立ちはだかる壁
持ち前の運動神経の良さと直感で、社交ダンスをあっという間にマスターした、誠矢は。リエラとの約束を守るため、降りしきる雨の中、バイクで海岸へと急いでいた。
街外れを通りかかったプリンツの目に、長蛇の列が飛び込んできた。
(おう、何だ?
ここでも大名行列か?)
腕時計をちらっと見て、
(……まだ十五分あっから、大丈夫だろ。
ちょっと行ってみっか)
好奇心にかられ、行列の先頭へ近づくと、誠矢はおかしな光景を見つけた。
「あぁ?」
(どういうことだよ?)
そこには、傘も差さずに、何かを必死に頼んでいる男の子と女の子が。
(何……やってんだ?)
誠矢が状況を見極めようとすると、護衛ふたりが子供たちを追い返し始めた。
(おいおい、他にやることあんだろ。
ガキがずぶ濡れになってんのに……)
プリンツは急に真剣な顔つきになり、バイクから降り、彼らのところへ急いで走っていった。
「ーーても、今日はダメだ!」
護衛の強い口調にもめげず、男の子は必死で訴えた。
「お願いします! どうしても必要なんです!」
「とにかくダメだっ!」
子供の腕を、大人の大きな手でつかんで、無理やり追い返そうとした護衛の背後から、誠矢の澄み切った声をかかった。
「何やってんだよ?」
(ガキ相手に)
「何ですか?」
(今日は特に忙しいんです。
用件なら、順番に聞きます)
護衛はちょっと面倒くさそうに振り返り、
「…………っ!?」
(プ、プリンツ!?)
誠矢が誰だか気づいて、慌てて態度を改めた。
「しっ、失礼いたしました!」
誠矢にさっと近づき、小声でうかがいを立て、
「どちらかにお出かけでございますか?」
(本日は、城からお出にならないとうかがっておりましたが……)
「おう」
笑いを取る余裕など、すでに誠矢にはなく。短く相づちを打ち、子供たちに視線を向けた。
「それよりも何だよ? これ」
(ガキをずぶ濡れで立たせておくなんて……。
お前ら、どうかしてんぞ)
護衛は理由をきちんと説明。
「元老院からの通達で、本日は入国を制限するようにと言われているんです」
(私たちは命令に従っているだけです)
誠矢は聞いたこともない名前をリピート。
「……元老院?」
(何だ、それ?)
護衛は困ったようにため息をついて、
「はい……。今夜のパーティは元老院主催のものですから。その時は常にこのような状態でございます」
(元老院主催のパーティがない時は、入国制限はしておりません)
護衛の言葉を聞いて、誠矢は珍しくため息。
(決まり……ってやつか。
元老院ってやつらのパーティのせいで……入国拒否される奴がいる)
プリンツは、ずぶ濡れのふたりの子供を見て、
(こいつらの用件……。
どう見ても、重要なことみてぇだぞ。
誰かが困るような決まり守るなんて、おかしいぞ、この国)
誠矢は雨で霞む城へ振り返った。
(ーーっつうか、パーティがダメになるようなことを、このガキがすんのかよ?
何もしねぇだろ。
なら、入国拒否する必要ねぇだろ。
間違ってんのは、大人の方だろ。
ガキの方じゃねぇ。だったら……)
子供たちと目線を合わせるために、プリンツはさっとかがんだ。
(オレがやるべきことは、困ってるお前らに手貸すことだ)
心優しき赤髪少年は、安心させるように、子供たちに話しかけた。
「何しに来た?」
(オレが何とかしてやっから、言ってみ?)
男の子は純粋な眼差しを誠矢に向け、
「薬を買いに来ました」
「誰か病気なのか?」
(ガキだけで、買いに来るっつうことは……。
親が病気なんだろ?)
女の子が誠矢の予想した通りの応えを口にした。
「私のお父さんとお母さんが高熱で倒れて、その薬が欲しくて……」
(早く助けてあげたくて……)
誠矢はふたりの小さな手を、優しくにぎった。
「お前らいくつだ?」
(ここまで来んの、大変だっただろ)
「八歳です」
同時に応えたふたりに、誠矢は自分のことを重ねた。
(同い年か……。
オレと亮みてぇだな)
切なさと懐かしさを胸に抱きながら、誠矢はさっと立ち上がった。振り返り、護衛に命令をしようとして、
「オレが許可するから、入れてやれよ」
(大人の都合にガキ巻き込むなよ)
「それは、出来ません」
(残念ながら、プリンツでは……)
首を横にゆっくり振った護衛に、誠矢は詰め寄った。
「何でだよ?」
(オレじゃダメって……どういうことだよ?)
「議会の決定は絶対なんです。それに私どもは逆らえません」
(私たちだって、おかしいのはわかっています。ですが……)
訴えけかけるような護衛の視線に、誠矢は少し戸惑った。降り続く雨の中、視線を彷徨わせ、
「…………」
(どう……なってんだ?
みんな、おかしいと思ってんのに……何でこんな決まり作ったんだ?
妙だぞ……?)
いっそう激しくなった雨音で我に返り、
(それでも、オレは……)
誠矢は子供たちへ振り返った。
(間違ってることには従わねぇ。
それが、この国の決まりでも……関係ねぇ。
誰かのために、今のオレに出来ること……)
いつものお笑い少年からは、想像もつかないほどの冷たい声で、護衛に告げた。
「オレが勝手につれてくから、見なかったことにしろ」
(オレはこのガキを助けてぇんだ。
誰が何て言っても……)
護衛はプリンツの言葉に、驚いた表情を見せた。
「プリンツ……!?」
(よろしいのですか?
このようなことをなさってはーー)
言葉の続きを聞きたくないというように、プリンツは珍しく鋭い視線で、護衛たちを睨みつけた。
「まだ、何かあんのか?」
(立場とかそういうのは関係ねぇだろ。
困ってるやつを助けらねぇなら……そんなの……意味ねぇだろ)
「……いえ、わかりました」
(プリンツがそこまでおっしゃるのなら、私たちは……)
それ以上何も言わなくなった護衛たちから、誠矢は子供たちへ視線を移した。ポーチからレインコートを取り出し、子供たちの前に差し出して、
「よし、とりあえず、これかぶれ」
(亮に渡すつもりだったけど、また買えばいいだろ。
今、一番必要としてんのは、こいつらだかんな)
「ありがとうございます」
ふたりは礼儀正しく頭を下げて、ひとつのレインコートを一緒にかぶった。誠矢は子供たちの頭を、軽くぽんぽんと叩いて、
「いいんだよ。ほら、薬屋行くぞ、気をつけろよ」
(マジでオレと亮に似てんな)
「はいっ!」
子供らしく元気にうなずいたふたりに、誠矢は優しく微笑んだ。
(そうだ、その顔だ)
三人は雨の中、街へ向かって歩き出した。
護衛はプリンツの後ろ姿を、心配そうに見つめて、
(この先、何の問題も起きなければよいのですが……)
誠矢は澄んだ心を持っており、直感に優れているが、祐のように政治に長けていない。優しすぎて、感情に流されてしまい、ボタンを掛け違えてしまった。その不安を表すかのように、真っ黒な雲がカーバンクル帝国の上に広がっていた。
その後、無事に薬を買うことが出来た子供たちに、誠矢は新しい服と傘をプレゼントした。
国境から子供たちを見送ると、亮との約束の時間ーー二時を少し過ぎていた。
(おっと、時間くっちまった。
急がねぇと……)
誠矢はバイクに急いでまたがり、海岸へと走り出した。




