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三話連続更新の最終話です。
二回目の夜会に参加する機会は、予想よりも早くに訪れた。
今回の開催場はアスキウレ公爵家。つまり、セリア達がお世話になっている屋敷こそが、会場となる。
それは、先日よりも更に、情報収集が可能になるということ。
宣言通り、キャロンはジェラミーと顔を合わせようとはせず、その度にジェラミーは制御不能の悲しみのどん底を彷徨う事になった。
それを嫌な笑顔で見守るのはセリアとノアの二人で、マルセルは友人として彼を悲しみから持ち上げる役、リュシアンに関しては自業自得だと我関せずの状態である。
「まぁ、キャロンさんとジェラミーがこんな感じだと、エスコートは無理そうだ。今回は私が引き受けることにしよう」
再び来る舞踏会に備えての会議で、マルセルが笑顔で提案する。キャロンも笑顔で同意した。
そのやり取りを、キャロンの視界にあえて入らない場所に立って聞いていたジェラミーは文字通り撃沈し、セリアはうっとおしいと云わんばかりの冷たい視線を彼に注ぎ続ける。
彼女達と彼の距離は、ただ広がるばかりであった。
流石のノアも、少しばかりジェラミーが可哀想になってきていた。といっても、彼に出来ることは何もできないのだが。
ただ、彼の骨は拾ってやろうと、物騒な決意は固めていたりする。
誰もそんな彼の考えに気が付かなかったのは、不幸中の幸いである。
「今回は少しだけ相手側に踏み込んでみようかと思っておりますわ」
テレジアが扇で優雅に口元を仰ぎながら、目の前のセリアに視線を集中させる。
それに、セリアも頷くことで同意の意を示す。
「相手が私達に気づいているのなら、時間をかけても無駄な事。今回でなんとしても有力な情報を掴んで黒幕を割り出さなければ」
「「………」」
話が見えていない双子だったが、ここで質問をするような事はしない。
でなければ、この場を追い出されるのは目に見えている。ただわかるのは、自分の想いを寄せる少女二人が何者かに狙われていることと、それが彼女達の追っている『黒幕』であろうということだけ。
「今回は、セリア様のエスコートをノアにお願いします」
「了解」
「では、僕は」
思わずといった風情で部屋の隅に立っていたリュシアンが声を上げる。自分が隣に並んで彼女を護るつもりであったのに。
テレジアはその冷たい視線を向けて、年若い騎士を一瞬にして黙らせる。
「ワタクシも、あなたに頼むつもりでいましたよ。けれど、侯爵家からの要望とあっては、そうもいきませんもの」
「侯爵家?」
双子が眉を顰めるのとは逆に、セリア達は話が読めたように一斉に溜息をついてみせた。
「あなた方の幼馴染は、まるで自分が女神姫であるかのように振る舞うようですわね」
黒髪の女傑の皮肉気な言葉に、双子は言葉に詰まった。
セリアの瞳が、どういうことかと問うようにテレジアに向けられる。しかし、四公の一つを統べる女性は双子騎士から視線を逸らさない。そこには、小さな怒りさえも見え隠れしていた。
「これ以上、あなた方に関わってもらう必要はありません。まずはあの厄介なご令嬢の躾をなさることね」
思っても居なかった人物の突然の出現に、双子は押し黙る。
マルセルは彼らに優しい声を掛けながら、けれどその瞳は冷たい。
「これは君達の今までの行動の代償だ。彼女が居る以上、君達は私達の邪魔でしかないんだ。だから、わかるね?」
彼らより少し年嵩のある未来の公爵当主は、結局双子の友人には甘いようである。
彼の言葉を受けて、リュシアンとジェラミーは小さく頷いた。彼らは部屋を出るため、扉の方向に進んだ。
しかし扉を開けて、その身体を外に滑り込ませる直後、彼らは長椅子に並んで座っていた二人の少女に強い視線を向ける。
