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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第三幕
43/48

決別

 

 あっけない黒幕の退場に、肩透かしを食らった気分で、セリアはじっと灰の積まれたそこを見つめていた。




 黒い砂が小高く積みあがっているそこには、決して人が居たようには思えないほど小さなものしか残ってはいない。

 それは、一国の王が残すにはあまりにも物悲しいものだった。


 それを物語るかのように、すべてが終わり、キャロンの結界から抜けることが出来たダニエルは一目散に父だったモノに駆け寄りその前に跪き、そして静かに嗚咽を漏らし始めた。

 例えユージンという化け物を内に秘めていたとしても、ユーロンという人物は尊敬に値する父であり、今代の王であったのだ。


 ダニエルが父を偲んで涙を零すのを、痛ましい表情で一時の間見ていたセリアは、それからようやく前世の己が横たわる棺に向かって歩みを進めた。

 その少し後ろを、リュシアンが続く。


 キャロン達もまた、ゆっくりとではあるが彼女達の元へ向かい始めていた。


 あまりにも多くの事が起き過ぎて、彼らも少しの間頭を整理する時間が必要だったらしい。

 ようやく彼らがセリアの元に辿り着いた時には、彼女は前世の自分の身体を覗きこんでいる所だった。 目を閉じて動かないその頬に手を添えているセリアは、何を考えているのか読み取ることはできない、とても静かな表情をしていた。


 三重の魔術に囲まれていたはずの棺は、まるで待ち人を受け入れるかのようにその効力を無効にしていた。

 だからこそ、セリアは身体に触れられていた。


 その事実が少し切なくも感じる。


 キャロンは今世を生きる主の隣に膝をつき、前世の主に頭を垂れる。


 テレジアとシュナイゼル、そしてマルセルもそれに続いた。


 三人が膝を着いてのを見て、リュシアンとジェラミーも慌てたようにそれに習った。

 もちろん、まったく関係ないノアはそんな事はせず彼らを見つめていたし、その隣の床には彼が運んできた、驚きのあまり途中で気を失ってしまったダリアスが居た。


 頬に手を添えたまま、セリアは小さく零した。


「還ろう。みんなの元へ」




✿  ✿  ✿




 『女神姫』の亡骸は、新しい棺に移し替えられ、アスキウレ公爵家に運ばれた後、また新たに清められた。


 今のイリーオス国やその王家に恨みはなくとも、そこにそのまま身体を置いておくには抵抗があったので、誰よりも今回の件に心を砕いてくれたアスキウレ家に一時期預かってもらう事にしたのだ。


 それから数日後、お馴染みの顔が部屋の一室に並んでいた。


「今までの事、改めて感謝の意を伝えたい。そして、マルセルやユリア、リュシアンやジェラミーには隠し通してきたことを詫びたいと思う。お前達と巻き込むのは本意ではなかったんだ。なのにまさか、あそこに居るとは思わなかった」


 セリアは疲れたように溜息をついて、すべての元凶であろう人物の名を呼んびながら軽く睨み付けるような視線を向ける。


「シュナイゼル殿………」


 なんのために自分達が知らせずに居たのかそれがわからない彼でもなかったろうに。

 無言で攻めてくるその視線に、シュナイゼルは頭を下げることで返す。


「あなたの意に添わない事をしている自覚はある。だが、我らは見届けたかったのだ。あなた方の行末を。結果的に、あなた方の足を引っ張るような事、申し訳なく思う」


 もう終わった事なのでこれ以上厳しく言うつもりはないが、あまり面白くはなかったので、当てつけのように深く息を吐いて見せた。


「まぁいい。お蔭で助かったことも確かにあったからな」


 セリアの優しい視線はリュシアンとその背後に居るジェラミーに向けられていた。キャロンもまたつられるようにそちらを見つめる。


 思いがけない視線に晒され、双子は同時に目元を赤く染める。

 さり気ない仕草で彼女達の視線から逃れるように瞳をよそへと向ける様は、まるで生娘のようである。


 それを見ていた貴族出身の人間達は、今の光景を社交界の人々に見せてやりたいと切に願ってしまった。

 面白おかしい噂が流れそうだ。


 セリアとシュナイゼルのやりとりが途切れたのを見て、続くようにテレジアが口を開いた。


「『女神姫』のご遺体はこれからいかがいたしますの?必要であれば、このアスキウレ家でこのまま丁重にお預かりするのならば、我ら一族身命を賭してお守りいたしますわ」

「私も誓おう」

 母の一言にマルセルもまた背筋を伸ばす。


 かなり心強い言葉に苦笑しながらも、セリアは頭を振った。


「ありがたいことだが、その必要はない。私の目的は前世の亡骸を先に逝ってしまった皆の元に返すこと。そのためには、行かなければいけない所がある。………シュナイゼル、許可は降りたか」


