狙われる
「お二人には、申し訳ないことをしましたね」
「しょうがない。あの幼馴染はやはり厄介だ。余計な目を着けられても困る」
手近にあったバルコニーにて、キャロンは少し眉を下げながら、何度か大広間の方を振り返っていた。気になるのは残してきた双子達。しかし隣に立つセリアはそれを、意に介さないようにばっさり切り捨てた。
そうして、瞳を閉じたまま、共にバルコニーまでやってきた青年に顔を向けた。纏う空気は幾分か冷たい。
「いつまでそうやっている気だ」
彼女が顔を向けた方向では、マルセルが小さく蹲って肩を震わせている。もうすでに笑いが際骨頂に達してしまっているようで、声にもなっていない。
バルコニーにでてからずっとこうなので、もう気にかけるほうが可笑しな話だろう。
「では、本題に取り掛かりましょう」
「そうだな。ではマルセル、後でノアと共に落ち合おう」
あくまでも今のセリアは目の見えない令嬢で、キャロンはその付き添いの少女。セリアはキャロンの腕に手を置いた。
「気をつけて」
先ほどの笑いはどこに捨て去ったのか、一瞬にして自分を立て直した彼は爽やかな笑顔で、お互い支え合いながら歩きだした少女達を見送った。
「クイシオン公爵は思った以上にお若い方でしたね」
立食形式の夜会のため、手にした皿に料理を盛りながら、セリア達はそれぞれに会場の観察をしていた。
途中、給仕の恰好をしたノアがその手に持つ食事を配るついでに、クイシオン公爵とトアロイ公爵の居場所を二人に伝えてくれたので、もっぱらその目線は目当ての男性達に向けられている。ミネルバ公爵は来てないようだった。
リュシアンとジェラミーの二人は幼馴染が離れた隙にたくさんの女性に囲まれて身動きが取れないように見える。
リュシアンは噂通り博愛主義者のようで、綺麗な笑顔を女性達に振りまきながら一人一人丁寧に対応している。先ほど耳にした話によると、来るもの拒まず去る者追わず、の人間のようだ。
セリアが嫌いなタイプである。
一方のジェラミーは不機嫌な様子を隠すことなくただただ兄の傍に立っていた。立ち去ればいいのにそれをしないのは、何か考えがあるのか、それとも何も考えていないのか。
逆に、幼馴染の少女が騒いでくれたおかげか、セリアとキャロンに声をかけるのは田舎出身の貴族ばかりでとても快適に過ごすことができていた。女性達のやっかみも訳あり田舎少女には向かなかったらしい。
それ以上に彼女達にとってはあの幼馴染の少女こそが目の上のたんこぶなのだろう。
「しかもかなりの美丈夫でしたよ」
「無口だったがな」
「トアロイ公爵も………そうですね、まずまずといったところでしょうか。けれど、あまり好ましくない装いです」
「魔力は感じない。となると、ないのか、それとも制御できるほどの力を持っているのか」
「ここで魔力を使うように仕向けるのも難しいですしね。どちらが阻止の魔力か、結界の魔力かもわからない以上、下手にわたし達が手を出すのも控えた方がよいかと」
「欠片も見当たらないのがまた気に食わんな」
不機嫌さを隠そうともしないセリアに苦笑を向け、キャロンはさらにケーキの乗った小皿を差し出してくる。
会場の端では、少数の音楽隊が音楽を奏ではじめ、ダンスフロアーでは幾人かの男女が踊っている。
もちろん、彼女達に踊る気は毛頭ない。
「だが、キャロン、おかしいとは思わないか」
「というと?」
「私の暗殺に関わったすべての家が公爵家と成り上がった。全部がだ。それが出来るのは権力のあるものだけ。しかもその頃合いも不自然過ぎる。………まるで、褒美をくれてやるよう、な」
「彼らの上に、まだ誰かが潜んでいる、ということですか」
「あぁ、そしてそれが黒幕だ」
「公爵家の上、………それは」
「私はただ、返してくれればいいだけなのになぁ」
それ以外に、望んでいるものなどなにもないのに。なのにどうして、変装までしてこんなところに立っていなければいけないのか。セリアの表情は、言外にそう告げていた。
✿ ✿ ✿
結局、ノアとは合流できなかった。人を通して渡された紙には、かなり有力な情報が手に入りそうな伝手を手にいれたようで、それを優先すると書いてあった。
