始動
四公当主という強い後ろ盾をもう一つ得た所で、セリアは復讐劇への最終幕を開けることを決めた。
少々己を危険な立ち位置に追いやることになるであろうその計画を打ち明けた時、その場に居た人間達はあまりいい顔はしなかった。
ちなみに、その時居たのは、計画に直接関わることになるセリアにキャロン、ノア。裏方に回り舞台を整えることになるテレジアとシュナイゼルだった。
もう一人の協力者、トアロイ家の次女であり、今は放浪の身であるユリアは、セリアの要請で実家の方に身を寄せてもらっている。
けれど、計画は機密裏に彼女の元にも届けられていた。
さすがは貴族出身でありながら、放浪に出た身である。彼女の情報網とその繋がりは広く、皆を驚かせていた。
最初は他の者達同様渋った様子だった彼女も、四公出身の人間として弱みを握られている以上、セリアの説得に頷くしかなかった。
「トアロイ家に魔力がなくとも、彼らを裏で操っている者にはあるやもしれません。彼らがどれほどの力を有するものなのかわからぬまま動くのはあまりにも危険では」
シュナイゼルが眉を寄せて苦言する。
セリアは彼に一度頷いて見せて他の人間達を見回した。
「だからこそ、だ。私達はその黒幕を引きづり出す必要がある。300年前も、綺麗に逃げ遂せた人間だ、今回もそうならんとも限らん。四公を操れるほどの人間、それはただ一つ、王家に蓮なるものだろう。守られた場所に居るであろう奴を表舞台に誘き寄せる方法はただ一つ。私達がそこ(舞台)で待つ方法のみ。わかるだろう。黒幕を暴く事とわが身の奪還は、アテナイ国の悲願だ」
それを言われてしまえば、他の者達はぐぅの音もでない。
この話題に置いて、イリーオス国の人間に口出しできる隙はなかった。
一斉に眉を寄せて押し黙ったキャロンを除く一同を見て、彼らの心中を承知の上で我が儘を言っている自覚のあるセリアは苦笑を漏らしつつも、しっかりとした口調で計画をおさらいする。
「誰が何を言おうが、この計画は実行する。幸いにも、次の夜会はトアロイ家で行われる。その時私とキャロンは、変装せずに夜会に参加。その時のエスコート役はミネルバ家の双子にお願いすることにしよう。もしも私の狙い通りに事が進めば、数日後には、すべての舞台役者が顔を合わせることになる。………トアロイ家とすべての黒幕を含めて、な」
そう言った元皇女の瞳は爛々と輝いていて、周りの人間は押し黙り頷くことしかできなかった。
「というわけで、今回はお前達にエスコートを頼む事にした」
まるでお願いする立場には思えないほど尊大な態度で、セリアは双子の前に立ちはだかっていた。
場所は双子の駆け込み寺、基マルセルの職務室である。
ジェラミーは基本キャロンの周りをうろついているので捕獲することは容易かったが、前は鬱陶しいほど傍に居たリュシアンがとんと姿を見せなくなった。
理由はなんとなくではあるのがわかっているのであえて黙っていたが、今回の計画を遂行するにはセリアとキャロンが双子と共に居るところを、特定の人間に目撃させる必要があった。
マルセルに協力を要請したところ、リュシアンの居場所はいとも簡単にわかった。
すぐさまその場所へ赴けば運良く双子が揃っていた。これ幸いにと部屋に入った瞬間、セリアは先ほどのまったく誰かにモノを頼む態度とは思えない態度で口を開いたのである。
キャロンはその後ろで困ったように笑うのみで、彼女の態度を咎めるようなことは言わない。
マルセルの職務机の前の長椅子にそれぞれ腰をかけていた双子達は、突然の訪問者と突然の申し入れに呆然自失状態になる。
四人の間にしばし無言の時が流れた。
マルセルはその間で忙しなく瞳だけを動かし息を殺して事の行く末を見守る。住職もそろそろ疲れてきたのだ。もし引き取ってもらえるならばそれはそれでありがたい事この上ない。
心の中で密かに神に祈った。我が人生に平和の加護をと。
「も、もちろん!!喜んでキャロン殿のエスコートをお受けする!!」
ジェラミーは右腕を垂直に立てて椅子から飛び起きた。その頭には垂れた尻尾が、そして背後には左右に忙しなく揺れる尻尾が見える。
素直なのが彼の良いところだ。
「では、よろしく、お願いします」
若干顔を引き攣らせたキャロンがセリアの背後で小声で返事をした。