 セリアの視線が再びシュナイゼルに向いた。この国で王に次いで高い地位に居る彼は、彼女の視線を受け止めながらその胸元から丸められた紙を取り出して見せた。


 何かの書状のようでもある。


「王の亡き今、執務を取り仕切っているのは王太子であるダニエル様。トアロイ家爵位剥奪の際には彼もその家の血を引いているからと王位継承を放棄されようとなさり」

 シュナイゼルの顔には疲労の色が見え隠れしている。


 ユリアの顔もまた、白さを通り越して青くすら見える。だが、彼女は気丈にも顔を上げてシュナイゼルの言葉を聞いていた。

 元々居ないものとして扱われていて、尚且つ放浪していた身の彼女にとって、爵位などあってないようなものなのだと、実家の取り潰しの話を聞いたときも笑っていたくらいなのだから。


 四公の一つであったトアロイ公爵家の没落は、国に多大なる影響力を与えた。


 なるほど、だからしばらくシュナイゼルの姿を見かけなかったのかと、部屋に居た者達はお互い知らずとも納得し合っていた。


「ですが、結局王位を継がれるのでしょう?」


 セリアのすぐ隣に佇むキャロンが小首を傾げれば、若き宰相は神妙な顔で頷く。


「もちろん、家臣達のほぼ半数以上が王太子の王位継承を支持しましたし、なにより、王にはダニエル王子以外に子供がおりません。新たな火種を生むくらいならばと、満場一致の結果です。なにより王子は非常に聡明なお方。きっとこれから先、この国を悪いようには居たすまい」

「ならば結構。それで、書状には?」

 この国の王位などまったくもって興味のないセリアは、話題を早々に切り替える。


 相変わらずの皇女の様子に部屋の中が苦笑で溢れた。シュナイゼルは持っていた書状を開き、重々しさを込めつつ読み上げて見せた。

 これが少しでも、自分にできる償いになればという想いを込めて。


「………この国の国宝である『女神姫』の遺体の弔いの任を、セリア・ゴビー、そしてキャロン・シャトーに命じる。最上級の礼と共に、亡きアテナイ国、現アテナイ地方にて、その儀を執り行うように。国王代理の勅命にございます」

「よし。ではすぐに出発することにしよう」


 職務机の椅子に座っていたセリアは、満足したようにシュナイゼルの言葉を聞き終わり、すぐに立ち上がった。


 彼女は非常に短気なので、あまり待つという事をしたくないのだ。

 それでなくても、この国は王を失くしごたついていて、この勅命に関しても待ちくたびれていた所なのだ。これ以上時間を無駄にするつもりはない。


 シュナイゼルもそんなセリアの性格をすでに承知だったようで、読み終えた書状を再び胸元に押し込むと、扉の近くに居た位置関係を利用してその部屋の扉を開ける。


「そう仰るだろうと思い、すでに馬車は用意してあります」

「さすがは宰相だ」

 セリアが歩きだし、当然とでもいうようにキャロンとノアが後に続く。


 扉のすぐ前に差し掛かった時、セリアは後ろを振り返った。

 つられるようキャロンとノアも部屋の中に視線を向ける。見えるのは、流れについていけず目を白黒させている人々の姿。


 テレジアとマルセルは片側の長椅子に座り、ユリアとリュシアンはもう一つの方の椅子に腰かけている。ジェラミーは何を遠慮しているのか、兄の座る椅子の後ろに立ったままだ。


 あまりにも切羽詰っていたセリアとキャロンは、春から夏にかけて始まったこの復讐劇の中で、季節を感じることを忘れていたらしい。この屋敷を初めて訪れた時には、確かに庭園に咲く花々の色に目を奪われていたというのに。


 驚いた様子の彼らの後ろにある、部屋の窓越しに見せるのは、生い茂った木々達と夏の鮮やかな花々。すでに季節は夏を迎えて、しばらく経ってしまっていたようだ。

 開け放たれた窓から涼しげな風が入り込んできたのか、それぞれの人々の髪を揺らしながら、セリアとキャロンの横を駆け抜けていった。


 セリアの望んだ、爽やかな終わりに相応しい光景を前に、セリアは笑った。



「世話になったな。ありがとう」


 

 それは、この物語の、終止符の言葉。






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