サクラの過去
「え……………………………?」
幼いサクラは全く理解出来なかった。まだ齢10もいかぬ幼子だ。理解できるはずもない。
目の前で人が死んでいく理由など――――。
「な、なんで…………………………?なんで、みんな置いていっちゃうの?」
激しい戦火の中、孤独になった少女は、初めて自分の力を自覚するのだった。
――――――――そう、『死の祝福』を………………………。
「なんだ………、こいつっ!なんで、死なないんだよぉおお!」
敵側の兵士の一人がサクラに武器を向けようとする。幼いサクラにとってはとても恐ろしいことだろう。足は震えながら、後ろに下がっていき、手をしっかりと胸の前で固く結んでいた。顔には恐怖が張り付き、今にも倒れてしまいそうなほど真っ青で、もはや、それは死人に近かった。
彼女はまるで命をすり減らすように、言葉を詰まらせながら必死に訴えた。
「………やだ………………………。や………めて………………。」
「…………あ?」
しかし、続いてその口から微かにこぼれた言葉は、生き延びようという命乞いの言葉でも、死を覚悟した遺言のようなものでもなかった。
「お、お兄さ……んが死ん………じゃうか……………ら……………。」
「はっ、意味のわかんねぇこと言ってんじゃねぇえええ!」
意味のわからない言葉を発する少女にしびれを切らした少年兵はサクラに武器を向けた。
――――――――その刹那だった。
少年兵の顔は驚愕に満ちた。憤怒、恐怖、怠惰………………。人間にあるべき全ての負の感情すら一切感じられず、ただ、自分の身に何が起こったのか、周りで何が起きているのか、全くもって分からないといったような、哀れな表情。もはや、人間、いや、動物としての知性すら感じられず、固まった少年は、静かに頬に血の涙を流した。
「あぅ………あ、いや、いやだ、いやぁあああああ!!!」
少女の悲痛な叫びと共に泥にまみれた哀れな少年兵はその場に倒れ去った。
――――――――何もかもが消え去った世界。いや、世界全体の話ではない。ただ、その少女の目に映る世界は、その少女、ただ一人を遺して消え去ってしまった。消え去ったという表現が合っているのかは定かではない。しかし、この場には少女の他に、なんの意味も成さないであろう瓦礫の山と、冷えきってもう息をすることはない人の形を辛うじてとどめた何かだった。
「うぅ…………あ、ぅ……………。」
少女は泣いた。叫んだ。叫んで声ももうでない。喉は戦火の熱と叫んだせいで赤く爛れていた。
「けほっ………。」
咳をすると霧状の血が周囲に飛び散った。
「だれが………だずげで……………………。」
喉の痛みのせいで声も枯れてしまった。以前の鈴の音のような軽やかな美しい声は聞けない。
そもそも、助けを呼ぼうにも誰もいないのだ。
『あなたは特別な力を持っています。』
ふと、どこからか美しい女性の声が聞こえた。いや、もしかしたら、男性だったかもしれない。
「だ、だれ………。けほっ。」
少女は声の主を探して周りをキョロキョロと見渡した。
『貴女に私は見えません。でも、安心して聞いてください。私は貴女の味方です。』
声の主は優しい声、ものに例えるなら絹でできた柔らかな布、羽毛でできたふかふかの布団のような声で囁いた。
「わ、わだじはどうじだら、いいの?」
『そうですね。貴方は…………。』
『――――――この世界を壊してしまいましょう。』