顔を突き合わせながらも、決してお互いに近づかない彼らの立ち位置こそ、今の心の距離を表している。
対してリュシアンは、彼には珍しく困惑した表情で瞳は決してセリアを見ることなくどこかずれた場所を見つめていた。
「え、と………」
彼の中であの夜の事はまだ上手に昇華できていないのだ。それを引きづったままセリアの傍に居るのは、リュシアンのプライドが許さないのだろう。
それがわかっているから、セリアは更に踏み込んでみた。
彼女の中でリュシアンにエスコートをしてもらうのは決定事項なので、了承以外の言葉を聞くつもりは毛頭ない。
「前回の夜会の事は私の胸の中だけにしまっておくつもりだ。それに逢引は男の名誉にも関わること。決して恥ずかしく思う事はない」
セリアの言葉を聞いた途端、リュシアンの表情が凍り付いたのを、その場に居たものは見逃さなかったし、それと同時にリュシアンが心の底から不憫に思った。
一番聞きたくない台詞を一番聞きたくない人物から聞かされた彼の心境はいかに。
「………わかった。行くよ、いけばいいんでしょ」
しばし硬直していた双子の兄が、たっぷり間を置いた後、ようやく渋々と言った風に呟いた。
小さく溜息をついた彼は何か吹っ切れたような風情で立ち上がると、両手のひらを天井に向けたまま、肩の位置に持ち上げる。そしてこれ見よがしと頭を振って見せた。
「僕からあれだけ逃げていたセリアさんがわざわざ僕の所にエスコートをお願いしに来るってことは、セリアさんの中でこれは決定事項。例え僕が断ったところで、意味はない、でしょ?」
リュシアンの的確な指摘にキャロンは背後で目を瞬かせた後、大きく首を縦に振った。
対してセリアは、図星を刺されたため言い返せないものの、その指摘があまり喜ばしくなかったので、無言で顔を顰めた後そっぽ向いた。
受け入れたもらえたなら礼の一つや二つ言うつもりだったが、今ので撤回する。礼など言うものか。
「だけど、一つ交換条件があるけど、いい?」
「なんだ」
「夜会の間、ずっと僕を傍に置いてくれる?」
外していた視線を目の前に向ける。その先に立っていた白の彼は、見た人を蕩けさせてしまいそうな甘い笑顔を携えて己を真っ直ぐに見つめていた。
その美貌を活用しようと生前から外交に関わり、今世では宿屋の孫娘として色々な人々と接してきたセリアには、易々と人には屈しないという自信と心構えがあった。だというのに、今の彼女は蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまっていた。
蛇だ。蛇が居る。
それも、真っ白で獰猛な大蛇が。
「わ、わかった」
ようやく絞り出せた声音はどうにも心もとなく、それを聞いた目の前の人の姿をした白蛇は、
「ありがとう、嬉しいよ」
と、笑ってみせたのだった。
一瞬横目で見たジェラミーとマルセルの顔が少しだけ青く染まっていたので、先ほどの幻覚は彼女だけが見たものではないらしい。
どうやら、藪を突いたら蛇を出してしまったようである。
その後、事を円滑に進めるための打ち合わせに、実家待機のユリアを除く今回の関係者が一所に集められた。
セリアはその場の全員に、トアロイ家当主にセリアとキャロンを認識させるためだと、本当の目的は伏せて説明する。
前もって話を聞いていたシュナイゼルやテレジア、ノアは小さく眉を寄せるも、誰もそれには気づかない。
一通りの話が終わり、それぞれ自分の立ち位置をおさらいしてその場は解散となった。
場所がテレジアの職務室だったため、彼女を除く全員が部屋を出るために動き出し始める。
「それで、リュシアン様はどうして急にそんなに強気になられたのです?」
キャロンは小さな疑問を白の騎士に向けてみた。
退散しようと長椅子から立ち上がったセリアは、態度こそまるで興味がないという風な体を装っていたが、耳は確実にキャロンとリュシアンの会話に向けられている。彼女の一つ一つの動作が遅くなっているのが何よりの証拠だ
キャロンの質問に返ってきたのは清々しいまでの笑顔と
「だって、セリアさん自分勝手なんだもの。僕だけが我慢するなんて、フェアじゃないよね?」
ある意味空恐ろしい言葉だった。
キャロンは小さな引き笑いを浮かべたまま何も言葉を発せず、セリアの顔は珍しく硬直し、ノアは口元を引き攣らせ、マルセルとジェラミーは頭を抱えたのだった。




