかいオオカミがこちらを睨んでいた。
俺は拳に電撃を纏わせ、後ろへ腕を引いて構えた。腰を落とし、いつでも迎撃できる体勢だ。素早いオオカミを捕まえるのは難しい、狙うのはカウンターのみ!
「ガァウ!!」
オオカミが唸り声をあげて飛びかかってきた、俺を押し倒すつもりだ。
前に出した左腕で前脚を弾き、上半身の力を右拳に込めて狼の腹を打つ。
「キャイン!?」
腹にまともにパンチと電撃を受け吹き飛んだオオカミは倒れ込んでもがいている。ダメージが大きく動けないようだ。
俺は素早く腰の剣を抜き放ち、オオカミの首筋を切り裂いた。血が吹き出し、オオカミが激しくのたうち回る。浅かったようだ。もう一度切りつけ、楽にしてやる。
剣についた血を毛皮で拭き取り、腰に収める。生き物を殺す訓練もこなしたとはいえ、あまり気分のいいものでは無い。場合によっては人も殺さなければならないかもしれない。早く慣れないと......
『残敵ありません。お疲れさまです』
エラが労ってくれる。俺は礼をいい、片付けを済ませて眠りについた。
翌朝も早朝から移動を続け昼前に俺は遺跡にたどり着いた。そしてそこでとんでもないものを見つけたのだ。
「なんだよこれ......ロボットか?」
その遺跡は話に聞いていた倉庫の様なものではなく、似ているものをあげるならばアレクサンダー号のハンガー。しかし収まっていたのは戦闘機ではなく、15m程の騎士、中世ヨーロッパの騎士をモチーフにデザインされたような白銀の人型兵器だった。左肩にはボディと同じ色の剣のようなものが三本、固定されている。あれが武器だろうか......
『これが何かは不明ですが、若しかしたらデータが残っているかも知れません。探索してみましょう』
エラの提案に従って、あたりを歩き回ると奥に部屋があった。どの機材も保存状態がよく、予備電源を供給すると起動した。
『メインコンソールにリンクしてください。データを探してみます』
言われるままに端末を操作し、情報を読み取っていく。
そこから判明したのは、ここがかつて存在した「エベル」と自らを呼称する国家の施設であり、彼らが「大いなる災い」と呼ぶ存在に対抗するために開発した七聖神騎という七騎の人型搭乗兵器の八騎目の開発を行っていたということ。
七聖神騎は大いなる災いに対して有効ではあったものの、結局は大いなる災いを弱体化させるにとどまり、すべてが撃破された。そして、それによって稼がれた時間で、最後の希望が生み出された。
それがここに安置されている「番外騎・エスペランザ」だった。
そしてここからは俺とエラの推測になるが、「大いなる災い」はおそらくアボラスだと言うこと。記録にある様々な特徴からこれはほぼ確定情報。
ただ不明なのは、エスペランザに出撃した形跡が無いこと。そしてこの星が死の星に成り果てていないこと。若しかしたら他の切り札がアボラスを討滅したのかもしれないが、この星の同胞が滅びた理由は結局分からなかった。
ただ、この神騎どうやら動くようだ。ヨシダ隊長への土産にはちょうどいいしモンスターにも襲撃されなくなる。これは回収することにしよう。
エラが入手した情報を頼りに背中側のコックピットハッチを開く。背中側には少々短い不格好な翼が付いていた。
スイッチを入れるとモニターが光る。エラがコンソールから言語コードを入手し、日本語へと書き換えてくれていた。
『(アーテジアの演算素子を借りる事になりましたが、まぁ良いでしょう)』
「こいつ......動くぞ!?」
当たり前だ。動くことは確認済み。言ってみただけだ。
驚くべきことにこのエスペランザは、方法は全くの不明だが動力源と攻撃にライフを利用しているしている。「創星炉」と呼ばれる動力炉が搭載されていて、大いなる生命、超新星の力を引き出しているらしい。それが本当なのか、比喩なのかは今ここでは分からなかった。
オーナー権限を登録した俺が起動コマンドをエベル語で口にする。日本語にもできたが、滅びた彼ら同胞の無念を忘れない為デフォルト設定のままだ。
「最後の希望よ、来たれ」
