魅せられる
青い髪と金の髪が月の光を帯びながら緩やかに舞い上がっては、舞い落ちる。
淡い色の紫のドレスが黒い影の間を縫うように揺らめいたかと思えば、濃い色の紫のドレスが風を受けて大きく翻る。
たった二人の人間、しかも少女達を相手に、その何倍も居た人間達はいとも簡単に崩れ落ちていく。だというのに、彼女達は決して赤く汚れてはいなかったし、倒れている人間も大半は綺麗な身体のままだ。けれどその場の誰もが知っていた。血は流してはいないものの、その倒れていく者達がすでにこの世の者ではないことを。
一瞬にして急所を仕留めていくため、出血をせず絶命しているのだ。
鮮やか過ぎるその強さに、リュシアンとジェラミーは剣を構えることすら忘れてその姿に魅入った。
「姫さま!!」
「キャロン!」
静かに互いの動きを読みながら敵をなぎ倒していた二人は、そこでようやく声を上げ、と同時にそれぞれの後方へと大きく飛んだ。
キャロンの前に大きく凹んだ地面。
そしてセリアの前に突き刺さる数々の暗器。
「ようやく大将のおでましか」
少しでも反応が遅れていたらその暗器は確実に己を貫いていたというのに、セリアはただ不適に笑っただけで大きな反応は示さない。
キャロンも、自分のドレスの汚れを手で払っただけで、相手の強さに興味がないようだ。
『お前達は何者だ』
黒装束を纏った細見の体格の人間がセリアの前に降り立ち、そして彼女に言葉を向けた。
キャロンの前に立つのは、彼女の三倍はありそうな大男。なるほど、馬車を二つに割ったのはきっとこの男だろう。
「生憎、自分を名乗りもしない礼儀知らずのやつに、教えてやる名などない」
『ならば、吐かせるまで』
細見の男が動いた。
『うおぉぉぉ』
と同時に大男もキャロン目掛けて突進する。
大きさも重さもあるであろうドレスを着ているにも関わらず、キャロンは見事な飛躍力を見せつける。大きく上に飛び上ったかと思えば、そのまま身を捩り、自分の数倍の巨体の肩に飛び乗る。
『ぐっ!』
「わたし、こう見えて無駄な事が嫌いなんです」
そう言うや否や彼女はその肩から飛び降りた。
その後ろに崩れ落ちるのは大男。そして彼はそのまま動かなくなった。
彼の首に見えるのは、一太刀の剣筋の痕。
「姫さま、生け捕りにするならその男で十分ですよ」
まるで日常の中で声をかけるような軽やかな口調でキャロンはセリアに呼びかける。
セリアは今、飛んでくる暗器すべてをその手に持っている長剣で叩き落しているところだった。雨のように降り注ぐそれは、一瞬でも集中力を乱そうものならすぐにでも獲物を口刺しにするだろう。
しかし、それはあくまでも普通の人間を相手にした場合の話。
「あぁ、もちろんそのつもりだ」
キャロンの言葉に応えるその声は、まったく緊迫感を感じさせなかった。
『ちっ!』
暗器を操るその男は気分を害したように大きく舌打ちをし、飛ばす暗器の量を増やす。その速さは増した。それと同時に彼自身も彼女との距離を縮めていく。
一つでも暗器が彼女を傷つければ、そのまま仕留めるつもりなのだ。
「くっ」
さすがにこれは耐えたのか、今までのように剣で弾いてはいるが、その顔は歪み、とうとうセリアの片膝が地面につく。
「セリアさん!!」
残った黒装束の相手をしていたリュシアンがそれに気づいて悲鳴を上げ、彼女に近づこうとするが、すぐにキャロンが間に割って入った。
「キャロンさん!セリアさんが!」
「姫さまはお強いのですよ」
絶対的な信頼を寄せているキャロンを前に、リュシアンは立ち止まってその行く末を見届けるしかなかった。
果たしてキャロンの言葉通り、決着は一瞬でついた。
『これで最後だ!!』
頃合いを見計らったのだろう。己の身を少しずつセリアの元に寄せていた細身の男が、声を張り上げて少女の間合いに入り込もうとした。
地面に片膝を張り付け、剣で暗器を交わしていた彼女に彼を止める術などない―――はずだった。
『!?』
黒装束を纏った彼は、一瞬何が起こったのかわからなかった。何故、焦りを見せていた少女が自分を見下ろし剣を突き付けているのだろうか。
あまりにも素早いその動きに砂埃が一拍置いて舞い散り、その間に形成は逆転していた。
『な、なぜ!?』
地面に仰向けに倒れている黒装束の細身の男と、その彼の首元に剣を向けたまま静かに見下ろすドレス姿のセリアがあった。周りには絶滅した男達と、黙って見守る双子の騎士に金髪の少女。
セリアは口の片側だけを釣り上げて笑う。
「弱い奴ほど、よく騒ぐ。さて、吐いてもらおうか。後ろにいるのは誰だ。何故、私達を狙う」
『くっ!』
「!」
少し遠くに離れていたキャロン達が彼女の傍に近寄った時には、すでにセリアが剣を地面に投げ捨てていた。彼女の視線の先には、絶命した男。
「毒を、口に仕込んでいたようですね。情報を漏らすよりは、命を絶ったと」
男との傍にしゃがみ冷静に遺体の見聞をしていたキャロンはそう言ってセリアを見上げた。
