見つけたのは
「さすがはメインイベント。ここまで来るのにだいぶ時間がかかったよな。もうくたびれちまった」
今セリア達三人が立っているのは、一週間続く祭りの最大の催し物である『イリーオスの秘宝』が見れる、王宮の所有する建物の一つの館の中だった。
朝から並んでいる人もいるのだろう、ようやく館が目の前に見えてきたとき、空の真上にあった太陽はすでに大きく傾いていた。そこからさらに待つこと数時間。建物の中に入った時には、すでに太陽は水平線の彼方に隠れはじめていた時だった。辺りは夕焼けの淡い朱色で溢れていて、館の白の概観もそれと同色に染まり始めている。
待ち疲れしたのか、ノアはもう何度も肩や腕を回して凝りをほぐしていた。セリアは自分達の後ろに並ぶ大勢の人々を一瞥して至極真面目に頷く。
「まぁ、50年に一度の催し物だ。人が集まるのも無理はない」
「何なんでしょうね、『イリーオスの秘宝』って。『女神姫』に関するものというのはわかるんですが………。姫さまが残されたものは数多くありますし、隣国に持ち込まれたものに関しては、わたしですら関知していませんので想像がつきません」
「そうなのか」
キャロンですら知らないとなると尚更興味がわいた。
セリア達は高鳴る胸を押さえながら一歩一歩と足を進める。
建物の中は博物館のようにあちらこちらに品々が入ったガラスケースが並べてあり、人々はそれを見ながら縫って歩く。人によっては時間をかけてみるものだから、あれだけ列に並ばされるのも頷けた。
ノアの集めた情報収集によって、その中でも一番の目玉である展示品が館の最後部に飾ってあるのはすでに承知済みだ。『女神姫』の使っていたというコップや羽ペンなどは横目に流しつつ、三人は先を急ぐ。セリアとしては、自分がかつて使っていた些細な品々がこうやって人々に披露されていると思うと、非常に奇妙な気持ちにはなるのだが。
いくつかの部屋を抜けて、ようやく踏み入れた大広間のように大きく吹き抜けた室内に、それはあった。
「!」
「っ!?」
「おい、あれ、まさか」
それを視界に認識した時、三人は多種多様な反応を見せた。
セリアは瞠目し息を止めた。キャロンは血の気の引いた表情で叫び声を上げそうになる口を両手で押さえた。ノアに関しては驚きのあまり文にならない言葉が漏れた。
真っ白な何もない広い室内の一番奥で一際その存在感を主張する金と白のそれが、視界いっぱいに入り込んできた。
✿ ✿ ✿
「わぁ~、素敵~」
「おいレイラ、あまりはしゃぐな、目立つ」
「いいじゃない。もう二人のせいで目立ってるわ」
セリア達が建物の中に入るために列に並んでいる頃には、レイラと公爵家の双子たちはすでに建物の中で、ゆっくり時間をかけながら展示品を見回っていた。
レイラは表情をキラキラさせながら、『女神姫』が使ったとされる日常品を眺めていた。その隣で、あまり興味のないジェラミーが溜息をつく。意外にも熱心にそれらの品を眺めているのはリュシアンだった。
「お前が『女神姫』に興味があるとは意外だな」
弟の嫌味とも取れる言葉を受けて、リュシアンは軽く肩眉をあげて応えるが、その視線は目の前の羽ペンにくぎ付けだ。
「噂を嫌ってたろう、お前」
「まぁ、あまりいい気分はしないよね。たんに家系が一緒で容姿が似てるってだけで、会ったこともない人の生まれ変わりだなんていわれてもね。だからなんだって話だ」
ほらみろ、とジェラミーが口を開く前に、リュシアンが話を続ける。
「でもさ、自分と似たような容姿をした人間がどんな人生を送ったとか、どんな主に仕えてたのかっていうのには興味あるんだ」
甘いマスクに輝かしい笑みを浮かべて、双子の兄は言い切った。
弟はそれ以上は何も言わずに、ただ黙って時が過ぎるのを待つことにする。自分が口では兄に勝てないのはこれまでの経験でわかっていたし、兄の笑みが異様なほど輝くことが、決して褒められたものではないことも知っているからだ。きっとろくでもないことしか考えてないに決まっている。
そうしてゆっくりそれぞれの部屋の展示物を吟味して、辿り着いたそこは、真っ白く開けた部屋。そこには、一つを置いて他に何もなく、しかし他の部屋以上に人々で溢れかえっていた。彼らが揃いも揃って見上げる方向にそれはあった。
「まぁ!」
「「………」」
レイラが感動の声を上げる横で、二人の騎士は無言でその視線を注ぎこんだ。
生まれ変わりと言われ続けて、だからこそ『イリーオスの秘宝』と云われている『女神姫』の展示品には人一倍関心はあった。
見ればなにか思い出すかもしれないと思ったから。
けれで、それを見ても何も感じない。美しいとは思うが、それだけだ。
やはり自分達は別に生まれ変わりなどという大層なものではなく、ただ祖先の血を色濃く受け継いだだけのようだ。その事実は大きな安心感と軽い失望を、ジェラミーとリュシアンに与えてくれた。
その場は人々の簡単の溜息が所々で漏れていたものの、静けさで覆われていて、だからこそその声達が騎士である二人の耳に届いたのは必然だったのかもしれない。
耳に入ってきたのは微かな悲鳴。感動的なものはないそれは、その場では違和感を覚えるもので。
だから特に意識するでもなく視線をやった先にあったのは、灰色と琥珀色。
隣の青年は感動で声が出ないようで、それは他の見物客と似通った反応だった。
二人が目を奪われたのはその隣に居る二人の少女達。
灰色の髪をした少女にまた会えるとは思わなかったジェラミーは、声をかけようか悩むも、その頬に流れ落ちる透明な雫を見つけて動きを止める。何かを抑える様に両手で口を押えた彼女の視線は目の前のあるモノに縫いとめられているようだった。
リュシアンは灰色の少女を飛び越えて、琥珀色の彼女から視線を逸らせずにいた。あれほどまでに恋焦がれていた琥珀色にこうもあっさり出会えた事実と、その瞳の中にあるとある感情に気が付いて、こちらもまた動きを止めていた。そこにあったのは、確かな驚愕と怒り、そして絶望。
灰色の少女の両手が口元から外れ、その代わりに胸元で合わせる様に組まれた。
そうして彼女の口はこう紡いだ。
「このようなところに」、と。
琥珀色の少女は拳を結んで口を動かす。
「な ぜ」、と。
二人の言葉を微かに聞き取った双子は、再び視線を上げて彼女らの視線を一心に受けるモノを見た。
300年前に謎の死を遂げたとされる少女姫は、亡くなった直後と変わらないであろう波打つ金髪の髪と白い肌をそのままに、そのガラスで出来た棺の中で目を瞑って眠っていた。