炉心に生命の息吹が宿る。足下から唸るような駆動音と振動が伝わってくる。そして不格好だった背中の翼が大きく広がり、白銀に輝く。
パネルを操作して正面のシャターを開こうと手を伸ばしたその時、エラとリンクしたエスペランザのシステムが警報を発した。
『マスター! 上空100m付近に超高密度アボラス反応!エネルギー収束を確認!? 攻撃が来ます!』
警告と同時に炉心は突如先程とは異なる甲高い唸りを上げた。白銀の翼は輝きを強め、ハンガーは白い光で満たされた。
-同時刻-
軌道上のアレクサンダーでもアキラのいる地域で発生した強大なアボラス反応を検知、突き立てられた漆黒の柱も目視で観測されていた。
即座に管制AIアーテジアは対処を始める。
『シンドウ班長、軌道隠密輸送機2機を出撃させて降下してください』
軌道攻撃班長シンドウ・エイジは部下とともにハンガーへと向かいながらアーテジアからミッション概要の説明を受ける。
『当該地域では一班の三崎アキラ隊員が単独訓練中です。サポートAIエラと通信を中継していた直掩ドローンはアボラスの攻撃で消滅、現在生死不明です。地表まで降下し、未確認のアボラスの情報収集、及び三崎隊員の生死確認、可能であれば救出を行ってください。後続にドローン化した軌道攻撃機を送り込みます。高高度で待機状態にしておきますので必要に応じて攻撃命令を出してください』
「軌道砲撃支援は?」
『現在主砲のD弾頭は調整中でこちらからの砲撃支援は出来ません。申し訳ありません』
「わかった。他に何かあるか?」
『アボラス反応と同時に「神」に匹敵するライフ反応が観測されました。三崎隊員と関係があるかはわかりませんが留意してください』
シンドウ班は2機のゴーストダイバーに分かれ、発進に備えた。
「メテオ1、レディ」
「メテオ2、レディ」
『進路クリアー、ゴーストダイバー発進して下さい』
カタパルトが通電し、軌道攻撃班を地表へと飛ばした。
そして数分後、彼らは有り得ないものを目撃することになる。
-さらに同時刻、地表基地-
司令部は激しい揺れに襲われた。
「おい! 今のはなんだ!?」
「状況を報告して下さい!」
デリエルたちに部下が答える。
「三崎隊員が訓練中の地域で強大なアボラス反応です。地表に向かって攻撃した模様! 標的は不明、三崎隊員も生死不明ですっ!」
もはや悲鳴に近い報告だ。当然である。この星でこれほど強大なアボラスが現れたことなどなかったのだから。
「回収部隊はすぐに出られるようになっていますね?彼らにD兵器を装備させて現場に急行させてください。大型輸送機を使って構いません」
D兵器とは波動砲をはじめとするアボラスに対して効力を発揮する特殊兵器群を指す。通常のD兵器の弾体は砲弾の形をとり、近接信管を備える。
炸裂したD弾頭は空間ごとアボラスを削り取る。ただし、D兵器は多大なリスクも存在する。削り取られた空間が塞がる時、多大な負荷が発生するのだ。負荷が大きくなり過ぎると空間が破断し世界に穴があいてしまう。よってD兵器は空間弾性値に常に注意して使用しなければいけないのだ。
そして波動砲。最強のD兵器であり、一撃で世界そのものに大きな負荷をかけてしまう。故に界境の内側での使用は原則禁止されている。
「アーウィン、お前も部下を連れて回収部隊についていけ。アキラを迎えに行くんだ」
「はっ」
アーウィンは短く答え、司令室を後にした。
ヨシダとデリエルが後続部隊の編成を相談していると、降下してきたゴーストダイバーから報告が上がってきた。そしてモニターに映し出されたモノを見て彼らは息を呑む。
「シンドウ、これは一体......なんだ?」
「私にもわかりません。しかし、今まで戦ってきたアボラスとは明らかに異なります」
通常アボラスは漆黒の不定形の化け物として知られる。輪郭がはっきりせず、触手を伸ばして戦う。
だが、そこに映されたのは二本ずつの手足と漆黒の翼、大剣をもった悪魔騎士の様な姿であった。
この場にいないアキラとエラなら間違いなくこう表現しただろう。
「黒いエスペランザだ」と。