テレジアとマルセルもなにかあったのか、会場に残らなければいけない理由ができたようである。セリアとキャロンは双子達と共に屋敷を後にすることになった。
帰り馬車に乗り込んだ瞬間、セリアは瞳をカッと見開く。
ずっと閉じたままというのは、案外疲れるものだということを、初めて知った。
目の周りを両手で念入りに揉み解す。あまりにも気持ち良いので、少し無防備な声が漏れそうになったのを寸前で堪えた。
「お二人には、本当にご迷惑ばかりおかけして、申し訳なく思っています」
馬車が走りだしてもなお、眉間を人差し指で揉む事を止めずにいたセリアが、ようやく口を開いた。
「ねぇ、本当にそう思ってる?」
向かい側に座る白と黒の双子達は、少し不機嫌そうだ。
ちなみに兄に関してはまだ眉を寄せるだけに留まっているが、弟の方は眉を寄せ、口をへの字に曲げ、黒いオーラまで纏っていた。まぁ、理由がわかる。
「あなた方は、一体なにをしようとしているんだ」
「それはテレジア様にお聞きください」
キャロンの淡々とした言葉に、リュシアンとジェラミーの眉が更に深く潜めたのを、暗闇の中でも感じ取ることができた。そもそも彼らも、隠そうとしていないのだから当然か。
と、突然馬車が大きく揺れた。
「な、なんだ!!」
そして同時に聞こえる何かが降り注ぐような音。
馬車の天井を突き破った鈍く輝く刃物の先。それは、矢が射られた証しだった。
「て、敵襲です!!何者かがっ………!」
外で叫んでいた御者の言葉が途切れ、馬車は更に大きく揺れ始めた。
「くそ!御者がやられたか!なんだってっ」
状況が把握できないながらも、そこは騎士として王に仕えている身。
リュシアンとジェラミーは剣を鞘から抜き小さく構えながら忙しなく周りに目を走らせた。
大きく揺れていた馬車が止まった。
先ほどの騒がしさが嘘のように周りは静寂に包まれる。
「二人は、ここにいて。決して、出てきてはだめだよ」
身動きを止めているセリアとキャロンの事をどう解釈したのか、それだけ言い残して、リュシアンとジェラミーの二人は素早く馬車から抜け出ると後ろ手で扉を閉めた。
「さて」
「どうしましょう」
残された二人といえば、暢気なものである。
馬車の外では、剣のぶつかり合う音と人の断末魔が聞こえているというのにも関わらず、だ。
「狙いが何かによって、対応が代わってくるが。どうしたものか」
「もし狙いがなんであれ、騎士として名の知れたお二人を相手にしようとする敵です、きっと」
キャロンが言葉を終わらせる前に、馬車の扉が文字通り大きな音を立てて吹き飛んだ。
そこから少し時を置いて、セリア達が座っている側の馬車が大きく後ろに傾いた。どうやら飛んでいったのは扉だけではなかったようで、馬車自体が真っ二つに割れたようだ。
「セリアさん!!」
「キャロン殿!」
双子の焦る声が響いた。
果たして、キャロンの予想は的中したらしい。
傾いてむき出しになった馬車の中で、たいして気にした様子もなく、セリアは静かに腰を上げた。
視線を向けた先にあるのは、まるでアリの集団のようなおびただしい数の黒装束を来た人間。それぞれ刃物を構えてこちらを窺う様子からしても、味方はまったくいないらしい。
そこらじゅうに事切れた身体や広がる血、そして息の上がったリュシアンとジェラミーの様子を見れば状況は一目瞭然だ。
「それはそうだな。国でも指折りの実力を持つ騎士殿達だ。力で敵わなければ数というわけか」
「あまり、頭の良い考え方ではありませんよねぇ」
キャロンは頬に手を寄せ小首を傾げながら、地面に降り立つ主に従った。
なにやら雰囲気の違う令嬢達に、周りの時が止まった。
馬車は帰り道の途中で襲われたようで、場所は幸いにも開けた場所だった。
「あぁ、本当に」
セリアは傍に落ちていた剣を掴み、月明かりに煌めかせる。
剣が、所々に血を纏いながら、それでも月の光を受け銀色にキラキラと輝く。その光を見届け、セリアは瞳を黒い集団に向ける。
今、彼女の瞳は炎が燈っていた。もう誰も止められない。
少女の迫力に少しずつ後退していく集団を見つめ、セリアはその唇をゆらりと持ち上げた。
「何もかも、気に食わんな」
彼女の意識はすでに、リュシアンもジェラミーも捉えてはいなかった。
あるのは、敵と、そして自分達。
ドレス姿の二つの小柄の身体が、動いた。




