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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第一幕
4/48

今あるのは

「さぁ姫さま、早く食堂へ行きましょう!父が今日は特別豪勢にしたって張り切ってましたよ」


 ベランダを抜け、空の籠をセリアの手から攫い取ったキャロンは、そのまま彼女の二三歩先を歩きながら後ろを振り返る。

 その行動はいつものことなので特に何も言わず首を竦めたセリアは、しかしキャロンの言葉に何かを思い出したかのような表情で答えた。


「あぁ、今日だったな。『女神姫降臨際』の一番の目玉は」


 そうしてセリアとキャロンは二人して顔を見合わせて苦笑した。あまりにも安直な名前過ぎてもう笑うしかない。


 二人の居る建物は大きくはないため、少し話をしながら歩けばすぐに目的地に辿り着く。そうこうしている間に、目指していた食堂に辿り着いた。


 木造の建物の扉を開けて中に入れば、細長い木でできた机が平行に四つに並んでいた。こじんまりとしたそこは、暖かな白で塗られた壁と淡い茶色の机、そしてその机と揃いで作られた細長い椅子でまとめられた、建物の中でもとっておきの癒しの空間だ。

 暖かな白の壁は、食堂に取り付けられた大きな窓から差し込む様々な色を決して遮断することはない。

 それと同様に食堂に溢れかえる美味しそうな匂いに、すでに幾人かが誘い込まれていたようだ。長い机の所々に、数人が座って食事をとっていた。いつも以上に種類のある食事がお盆の上に乗っている。

 一人でいる者はその手に新聞や本を、共の居る者は笑顔で話しをしながら思い思いの朝食の時を過ごしているようだった。


「セリアちゃん、キャロンちゃん、おはよう」

「二人共早いね」

「おはよう」


 セリアとキャロンが机と机の間を縫って歩く擦れ違いざまに、食事をとっている人々が顔を上げて声をかけてきた。


 この建物の名を『ゴビーとアンバー亭』といった。

 王都の中、といっても隅の方にある中規模の宿屋だ。

 隅に民宿を構えるのは、決してお金がなかったからなのではなく、様々な事情を抱える者達が気軽に誰でも泊まれるようにという、この民宿を始めたセリアの曽祖父の願いが込められている。

 その狙いが功を制してか、宿屋は常にたくさんの人で賑わっており、中にはあまり表だって生活できないだろうと思われる人々もちらほら居た。


 その宿屋の一人娘であるセリアと宿屋お抱えの料理長の娘であるキャロンはそんな中でも常に笑顔で生活をしていたので、皆からの評判は非常に良い。


 もちろん、二人の本当の事情は一人を除いては誰にも打ち明けていない。そうする必要がなかったのもあるし、二人が前世は前世、今世は今世と割り切っているためでもある。


 人々に笑顔であいさつを返しながら、二人は食堂の奥にある厨房に辿り着いた。これまた木で出来たカウンターを通り過ぎて厨房の中に入れば、白い帽子とエプロンを身に着けた二人の男性と一人の女性が慌ただしそうに動いているのがわかった。


 その中でも特に忙しそうにフライパンを振っているガタイの良い男性にキャロンが近づいて声をかける。


「お父さん、朝食の準備手伝いますか?」


 娘の声に男性は笑顔で振り返った。顔は髭に覆われており、大きな身体と合わさってその容貌は熊のようだが、浮かぶ表情はどこまでも優しい。


「あぁ、キャロン。いいや、大丈夫だ。早くローレンに仕事を覚えてもらわないといけないからな、あいつにある程度はやってもらうさ」

「じゃないとこの一週間は乗り越えられないか」

「そういうことだ。だから二人はゆっくり朝食でも食べていればいい。今日は街に行くんだろう?ローレン、二人に朝食を出してやれ。二人には特に慎重にやれよ。もしダメ出しされればお前はクビだ!」


 セリアの納得いったような相槌に、キャロンの父である宿屋の料理長ダリルが笑顔で答えた。それと同時に彼の最後の言葉は、この厨房で一番若く一番慌ただしそうに動いている青年に向けられていた。呼ばれた青年は首を竦める。


