振り返るのは2
朝、小鳥のさえずりとカーテンのレース越しから零れる朝日を受けて、『女神姫』と謳われていたアテナイ国の王女フィアナ・アイテールが目を覚ませば、すぐさま灰色の髪が特徴的な侍女・エヴァが嬉しそうに駆け寄ってきた。
朝の用意を終えて、笑顔で会話をしつつ二人部屋を出ると、白を纏った騎士・リアンと黒を纏った騎士・カイルが二人を出迎える。
それが毎日の光景だった。
女神姫と呼ばれながらも、その性質は姫というよりは騎士で、そしてそんな可笑しな姫に仕える侍女も文武両道。普通の女性ならば、侍女の入れたお茶を飲むか、花など愛でながら朝のひと時を過ごすものなのだが―――
「まぁ、普通ではないわなぁ」
カイルは廊下から庭先を眺めながら、頭を後ろで両腕を組み隣の物静かな同僚を見やった。自分とは対極に居ながら、守るものは一緒という不思議な縁で繋がられた彼らはお互いを尊敬し合っていた。
「………あぁ」
白騎士と呼ばれている青年は、その甘やかなで整った―――童顔と口を滑らせれば殺気が飛んでくる、というのは余談であるが―――容姿とは裏腹に口数が少なく冷静だ。しかし今その視線は優しさを含ませて己の使えるべき人物に向けられていた。
そんな二人に見守られながら、琥珀色の瞳の少女と灰色の髪の少女は、威勢よく己の剣同士をぶつけ合わせていた。
✿ ✿ ✿
「なんだお前ら、おっさんか」
「えぇ、フィアナ様、ひどいなぁ。俺らようやく28歳になったばっかですよ?」
軽い朝の打ち合いを終えたフィアナとエヴァの二人は、息を小さく荒げながら渡り廊下に腰を下ろしていた二人の護衛に合流する。
軽くからかいの声をかければ、案の定カイルからのみ返答が戻ってきた。無口のリアンはただ肩を竦めて見せただけで特になにも言わない。
「じゃあ次は二人が私達の相手をしろ。リアンお前の相手は私だ。カイル、お前はエヴァだ」
「ちょ!姫さま!」
己の侍女から抗議の声が上がったが特に気にしない。その顔は真っ赤にして両手を胸の前で意味もなく振っていた。
黒の護衛に想いを寄せているくせに、侍女という立場と、姫の護衛という位置を気にしすぎてなにも出来ない彼女に手をかすのも主ある自分の役目だ。
カイルが姫であるフィアナに、主以上の想いを寄せているというはた迷惑な噂も、エヴァが尻込みしている理由なのだろう。だからこそ、時々こうして二人を接近させる。慌てふためく彼女と、そんな彼女を優しく見つめるカイルを見るのも好きだった。
「フィアナ」
「あ、あぁ。すまないな。………リアン、いつでもいいぞ」
そして、自分に注ぎ込まれる、熱くて優しさに溢れたこの瞳を独占できるのもまた。
✿ ✿ ✿
「腕を上げたな」
睨みを効かせながら双方譲らない速さで剣を合わせる。一度距離を置いたところでフィアナが余裕ありげに声をかけるが、無口を地でいく相手は特に何かをいう事はない。
ただその瞳は、口の倍以上の気持ちを告げているようでもあった。
「カイルさま、どうでしょう!」
「だーかーらー!!」
少し離れた場所では、嬉々としたエヴァの声とカイルの悲鳴が聞こえる。それと同時に金属の弾ける音、続いて何かが地面に突き刺さる音がする。
カイルとリアンの剣が主の手を離れたのだと周りが認識したのはそのすぐ後の事だった。
それぞれに相手をしていた少女達の剣先を喉元に突き付けられながら、護衛二人は降参の意を、両腕を上げることで示した。
息を上げている二人の少女は笑みを深めたまま剣を鞘に納める。
「だからよーなんでそんなに剣術がいるんだよ。手加減したとはいえ、国でも五本指に入る騎士を捻じ伏せちまう護衛対象がどこにいるよ」
飛んでいった剣を地面から引き抜いて、フィアナとエヴァの元に歩み寄るカイルは半ば泣き言のように声を上げる。その隣には同じように剣についた土を振り落すリアンが居るが、その視線はカイルに賛同しているようにも見えるように、どこか悲しげだ。
「いるじゃないか」
「えぇ。ここに」
「って、うまく纏めようとするんじゃねぇよ」
フィアナとエヴァが朗らかに笑いながらお互い顔を見合わせれば、すぐさまカイルから合いの手が入る。そんな彼もまた、鞘も持っていない反対側の手で自分の後頭部を掻き毟りながら笑っていた。リアンも、先ほどまでの落ち込んだ瞳の色を消し去り、口元に小さな笑みを浮かべていた。
城の庭先での些細なやりとり。それはいつものことなので、三人の笑い声を聞きとめた城内の者達は微かに微笑みながら見守った。
そんな日々が、もうすぐ終わるなんて知りもせずに。