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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第二幕
33/48

歩み寄る

「リュシアンはジェラミーを見習うべきだと思うよ」

「やだよ。僕はあんなに単純じゃない」


 隣で頬を膨らましつつ眉を寄せるというとてもユニークな顔芸を披露して見せるのは、ただ今絶賛やさぐれ中の双子の兄である。


「だけどそれが一番の歩み寄りだと思うんだけどねぇ」

「一応、自分がどれだけ恥知らずな事をしでかしたかわかってるからね、あの馬鹿と違ってさ。………どんな顔して彼女の前に出ればいいっていうの」


 兄は頭を抱えたままテラスの柵に凭れかかって悶絶する。


 予想通り、次期公爵であるはずのマルセル・アスキウレの職務室は、連日白と黒の双子の駆け込み寺と化していた。更に厄介なのは、彼らが交互にやってくること。まるで示し合せたかのように毎日入れ替わりでくるものだから、マルセルも対応が雑になってくるというものだ。


 先日セリアを呼び出したテラスに、今はリュシアンと共に立っている。


 眼下に見えるのは、洗濯籠を抱えたキャロンと、その後に続く洗濯物の山を抱えたジェラミーだ。

 実に微笑ましい光景である。例えキャロンの顔が面白いほどに歪んで居ても、ジェラミーの顔が笑み崩れているので不思議と不快感はない。


 何度かマルセルからのアドバイスを貰った双子の弟は、持ち前の単純かつ素直な性格を利用して、正面からキャロンに向き合う事にしたらしい。

 日々彼女の後を追っては、その仕事の手伝いを申し入れる。最初は断られていたものの、一度決めたらやり遂げるまで諦めない、傍からすればとてもめんどくさい―――彼にとっては美点なのかもしれないが―――性格のお蔭で、最近は荷物持ちぐらいの手伝いはさせてもらっているようだ。


 まぁ、キャロンの不快感ありありの表情はまったく緩む気配を見せてはいないのだが。


 一方の捻くれ者として親しい者には定評のある双子の兄といえば、行きつけの駆け込み寺の中でただただ落ち込んでいるだけである。

 今まで挫折という挫折に出会ったことがないものだから、こういう状態になっているのだろうと付き合いの長いマルセルは分析していた。


 彼は生まれてこの方異性に関して失敗したことがない。


 最初の失敗が、最初の恋の相手だったものだから手に負えない。

 と、マルセルははたと、思い当たった。今の状況を前にもどこかで見かけたことがあるような既視感に襲われたからだ。


「はぁ………」


 結局、双子はどこまでも双子なのである。




✿  ✿  ✿




 愛おしい人の象徴でもある灰色の髪が、すぐ傍で揺れている。

 腕一杯に積み上げらている洗濯物で前方の視界はあまり良くはないが、それでもキャロンが近くに居てくれていることはわかる。


 その事実が、ジェラミーは素直に嬉しいと感じていた。

 自分がここまで色恋で脆く弱い者になってしまうなんて、想像したこともなかった。


「なんですか」


 一足先に洗濯場に辿り着いていたキャロンが、胡乱気な表情で後から来たジェラミーを出迎える。どれだけ自分に向ける顔が歪んでいようと、彼は気にしない。


 顔を見せるなとすら言われていたのに、今はこうして言葉も交わせている。それだけで嬉しい。

 初めての恋に舞い上がった青年は最強だった。


 そして、とてつもなくはた迷惑だった。


 辺りに蝶々やら花々を散らしている青年を見つめていたキャロンは、それに無言で黙殺して、洗い場にしゃがみ込む。

 ジェラミーも慌ててそれに続いて、二人で並んで洗濯物を洗い始める。


「「………」」


 無言でお互いの作業に没頭する、わけもなく、ジェラミーは時々キャロンの横顔を眺めては笑み崩れていたし、それを敏感に感じ取っていた彼女はその度に眉を顰めて無言を決め込む。


 そのやりとりはある意味とても面白く幸せな光景なので、時々二人の傍を訪れる他の屋敷の使用人達の憩いの場所ともなっていた。

 あそこまで拒否をしていたキャロンがここまでジェラミーを受け入れるようになったのは、他でもない主の言葉がったからだ。今でもまだ納得はしていないが、それでもセリアは言っていた、自分について昔に戻ってくる必要はないのだと。

 キャロンという今の彼女の人生を諦める必要はないのだと。


 それには、カイルの顔をしたジェラミーとの歩み寄りが必要で、彼を見ると思い出す切なさを克服必要があると。

 だからキャロンはこうしてジェラミーと共に居る。


 こうして一緒に居て、隠すことのない恋慕の気持ちを表情から言葉から仕草から感じるにつれ、彼を少しずつだがジェラミーという人間として接することが出来るようになってきた気がする。


 その結果が、残念な子に接する今の態度である。

 それでもジェラミー本人が幸せなのだから、それでいいのだろう。


 それぞれが何やら新しい扉を開きつつあるようなのだが、それに勘付いているものはごく一部で、そのごく一部は賢明にも沈黙した。





 洗濯を続ける二人の様子をしばらく見つめていたセリアは、姿を隠していた木々の間を離れ、屋敷の中に戻るために身を翻した。

 自分の決意のために、これからキャロンとして平凡に歩んでいく予定であった少女の人生を歪めてしまった自覚はある。


 もちろん、カイルやリアンそっくりの双子と出会うところはセリアですら予想外だったけれど。


 だからこそ、昔の主として、そして今の友人として、少し背中を押した。

 結果は上々のようで、素直に嬉しく思う。

 キャロンのジェラミーを見る瞳の冷たさと表情は少々思っていたものと違うし、なにやら新たな彼らを見つける手助けをしてしまった感は否めないが、それでもキャロンがカイルを越えて、新しい誰かをこの世で見つけられる切っ掛けになればいいと願う。