「えぇマジっすか!!」

「お父さんの冗談ですよ。気にしないでください、ローレンさん」

「キャロンさんは本当に優しいなぁ。親父さんの娘とは思えない」

「おい!」 

「やっべ」


 これ以上ローレンの邪魔にならないように、セリアとキャロンは厨房を出てカウンターの前に立つ。セリアは笑いを噛み殺し、キャロンは困ったような笑みを浮かべながら。その反対側で、おおよそ一週間前に厨房で働き始めたとは思えない手際の良さでローレンが二つのお盆に膳を整えていく。ダリル自身が採用した人物だ。口では軽口を叩きながら、仕事ができないはずがない。


「セリアさん、キャロンさん、『女神降臨祭』特別定食どうぞ!」


 ローレンの爽やかな笑顔と共に渡されたお盆を受け取りながらセリアは半眼になる。


「……なんだその名前。安直にも程があるだろう」

「はい、ありがとうございます」


 セリアから冷たい視線を受けたが、キャロンから優しい言葉をもらったので、ローレンはめげなかった。より一層爽やかさの増した笑顔で二人を見送ると、また慌ただしそうに厨房の中に戻って行った。


 そんな彼を見届けて、セリアとキャロンは手近の空いている席に隣り合わせで腰を下ろした。キャロンが言っていたように、ダリルも今日は気合が入っているようだ。いつもはメインの料理に汁物、そしてもう一つ付け合わせがある程度なのだが、今日は色とりどりの食材を乗せた小さな皿が五つに汁物と、お盆に隙間がないほどの食べ物で埋め尽くされている。


 それもそのはず、この三日間、セリアの祖父母が宿屋を構えるイリーオス国の王都は大賑わいだった。鎖国的な国の影響で、あまり国外の人間は見当たらないが、大陸で一二を争う大国である。それなりに国民たちは居るのだ。


 そのおかげか、王都の隅にあるはずのこの宿屋も連日満員御礼で、先日などは、宿の経理を任されているセリアの祖母が満面の笑みで札を数えていた。あれは見たくない光景だったと、思わずその場に居合わせたセリアは記憶をかき消すように頭を振った。


 というのも、今この国はとある祭りの真っただ中なのである。


「ふぁぁぁぁ……」


 椅子に座り、ようやく食事にありつけるとスプーンを右手にとり、スープの器を左手に持ったところで、二人の目の前にある人物が腰を下ろす。彼は爽やかな朝の光景にある意味相応しいような気もする、どこかとぼけた欠伸を吐き出した。


 それは見知った人物の見知った行動なので驚きはしない。セリアは気にせず食事をする手を進め、対してキャロンは一度持ち上げたお椀をお盆に戻し笑顔であいさつをした。


「おはようございます。ノア。昨日の夜もお盛んだったようですね」


 にこやかな笑みであまり宜しくない言葉を告げるキャロンに、二人の目の前に座る、ともすれば黒にも見える濃い藍色の髪をした青年―――ノアは顔を引き攣らせた。あまり周りには知られていないが、彼だけは二人が見た目通りの少女ではない事を知っていた。


 もしくは、知らざるを得なかった、ともいう。


「お盛んってキャロンちゃん………あのなぁ」

「どうせ祖母さんに王都の偵察でも頼まれてたんだろう」


 半分ほどスープを飲み終えたセリアが冷めた視線をそのままに口を開く。それと入れ替わるようにキャロンがスプーンを手に朝食を頂く。その息の合った行動にノアは再び溜息をつくと行儀悪く肘を机に乗せ、その手のひらの上に頬を預けた。


「わかってんならそんな冷たい目で見るなよ」

「悪いな。元からだ」


 悪びれた様子もなく、セリアは再び盆に視線を下ろして、次こそ二人共黙って朝食を始めた。長い付き合いのあるノアは彼女達の無視ともとれるその態度を意に介した様子もなく口を開いた。


「ここら辺も人がすごいけどな、王都の中は更にすげぇ事になってるぞ。まぁ、50年に一度の催しものだ、仕方ねぇさ。しかも今日は一番の目玉でもある、『女神姫』の展示日ときた。道のりも展示場所もばっちりだ。もちろんいくだろ?」


 ノアの髪色と同じ深い藍色の瞳が、少女達を見つめながら悪戯っ子のように煌めいた。


「あぁ、もちろん」


 セリアは皮肉気な笑みを浮かべ、キャロンは少し緊張気味に頷いた。




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