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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第一幕
3/48

夢にみるのは

「……っ!」


 朝焼けの緋色が、カーテンの合間を縫って部屋の中に差し込み始めたと同時に、銀髪の長い髪が宙を舞った。ベッドから飛び起きるように上半身を起こした彼は荒い息をつきながら己の片手を額に置いて俯く。

 その拍子に白にも見える綺麗な銀髪が、毛布の上を繊細な糸のように流れ落ちる。


 彼はその髪があまり好きではなかった。その色が故に自身に纏わりつく噂があったから。


 その考えを消し去りたくて、彼は平民の身分では到底拝むことが出来ないであろう上質なベッドから起き上がると、部屋の壁半分を悠に超す大きさの窓を開け放った。流れ込んでくる冷たい風に、心が凪いでいくのがわかる。


 幼い頃から見る夢があった。それは年々頻度を上げ、ここ一週間は毎日みるようになった。 


 誰にも言ったことがないその夢を思い出し、何故だが胸が締め付けられた。とても切なくて、ともすれば愛おしささえ感じさせるはずのその夢は、けれど目が覚めるとその気持ちの余韻しか残してはくれなかった。どうしてそんな気持ちになるのか、誰といる夢で何をしていたのかまったく思い出せない。

 ただ一つ思い出すのは、琥珀色の瞳だけ。愛情に溢れたその瞳に見える少しの情熱。それだけがどうしても脳裏から消えずにいるのだ。


「リュシアン様」


 自分が立っている窓の反対側に位置する扉の外から、己を呼ぶ声がした。


「なに?」


 切なさも愛おしさももどかしさすべてを胸の奥に追いやって、リュシアンは扉に向かって声をかける。


「ジェラミー様が手合せをしたいので庭園にて待つとのことです。……リュシアン様もきっともう起きているだろうからと」


 まだ朝も明けたばかりで半信半疑だったであろう使用人も、リュシアンの素早い返答にジェラミーの言葉が当たっていた事を悟る。これが互いを半身とする二人の為せる業なのか、それは使用人にわかることは終ぞ来ないだろう。


「わかった」


 リュシアンがそういえば、扉の外から人の気配が消えた。


 己の片割れの呼び出しに少し安堵の吐息を漏らし、リュシアンは素早く支度を整え部屋をでた。

 彼らの住む建物は大きい。もちろんそれは代々続く貴族に相応しいモノで、だから生まれた時からこの屋敷に住むリュシアンは勝手知ったるといった風情で、すぐに目的の庭園に辿り着いた。


 少し遠くに見える花が咲き誇る花々を背に、黒髪短髪の青年が佇んでいた。リュシアンと同じ動きやすい恰好をした彼はその手に剣を携えている。その表情は少し硬い。

 部屋に居た時の張りつめた空気をかき消して、リュシアンは通常の万人受けする笑みのその整った顔に張り付けた。


「どうかした?お前がこんなに朝早くに起きだすなんて珍しいこともあるもんだね」

「少し、夢見が悪かったんだ。どうせ、お前も起きていると思ったからな。丁度いいと思った」

「ちょっと、お前の都合を僕に押し付けないでくれる?」

「でも来ただろう」

「まぁね、可愛い弟の願いだし」


 困った顔で、リュシアンは肩を竦めて見せる。

 これだから双子というのはやり難い。

 しかしそんなリュシアンの軽口に応えることなく、硬い表情のままのジェラミーは静かに鞘から細身の剣を取り出し構えた。リュシアンもそれにこたえる様に表情を引き締めると、剣を取り出す。


 先に動いたのは黒を纏ったジェラミーだった。勢いよく目の前の双子の兄の剣に飛びかかる。それを白が特徴的なリュシアンが危なげなく受け止めれば流れる様に弟を薙ぎ払った。しかしそれを予想していたかのように、ジェラミーはそれを身体を下に降ろすことで避け、そのまま突進する。弟の常にない攻撃的な態度に、一瞬目を見開いたリュシアンだが、紙一重で彼の剣を交わすと後ろに飛びのいた。