「ここまで潔い散り様は、普通の雇われにはできない。歴とした、殺人集団か」
「この数を考えてみても」
「あぁ、相手は明らかに地位のある人間だ」
双子の騎士達を尻目に、セリアとキャロンはまるで何かの答え合わせをするように言葉を交わしていく。
「せ、リア、さん」
「………なん、でしょう」
「いや、もう遅いよ?」
彼らの存在を忘れていた事は認めることにしよう。
後方から聞こえた、最近聞き慣れた声を受け止めて、セリアは一瞬息を止めた。そして無駄とは知りながらも笑顔で彼を振り返る。
案の定、それは無駄な労力だったようだ。
「どういうことだ」
「見た通り、わたし達はそれなりに武に精通しています」
リュシアンにはセリア、ジェラミーにはキャロン。いつの間にかそういう構図が出来上がっていたのか、ジェラミーの質問にすぐさまキャロンが対応する。
起き上がったキャロンと、こちらを身体ごと向き直ったセリアのドレスに返り血はまったく見当たらず、少し地面で擦ったような跡があるだけ。
あれだけの人数を相手にして、ここまで無傷で居られる人間が『それなり』なわけがない。
さらに追及しようと口を開こうとした双子の耳に第三者の声が届いた。
「姫さん!キャロン!」
「ノア」
「無事か!?」
やってきたのは、藍色を纏う青年。先ほどの屋敷を抜け出してきたのか、その恰好は給仕のままだ。
ノアの家を見たセリアが不適に微笑む。
「当たり前だ。誰だと思っている」
「いやぁ、そうなんだけどよぉ、やっぱりよぉ」
そういって青年は少々泣きそうな顔でセリアとキャロンの傷を確認をしようとその肩や頬に手をやっていた。それを咎めずされるがままになっている二人。
セリアの口調にも、その周りの状況にも疑問を持っている様子のないノアを見て、双子達は今の彼女達が素なのだと確信した。
それに少しだけ安心感を覚えたのは、出会った時からの違和感の答えをようやく見つけたからなのか。しかし同時に、馴れ馴れしい態度を見せる青年に眉を寄せる。
果たしてそれを感じ取ったのか否か。セリアが鬱陶しそうに彼の手を払ったのもほぼ同じときだった。
「いい加減五月蠅い。黙れ」
「大丈夫ですよ、ノア。ただ、情報は何も得られませんでしたけど………」
そう言ってキャロンが視線を落とした先に人物に、ノアもまた視線をやった。
「まぁ、お前らが無事ならいいんだ。テレジア様達が今馬車を回してくれているはずだからそれに乗っいけ」
彼の言葉に反応するように、聞こえる馬の樋爪の音。
「ったく、ほんとに災難だよなぁ」
ノアが笑う。セリアは何も言わずにその頭に乗っていた鬘を取り去り、行儀悪くその頭を無造作に掻いた。キャロンもゆっくりと金髪を外し、下から現れた灰色の髪を左右に揺り動かす。
「ここまで来てしまったからには、仕方がない」
セリアとキャロンは、すべての演技を取り払うかのようにドレスの裾を掴むと、恭しく頭を下げた。
「改めて自己紹介といこう。私はセリア・ゴビー。王都の隅にある、しがない宿屋の孫娘だ。どうぞ、お見知りおきを」
「キャロン・シャトーと申します。姫さまの一番の付き人。改めて、初めまして」
「ノア・エオランド。二人の護衛をしてる」
周囲の草木がざわりと音をたてた。真っ直ぐに双子達を見つめる三人を月明かりが照らす。
夜の支配者である丸い月を背後に従えた彼らはまるで、選ばれた者達のように幻想的で、まるで自分達とは違う人間なのだと主張しているように錯覚させられる。
「セリアさん」
まるでお前達は部外者なのだと主張されているような状況が居た堪れなくて、リュシアンは彼女の名前を呼んだ。
ジェラミーに至ってはただそこに棒立ちになっているだけだ。
彼女達が自分達を露にも気にしていないことは知っている。謎に包まれた彼女達は、その謎すら明かしてくれる気配はない。
琥珀の瞳に、灰色の髪に、呼び寄せられるようにして今彼らはここにいる。幼い頃からの不思議な夢の答えを見つけるために傍に居続ける。自分達にも、彼女達の傍に居る意味があるのだと信じて。
ならばせめて、そう彼女達に知ってほしい。今この場に自分達が居る意味を考えてほしかった。
言葉を紡ごうとしたリュシアンは、琥珀色の瞳に射抜かれた瞬間声をなくした。
今まで見たことがない色がそこにはあった。
「聞きたい事は山ほどあるだろう。ここまで巻き込んだのは私達の非だ。だが、言っておく。私達はお前達を巻き込む気はない。もしもそれでも踏み込んできたいというのなら」
光によって金色にも見えるその特徴的な瞳に炎が燈った。
苛烈、ともいえる、琥珀色の炎が。
「今すぐ、その考えを捨て去れ。お前達の出る幕は、ない」
リュシアンはその瞳を見た瞬間、自分の意識、心、身体のすべてが彼女に引き寄せられていくのを感じた。抗い様のないその強さに、手を上げて降伏する。
なんでもいい。
どんな方法でもいい。その琥珀に自分が映っていられるのなら、どんな事をしてでも、傍にいようと思った。




