別離
「御機嫌よう」
リュシアン達は、自分達の幼馴染であるこの少女が敵に加担したことは知らされていた。
しかしそれは、セリアがわざと焚き付けたのだという。少女の自分達への想いを利用したから起きたことだと、先日謝罪された。
確かに、発端はセリアだったのだろう。
しかし、レイラに非がないといえばウソになるし、少女が暴走する発端となった自分達が被害者であったと言い切るには少し無理があった。
それになにより、もう昔のようにこの幼馴染と共に居るつもりはない。
ならば、ここで、引導を渡してやるのが、幼馴染としての自分達の仕事だろう。
まるで夜の水辺のような静けさを湛えた紫の瞳たちがレイラに向けられた。
その視線を受け止めたはずのレイラは、しかしい双子の静かな決意に気づくはずもなく、久々の再会に笑顔を零す。
「よかった、迎えに来ましたの。さぁ、わたくし達のあるべき場所へ帰りましょう。ここはあなた方の居るべき場所ではないわ」
そう言い募るレイラの翠の瞳は、何も映していないようだった。まるでそれは、ただのガラス玉。
「あるべき場所って、どこ?」
リュシアンは真っ直ぐに幼馴染を見つめる。
双子の兄の言葉に、レイラは眉を顰めて首を傾げた。
「どこって………。もちろん、わたくしの傍に決まっているじゃない。昔からもこれからも」
盲目的に双子を自分のモノだと思い込んでいる幼馴染に対してどのような言葉を送るのか、セリア達はただ少し遠くから黙って見守る。
自分達の立ち位置くらいは分かっているつもりだった。
ジェラミーとリュシアンはまるで示し合せたかのように深いため息をついた。
その溜息に反応するかのように、レイラの華奢な肩が跳ねる。
彼女の様子がおかしいことにはすぐに気付いていた。
昔から傍で守ってきた幼馴染の少女。
自分達を一心に慕う彼女が可愛くて、そして愛おしいと思っていた時期も確かにあった。
けれどこれから、少女を傷つけるであろう言葉を紡ぐ。
それでもいい。
それ以上に大事なものを見つけてしまったから。
「レイラ。僕達はもう、君と共には居られない」
「え?」
レイラのガラスのような瞳が大きく見開かれる。
兄だけに重荷を担がせるわけにはいかないと、ジェラミーも一歩を踏み出した。
「俺達は、もう、他に大事なものを見つけてしまったんだ」
「………なにを、言ってるの?どうしちゃったの?二人共?」
レイラの口元が歪んだ。笑い顔に見せようとして失敗したその顔は、とても醜く歪んでいる。
「君を甘やかした僕達にも責任があるから、いくらでも謝罪しよう。本当に、ごめん」
「すまない」
幼馴染の醜い顔を見ないようにしながら、双子は真摯に頭を下げて謝罪を繰り返す。
彼らの旋毛を見つめながら、レイラの顔は歪んだまま戻らない。
薄々気づいていた現実ではあったけれど、受け入れるというのは、また違う話。
「なんで?どうして?ずっと一緒だったじゃない」
「俺達はもう何も知らない子供じゃない。成長したんだよ、俺達も、お前も」
真っ直ぐに見つめてくるジェラミーの視線を受け止めきれなかったのだろう。
レイラの瞳が彼を見ることなく彷徨う。
そうして見つけた、少し後ろに立つ二人の少女。
レイラの口元が、先ほどとは違った逆さの三日月を描いた。狂気、そんな言葉が、その笑顔を見た全員の脳裏を過るほど、その笑顔が歪んでいた。
金髪の少女の足が、軽やかに地面を蹴る。
「!!!?」
一直線にセリア達の元へ駆け出した彼女だったが、騎士として鍛錬を怠らない双子と、何も知らない箱入り娘とでは、やはり何もかもが違うのだ。
レイラはあっさりと捕まった。
「はなっ放して!!!あの子達でしょ!!?あの子達さえ居なくなればっ!!」
両の腕をそれぞれ掴まれ持ち上げられた彼女の足は、地面に付いてすらいなかった。その手にあるのは、鋭利な剥きだしになったままの大きな鋏。
明白な殺意がそこにはあった。
双子の、幼馴染の少女を掴む手に力が篭る。
「い、痛い!!痛い放して!!!」
鋏が、レイラの手から滑り落ちる。
それでもなお、双子はレイラを放そうとはしない。
反射的に掴んだその手にあった鋏を見て、リュシアンとジェラミーは肝を冷やした。その凶器が大事な少女達に向かった事に、心が凍っていくのを感じた。
その感情が消えない内に、幼馴染を見れば、その視線を両方から受け止めた彼女が引き攣った声を出した。
「………もしも彼女達に何かあれば、例え君でも、容赦はしないよ」
リュシアンの瞳は、触れば低温火傷をしてしまいそうなほど冷たく、
「レイラ、もう、何もかもが違うんだ。あの頃には、もう戻れない」
ジェラミーは逆に、その瞳を閉ざしたままだった。
二人が手を放せば、重力に逆らうことなく、レイラは地面に尻を着いた。
通常の彼女であれば、ドレスに砂が付いたことに抗議の声を上げるであろうが、今はそんな余裕もない。
最後にもう一度だけ謝罪を口にした双子は、その後レイラを見ることなく、セリアとキャロンの元へ歩み寄り、優しさに溢れる動作で彼女達を馬車の中で促す。
馬車に乗り込む直後、セリアとキャロンは読み取れぬ静かな表情のまま、レイラに向かって一礼をした。
呆然自失の状態で尻餅をついたままの、貴族令嬢を残して、馬車はゆっくりと走り出した。
「………いいのか」
遠ざかる少女を後方の窓からちらりと見た後、セリアはあえて双子に問う。
「うん。これで、いいんだよ」
リュシアンは力なく笑った。
可愛がっていた幼馴染をこっ酷く追い払ってしまったことに、罪悪感がわかない彼らではない。
それでも、この決別は必然だった。
こうして、レイラ・イングラム侯爵令嬢は、社交界から姿を消した。