「いつも以上に攻めてくるね。どういった心境の変化?」

「なんとなく、だ」


 かなりの攻撃を交わした二人だが、その息は乱れない。それは二人が騎士という職業を生業としているからに他ならない。

 ミネルバ公爵家の次男三男としてほぼ同時期に生を受けたこの二人は、今や第二王子の側近として城に上がっている。整った顔立ちに均等のとれた身体付き。双子とはいえ、二人の似通っているものはその光加減が微妙に異なる菫色の瞳だけだった。


 銀髪の髪を腰の真ん中辺りまで長く伸ばし、基本白や淡い色を身に着けることが多い、ミネルバ家の双子の兄であるリュシアンは、甘いマスクをした伊達男と名を馳せている。

 常に嘘か本当かわからない言葉で男女を翻弄し、彼の本音を知るものは数少ない。特にその毒牙にかかった女性は一溜りもなかった。それ故に、彼には女性ファンが多く、時にはある未亡人が愛人であるやら、どこぞの公爵令嬢と一夜を明かしたやら、彼に関する噂話は貴族たちの退屈な日々を多いに盛り上げていた。しかしそのどれもが噂の範疇を超えないため、人々は更に浮足立つのである。


 耳が出るギリギリまでに切り揃えた黒の短髪に黒や暗めの色を好んで着る、双子の弟ジェラミーは兄とは正反対に、不愛想で貴族らしい性格をしていた。

 自分の言ったことは基本正しいと思っている彼は、しかしその自信に見合う努力と成果を上げてきた。女性の扱い方をあまり知らない彼なので、あまり表だって騒ぎ立てる令嬢は、兄に比べれば遥かに少ないけれど、決して居ないわけではない。その代わり、貴族の男性達からの信頼は絶大で、それが更にジェラミーの尊大な態度を更に大きくさせていた事は事実であった。


 しばしの睨み合いが互いの動きを牽制させていたが、リュシアンが先に動いた。性格は剣筋にでると人々は言う。穏やかな彼の剣は常ならば真っ向勝負をよしとせず、基本相手を翻弄するように左右から責め立てる。

 しかし今朝は違った。

 真っ直ぐに己の片割れに進み出たリュシアンはそのまま剣をジェラミーに振り下ろす。兄の意外な行動に一瞬驚きに目を見開いたジェラミーだったが、持ち前の反射神経の良さを武器にその剣を受け止めた。


 とそこで、緊迫した場面に相応しくない軽やかな声が響いた。


「二人共何をしているの!?」


 動きを止めて声をした方を向けば、いつの間にか朝が明けていた澄み切った青空を背景に、金色の髪がキラキラ輝いているのが見えた。


「朝からそんな風に剣を振り回していたら危ないでしょう!どちらかが怪我をしたらどうするの!?」


 目を見張るほど端正な顔をした金髪の小柄な美少女は、その丸い緑の瞳をキリキリと釣り上げて声を上げる。

 幼馴染の心配性は今に始まったことではないので、双子の騎士はお互い小さく息をつき、持っていた剣を大人しく鞘に納める。ここで彼女の言葉を無視したところで、良いことなどないことは長い付き合いの中でよくわかっていた。


「レイラ、どうしたんだ。こんなに朝早くから」


 レイラと呼ばれた少女は、ジェラミーのその一言で怒っていた表情を一変させる。目をキラキラさせながら、足早に双子の幼馴染に近づきその腕の裾を引っ張って二人の顔を仰ぎ見る。

 普通の青年男性より長身な彼らと、普通の成人女性より幾分か背の低いレイラではその身長差はかなりの者になる。けれど二人から見下ろされる時がレイラは好きだった。彼らの瞳に自分がはっきりと映る。その視線を独り占めできるのは自分だけだと信じられたから。


「今日はとうとう『女神姫』の展示会よ!早く行きたいの!一緒に来てくれるでしょ?」

「どうせ俺達が嫌だと言っても連れていくつもりでしょ?いいよ」


 リュシアンが苦笑を浮かべれば、ジェラミーが何も言わずに溜息をついた。二人の騎士の了承の意を受け取ったレイラはより一層の笑みをその顔に浮かべた。それはまるで『女神』とも評されるに相応しい美しい笑みだった。





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