「セリアさん、必ず帰ってくるから、その時は必ず話をさせてね」
「キャロン殿、今までの失礼な態度での謝罪は、帰ってきた時に」
含みのある言葉を部屋に残して、彼らは去って行った。
残ったのは、呆気に取られた表情の少女達と、笑いを堪え切れなくなったマルセル。テレジアとノアは似たような呆れ笑いを浮かべていた。
「なんなんだ、一体」
セリアの溜息に、テレジアは艶やかに笑った。
「血は争えない、とはうまく言ったモノですわね」
まったくもって嬉しくないその言葉に、セリアとキャロンはただ肩を落とすしかなかった。いくら彼らに求められても、彼女達に彼らを受け入れる気はまったくなかった。
愛しい人達の面影を受け継ぐ、彼らだけは。
✿ ✿ ✿
マルセルとノアにエスコートされて足を踏み入れた舞踏会は、双子と共に来た時よりも落ち着いた中で楽しむことが出来た。
といっても、次期公爵当主であり、未だ婚約者の一人も居ないマルセルへの視線からは逃れられなかった。
ノアもまた、髪を整えきちんとした衣装に身を包んでいるため、若い女性達から熱い視線を送られている。あいにく彼自身は、慣れない場に、心の中だけで悲鳴を上げてそれらに気づく事はなかった。
しかもエスコートしているのはセリアである。失態だけは見せまいと、顔だけは余裕の表情を浮かべている。
もちろんセリアはすべてをお見通しで、時々ノアを見上げては含み笑いを見せつけていた。
今回も、鬘を装着して、セリアとキャロンは夜会に参加していた。
前回と違い、屋敷の当主は見知った人間なので、挨拶は省略することが出来た。何人かの有力貴族に挨拶回りをすれば、すぐに自分達の時間を持てる。
会議でも話し合ったように、今回だけは無理やりにでも情報を手に入れる覚悟があった。
ノアによれば、前回の夜会で協力者に出会えたらしく、その人物にも会えるように手筈を整えてくれているようだ。
うまくいけば一気に黒幕に近づくことができる今回の夜会。セリアもキャロンも、決して胸が高鳴るものではないものの、自分達の運命を良いように玩び続けてくれた黒幕に迫ることは本望であるので、真剣に挑む心づもりだ。
ある程度、この国の主要人物が集まってきたらしく、屋敷の大広間は人で賑わっている。
広間のカーテンの影に隠れるようにして、セリアやキャロン、ノアとマルセルは辺りを窺っていた。
注目しているのはクイシオン公爵と、トアロイ公爵。
クイシオン公爵は沢山の女性に囲まれていた。
その癖のあるやわらかな金髪に、向日葵が咲いているようなヘーゼルの瞳。背が高く大人の色気を漂わせている。
結婚していない男性貴族の筆頭としてたくさんの女性に狙われているという情報は間違いではないようだ。しかし、その秀麗な顔に浮かぶ感情は無で、何を考えているのかわからない。若くしてこの国の宰相を務めているので、優秀なのは本当なのだろう。
トアロイ公爵はその逆で、常に笑顔を浮かべながら客人と会話をしていた。
薄い黒髪を無理やり後ろで束ねており、目は少し釣り目でこげ茶。その腹は出ているため、周りからは腹に金の詰まった豚と呼ばれているらしい。娘が王妃として王家に嫁いでいて、彼の孫が皇太子となっている。
どちらも、国の枢に居て、尚且つ力のある貴族であるのため、情報だけではどちらがセリア達を狙ったのかわからない。彼らには、セリア達を捉えるお触れを出すことも、暗殺集団を従えることもできる。
もしくは、黒幕は一人ではないのか。
「くそ、ここに居るだけでは埒が明かん」
「姫さま、落ち着いてください」
盲目の振りをしているセリアからすれば、注目すべき人物達の表情を読み取ることが出来ないので、もどかしさは倍になる。
「賭けにでるか」
セリアが低い声で呟く。