 屋敷に戻れば、テレジアに呼ばれた。


 彼女の執務室に向かえば、予想外の人物と顔を合わせることになった。

 シュナイゼルである。

 顔を見合わせた直後、お互い少しの気まずさ故表情が硬直した。更にまさかの対面だったので、空気も凍る。


 扉を開けたまま固まったセリアを見かねてか、一番最初に出会った家令の男性が彼女に近づき、丁寧に長椅子の一つに通してくれた。そしてすぐにお茶と茶菓子が目の前に用意される。


「姫様、申し訳ありません、こちらから呼び立てしましたのに、少し立て込んでおりまして」


 忙しそうに書き物をしていたテレジアは、セリアが部屋を訪れた途端、無理やりすべてを終わらせたようにすぐに席を立つと、セリアの向かいの椅子、つまりシュナイゼルの隣に座った。


 テレジアは先人達の後悔を一心に背負い、セリアに最上級のもてないと礼を持って接してくる。元々王族であるセリアはそれらの対応に慣れていたのでなんとも思わないし、事情を知る家令も当たり前のような光景に何も言わない。


 しかし、シュナイゼルが違った。


 眉を顰め、無言でテレジアを見つめた。まるでその理由を問うかのように。

 しかし黒の女傑は無言を決め込んだようで、ただひたすら艶やかな笑みをセリアに向け、その瞳を隣の男にやることはない。


 このやりとりだけで、彼らが思った以上に親しい仲であることはわかった。


 意外だ。四公はそれぞれ敵対、とまではいかないまでも、一物抱えているイメージがあった。


「姫様、お呼び立てしてしまい申し訳ありません。実は今日は折り入ってお話したいことがありますの」

「それは、ここに居るクイシオン公爵にも関わることだろうか」

「えぇ」


 彼女達の視線が、シュナイゼル一人に向けられた。

 色々疑問があるだろうが、それらを一度自分の胸の奥に追いやって、シュナイゼルは一度息を吐きだした。

 そうしてセリアを見つめた。


「テレジアとも話した結果、私の立ち位置をはっきりさせた方がいいという結論に至った」


 前回よりは、かなり饒舌になっている。

 話しの腰を折らないためにも、セリアは頷くだけに留める。


「私の祖先は『女神姫』の暗殺に直接関わった。彼女の遺体をこの国に持ち帰り、結界の魔術を掛けたのはこの、クイシオン公爵家で間違いない」

「………」


 思いがけず打ち明けられた詳細にセリアは目を細めた。つまり、彼女を直接暗殺したのは残りの四公、トアロイ家に他ならない。更にいえば、阻止の魔術もまたかの家のものだということ。


 正直ここまでわかれば、セリアとキャロンでどうとでも出来る。


 そんなセリアの思いを知らず、シュナイゼルの表情は苦しげに歪む。


「我が先祖もまた、アスキウレ公爵家と同様懺悔の手記を残している。ただ、自分の家を守るため、テレジアのいうほど、『女神姫』に思い入れがあるわけでもない。だからこそ、返事が遅れたのだ。私もまた、どこまで踏み込めばよいかわからずにいた」


 赦してほしい、と、公爵は頭を下げた。


 意外過ぎる対応に、これからの計画を密かに脳裏で組み立てていたセリアは、一旦思考を止めてシュナイゼルを見つめた。


「家を第一に考えるのは当主として当然のこと。貴殿が私に頭を下げる理由はどこにもない」


 次いで彼女の口からでた言葉はとても穏やかなものだった。

 まさか、自分の暗殺に関わった家の者達と対峙して、ここまで穏やかな気持ちで居られるとは思っていなかった。ただただ彼らの優秀かつ心優しい子孫に感謝するしかない。


「あなたが誰であるかは、薄々気づいてはいる。その瞳の色、そして人の上に立つ者として相応しい振る舞い。フィオナ・アイテール皇女で間違いないだろうか」


 シュナイゼルがセリアを見つめる。まるで迷い子が、ようやく母に見つけてもらえて縋るように許しを請うようなその瞳で。隠し通す必要はないと判断したセリアは穏やかな表情のまま頷いてみせた。


「あぁ。確かに私は、300年前に暗殺されたアテナイ国第一皇女、フィオナ・アイテールだ。………改めて貴殿達に問おう。私は貴殿達の謝罪が聞きたいわけでも、怒りを抱えているわけでもない。ただ、300年経ってもなお、この国の縛り付けられている我が身を引き取りたいだけ。協力、してくれるな」


 最後の方は確認で、それと同時に琥珀色の瞳が、まるで目の前の二人を試すかのように細められた。

 見た目だけだと彼女などよりもよほど年上であるはずのテレジアとシュナイゼルは、黙って椅子から立ち上がり、そうして右手を己の心の臓に添えて深く頭を垂れる。


「「姫君の、お心のままに」」





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