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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第三幕
41/48

復讐

今回は短めです。

残りわずかですが、お付き合い頂ければ幸いです。

 

 炎に取り囲まれながら、しかしその炎を味方につけたようにセリアはそこに立っていた。


 彼女から繰り出され、ユージンへと向かって飛んでいく炎の玉は、彼に当たることなく弾かれ、部屋の中を暴れ狂う。

 飛んでくる炎の玉達は行き場を失くし、時には標的をキャロン達に変えて襲ってくる。


 ユリアは悲鳴を上げ蹲り、マルセルとリュシアン、そしてダニエルの三人は声こそ漏れなかったものの、表情と身体を固着させたまま動けない。

 テレジアとシュナイゼルは、真剣なまなざしでキャロンを見つめ続けている。あるいは、彼らもまた動揺しているのだろうか。


「きゃ、キャロン、殿、これは」


 ジェラミーが声を掛けようとするも、声をかけられた本人は厳しい瞳で前を見据えているので、果たして彼の声が耳に届いているのか判断が難しい所だった。

 二度も言葉をかけるほど、ジェラミーは愚かではない。


「姫さま!!」

 キャロンの叫びに応えるように、炎の塊が飛び出すのを止めた。


 その代わり、ユージンを中心としたその床が、まるで何か大きな岩を押し当てられたかのように大きく抉られる。その中心にいるのは、拳を振り下ろしたセリアの姿。


 ユージンは少し離れた所に佇んでいた。


 セリアは遠距離から近距離へ、攻撃の仕方を変えたのである。


「ちっ」

 セリアは自分の腕を降ろし、自分の標的を見据えながら舌打ちをする。

 生身の人間では追いつく事さえ不可能なはずの、自身の瞬間移動を見切られてしまったことが気に食わなかった。


 何度も拳を振り下ろすものの、ユージンはうまい具合に逃げ切る。


 床に開いた穴は、その度に量を増した。


 セリアは怒りのあまり己の力が出し切れていないし、うまく力を制御できていない。なによりも、彼女の意識には、己と復讐の相手しか見えていなかった。


「………っ!」

 キャロンが唐突に目を眇め、口元に小さな音を乗せた。誰にも聞き取ることのできない音色。


「!!」

 彼女の作り出した結界の中で茫然自失となっている人々は、自分達の視界がぶれるのを感じ、そして真一瞬の瞬きを経て、自分達の立ち位置が変わっていることに気が付いた。


 元居た場所が、扉の前だったならば、今は部屋の奥にあるはずの『女神姫』の棺の斜め前。

 セリアはそんな彼らからあまり遠くない場所に炎と共に立っていた。炎に囲まれているため、傍に行くことは叶わなかったが、それでもセリアの怒りの形相を確認できる位置には彼らは居た。


 自分達が居た場所に目を向ければ、ぽっかりと空いていた穴が広がっている。


 あのままあそこにいれば、もしかすれば、あの床と共に潰れていたかもしれない。思わずその光景を想像して、皆それぞれにゆっくりと唾を呑み込んで、己の無事に胸を撫で下ろす。


「姫さま!!姫さま!!!」


 かなり大きな結界で数人の人間を匿い、場合によっては大人数を同時に瞬間移動させる。

 それは、並外れた魔術師にしかできない芸当である。しかも、そのすべてをやってのけても尚、魔力の持ち主の少女はまったく息を乱してはいなかった。


 その瞳は目の前の二人の男女に向けられたまま。


 己のすべての魔力を容易に跳ね返す目の前の男に、セリアは歯痒さを募らせる。

 決して彼女の魔術が弱いわけではない。ただ、300年という余白の時期があったことと、目の前にいる男が彼女と対等といえる魔術の力を保有していただけの話。


「貴様だけは………」


 セリアの怒りによって、部屋の中に奇妙な雑音が混じり始める。それぞれの視界がぶれ、そして、床が軋みはじめる。


 部屋の中のすべての重力が暴走を始めた合図だった。


 目の前の男が自分を欲した。

 ただそれだけのために、彼女は殺され、そして祖国は滅ぼされたという。

 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる事実だ。ならば、政治目的で戦略されたと云われた方がまだ救われるというもの。


 セリアの琥珀の瞳は絶えず炎が渦巻いている。


 ユージンは沢山の感情が入り混じった感情を、正面から受け止めていた。そしてその笑みは、今まで以上に甘く優しいものになっていた。


「あぁ、姫、そうだ。その瞳。炎を宿したその瞳を、我は欲したのだ」

 早速、この男は狂っているのだ。


 『女神姫』の与えるモノならば、なんでも喜んで受け取るかのように。


 今、目の前の男を苦しめられるものなどなにもない。

 自分が向ける怒りや嫌悪感でさえ、彼に幸福を与えてしまうのだ。


 セリアは考える。彼女はすでに、ユージンへの復讐に以外なにも考えられなくなっていた。そうして一つの可能性に思い当たる。



 ―――人は何に絶望する?


 ―――大事なモノがもう二度と手に入らないとわかった時。


 ―――………そして彼が執着しているものは、自分。 



 

 セリアの手が、常に自分の懐に忍ばせている暗器に触れた。


「姫さま!!なりません!!」

 横から己の主の動向を窺っていたキャロンが引き攣るような叫び声を上げた。

 

 今、セリアの手に握られているのは、一つの細身の短剣。下手すれば女性の片手の中に納まるであろうその細い剣は、見た目に反して鋭く殺傷能力は高い。


 セリアは己を殺そうと企てたのだ。


 そんな彼女の意図を感じ取った瞬間、初めてユージンの顔色が変わった。

「だめ、だ。だめだやめろやめろ!」 


 ユージンの初めて見せる焦りの顔に満足げな笑みを浮かべてセリアは言う。

「お前に、『私』は渡さない」


 今の彼女の中には、結界の中から止めようと叫ぶ人々の声も、泣きながら懇願する大事な友の存在すらもなかった。


 あるのは、ただただ憎い、目の前の男だけ。


 暗器の鋭い切っ先を自分の喉元に当てて、セリアは艶やかに笑った。





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