復活
お待たせしてしまい申し訳ありません。
後一話、明日の更新で完結になります。
リュシアンとジェラミーにとって、折角想いを寄せる少女達とお近づきになれる絶好の機会だったというのに、幼馴染の最後に見た傷ついた顔が邪魔をして、結局満足に話すこともままならなかった。
その状況を目の当たりにしたセリアとキャロンも、何も言えず、ただ黙って馬車に揺られることにしたせいで、馬車の中は酷く静かだった。
それから数日、彼らの乗る馬車は、元アテナイ国であったアテナイ地方に到着した。
一応の礼儀を込めて、アテナイ地方を収めるミネルバ公爵家の屋敷を訪ねることになったセリア達は、リュシアン達双子の案内の元、ミネルバ公爵家の屋敷の門を潜る。
「?」
屋敷の前に到着し、双子達の先導を受けて地面に降り立つ。
仮にも、王からの使いとしてこの地にやってきたにも関わらず、屋敷からの出迎えの一人も居ないという状況に、全員が胡乱気に眉を寄せた。
一言断って、双子達が屋敷内を確認しようと玄関の扉に手を掛けた時、勢いよく飛び出してくる人物が居た。
「アルフレッド!」
それは壮年の男性だった。
スラリとした長身の彼は、屋敷を取り仕切る家令のような服装に身を包んでおり、それなりの年齢を思わせる白い髪と皺があった。
彼はどうやら慌てていたようで、あたふたと屋敷の外に出てきた所だった。けれどすぐに屋敷の前に棒立ちになっているセリア達に気づき、頭を下げた。
「あぁ!!これは、出迎えが遅くなってしまい申し訳ありませぬ」
「アルフレッド、どうしたの?」
いつもなら穏やかな笑顔と立ち振る舞いを崩すことのない家令の初めてみる姿に、リュシアンが心配になり声をかければ、アルフレッドは興奮冷めやらぬままに彼らを屋敷の中に入るように促した。
彼に付いていけば、部屋に案内されるよりも前に、門とは反対側に位置する屋敷の庭に案内された。
「な………」
リュシアンとジェラミー、そしてノアの驚きに満ちた声が、寸分たがわず綺麗に重なった。
「まさに奇跡としか言い様がありませぬぞ!!幻の山は、確かに存在したのです!!」
彼らの目の前にあるのは、堂々とした佇まいのある大きな山。名を、オーリンピオス。
幾つもの頂きが連なって出来るその山は、今まで、その姿を人々の前に現すことはなかった。
常に一帯には霧や靄がかかり、人々の行く手すらも拒む。
人々はそこになにかがあるとは認識していたが、歴史を消し去ったこの国の人々は、そこに遥か昔、山があった事すら知らずにいた。
認識していたのは、アテナイ地方を収めるミネルバ公爵家に連なる人々と、貴族のごく一部のみ。
だが、こうして、霧が開けた今、その山は国民全員にその存在を知らしめ始めることだろう。そうして、遥か昔に愚かな理由のために滅亡した国の存在に行きつく。
それが果たして、今の世の人々にどのような影響を及ぼすかは、今は何も分からない。
感動と興奮に言葉を失う男性陣の隣で、セリアとキャロンは感慨深げに目を細めて、目の前に見えるオーリンピオスを見つめた。
遠くからでもわかるその壮大な山々は、見ている者を思考を奪い、呼吸を奪い、そして恐怖と尊敬の意を植え付ける。
まさに、神々しさをもった山。
切り立った山々の頂きが横に並ぶ様、標高のせいである一定より上は雪で覆われている様は、二人には見慣れた光景だった。
それもそのはず。
オーリンピオスは神々の住まう山。
そして、アイテール一族は神の眷属。
アテナイ国があった頃、その国を治める王族、アイテールの一族のみがその山に立ち入ることが出来た。そして、そんな彼らが治める国の民。
神々の山と崇められていたオーリンピオスの山の近くに立ち入ることが出来たのはアテナイ国に住む人々のみ。
だからこそ、彼らは神々の祝福を受けた民族として、他の国々から尊敬されていた。
「このこと、皆は?」
ジェラミーが口を開く。けれどその瞳は山に縫い付けられたままだ。
「すでに、当主様が王都に向かって出発されております。………そして、ユラウス様が護衛部隊を引き連れて山の探索に乗り出された所でもあります」
家令のアルフレッドもまた、状況を説明しながらその顔は山に向けられている。
どこで逸らせばいいのか、分からずにいるのだろう。
まるで初めて外の風景に触れた幼子のような男性陣の反応に、セリアとキャロンは思わず笑み崩れた。
昔、外交で訪れた他の国の人々と同じ表情と仕草を思い出させてくれたからだ。
「リュシアン、ジェラミー、そのユラウスとは誰だ?」
セリアの、穏やかでいて根の張った木々のようなしっかりとした声音が響いたことで、男性陣は初めて山の束縛から解放された。
「ユラウスは、僕達の一番上兄だよ。次期ミネルバ当主でもある」
リュシアンの説明に、セリアは指を顎に当てて思案するように眉を寄せた。ちらりと横目でオーリンピオスの山々を見たあと、キャロンを見た。
彼女はセリアの瞳から何かを読み取ったのだろう。小さく首を振ってそれに応えて見せる。
その反応はセリアが元から思っていた事と合致したのか、セリアが指を離し、リュシアンとジェラミー、そしてアルフレッドを見つめて口を開いた。
「兄君を、一度屋敷に連れ戻した方がいい。彼らでは、あの山には近づく事すらできまい」
「どういうこと?」
「あの山に入るには、少々条件がいる。何も知らん奴が行ったところで、門前払いを食らうだけだ。あの山の神々は少々気難しい」
そう言葉を紡ぐセリアの表情はどことなくウキウキしているようで、話しの分からない男性陣は首を傾げていた。
隣に立つキャロンについては、呆れ顔で笑っているだけである。
「丁度いい。私達もこのまま山に向かうとしよう。手土産もあることだし、きっと喜んで迎え入れてくれることだろう」
「………リュシアン様………あの方々は?」
王都からの使い、としか聞いていないであろうアルフレッドが、不思議そうな顔をして、主の子息達に声をかけた。
すると双子の兄が、苦笑いで答えた。
「色々説明が難しいんだけど………とりあえず、僕達にとって、とても尊い人達だよ」
出来るだけ同行する者達は少ない方がいいという事で、ここまで馬車を操縦してくれていた者にはミネルバ公爵家で待機してもらうことになった。
セリア達の乗ってきた馬車の部分は取り外し、『女神姫』の棺の乗った荷台を馬に直に括り付け、ノアに操縦をお願いする。ジェラミーとリュシアンは自分の馬に飛び乗り、セリアとキャロンもミネルバ家から二頭の馬を借り受ける。
ただの娘にしては、あまりにも優雅に馬を操るものだから、何の事情も知らない馬頭やアルフレッドは目を丸くする。
そんな彼らを見て、事情を知る男性陣は苦笑した。事情を知る前に自分達が重なって見えた。
そう考えれば、随分と彼女達と同じときを過ごしたことかと思い当たる。
ミネルバ公爵家の人々に見送られて、道を進む。人気がなくなった所で、キャロンとセリアが魔力を使って山の麓まで一瞬で移動した。
そこから、セリア達は幻の山へと足を踏み入れたのだった。