元々あまり気は長くない方で、今の状況はただただそれを悪化させてるだけ。そんな主の性格を身に染みてわかっているキャロンとノアは、溜息をついた。
質問系ではあるけれど、きっと彼女の中では決定事項なのだろう。
とりあえず自分で勝手に進めてしまう前に、自分達に断りを入れた事だけでも褒めることにしよう。
マルセルもまた、そんなセリアになんとなくだが気づいていたので、何も言わずただ苦笑だけに留めた。
彼に、彼女達の行動を止める権利はないし、母にも再三忠告されていた。マルセルはただ、セリアとキャロンを護るためにいるのだと。
詳しいことは知らないし、疑問を持った事はあった。しかし、母親のあそこまで必死な表情は見たことがなかったので、黙って従う事にしたのだ。更にいえば、彼女達の行動に口を挟もうものならすぐに自分はこの計画から外されることだろう。
すべてに人より秀でていて、次期公爵の座を約束されたマルセルにとって、セリア達と居ることで起きる出来事は、とても刺激的で魅力的なものだった。
そんな非日常な出来事を自分から手放すのは非常に惜しい。
自分の考えに入り込んでいた彼は、他の三人の視線が自分に集中していた事に気づくのに少し時間を要した。
「な、なにか?」
「マルセル、魔術の仕組みは理解しているか」
「えぇ、まぁ、一応」
アスキウレ公爵を継ぐ第一条件は魔力の適正。確かに代々弱まっている魔力だが、ないよりはましだ。彼もまた、母と同じように時を止める魔力を有している。まだ完璧に操るとまではいかないものの。
というのも、魔術師というのはこの世界ではすでにお伽噺の中の登場人物といっても差支えない幻的存在。
マルセルは母のテレジア以外に魔力を使う人物に出会ったことはないし、テレジアも彼女の前の代のアスキウレ公爵家当主しか操れる者を知らない。彼らはその限られた人物の中から学ばなければいけなかった。その扱いが正しいのかさえわからぬまま。
だからこそ、ただの町娘であるはずのセリアとキャロンが、魔力がこの世界にあるという前提で話しを始めた時は耳を疑ったし、共にいたただの護衛のノアがその話を驚く様子もなく聞いていることに不信感も持った。
まぁ、もちろん、その後彼の不信感に気づいたであろう母にすぐさま釘を刺されたため、彼らを近くから観察すると決意しただけで何も言うことはなかったが。
マルセルの言葉に満足したのか、セリアは一つ頷いて再び顔を広間の方に戻した。
「今から私のいう事を素直に聞け。まず、目を瞑れ」
まるで王族のような尊大な物言いをするセリアに、マルセルはただ黙って従った。目を瞑れば、彼を支配するのは闇の色と、耳に入ってくるセリアの言葉のみ。
「いいか。今からお前は魔力の糸を探さなければいけない。世界は魔力で溢れている。人々は生まれながらの魔術師だ。使えなくなったのはその魔力の糸を感じ取ることを忘れたから。感じろ、探れ。お前に絡んでいる魔力の糸を。それはまるで、蜘蛛の糸のように広がっている。その一本一本に適正魔力が宿っているんだ」
セリアの言葉を想像する。
気配を研ぎ澄ます。
「糸に魔力を注げ、そうして、自分の糸を見つけ出せ。そうすれば、自然とそこから魔力が繋がり、力を持つ」
まるで詩を紡ぐかのような魔力の説明に引き込まれていく。
この世界で唯一といっていい魔術師である母なんかよりも、よほど魔力の神髄を知っているかのような言葉。
マルセルは目を瞑りながら気配を辿って行った。そうして掴んだのは自分の左前にあった一つの糸。
「そこにお前の魔力を注げ」
まるですべての光景が見えているとでもいうように、セリアが間を入れず合図を送った。直後、二人の男女が一斉にセリア達の方向に視線を向けた。
反応した女性はテレジア・アスキウレ。
そして男性の名は、シュナイゼル・クイシオン。




