落ち込む
いつもと違う少女達の様子に、ノアはただただ首を傾げていた。
ある日を境に、セリアとキャロンはそれぞれに思いに耽る時間が多くなったことを、長い付き合いであるノアは誰に云われずともわかっていた。
現に今も、キャロンは屋敷の中にある鉢の一つ一つに花を活けながら、時々重いため息を零していたし、セリアは古くからあるらしいあの執務室の椅子の背に体重を預けたまま目を瞑っている。
キャロンの行動を観察した後、セリアを眺めていたノアはそれと同時にそれぞれの少女の影に隠れる様に見えるとある姿を捉えていた。
最近二人の傍をうろつく双子である。
彼女達を殊更大切に思っているノアはそれがあまり面白くなかった。といっても、彼らの知らないたくさんの秘密を共有しているので、かなりの優越感には浸ることはできるのだが。
それに、彼女達に余計な虫が付けば、セリアの背後に居るあの恐ろしい老女も黙ってはいないだろう。
ただの宿屋の女将にしては、とてつもなく恐ろしい、セリアの祖母。近所の老人たちに聞けばなにかわかるかもしれないが、触らぬ神に祟りなしなのでなにもしない。
そんな事を頭の片隅で考えながら、今日も今日とてどことなく落ち込んだ様子の二人の少女の並んで歩く姿を廊下の端に見つける。
そう遠くないところに見える双子もおまけのように見えた。
「ったく………」
頭を荒々しくかき乱して、ノアは二人に近づく。これは、可愛い少女達を元気にするためだ。断じて、双子に見せつけたいなどという、大人げない気持ちがあるわけではない。
「うわっ!」
「きゃっ!!」
ノアの両腕が、それぞれに少女達を抱え上げた。
それほど小柄ではない彼女達でも、ノアほどの大柄な成人男性にかかれば、抱え上げることなど造作もない。
「よし、行くぞ」
「え、ノア?」
キャロンが目を白黒させている。
「………まったく。さっさとしろ」
セリアはすぐに状況判断をしたようで、すでに不貞腐れた顔でノアの肩に頬杖をついていた。
「はいよ、姫さん」
太陽のような笑顔でうししと笑ったノアは、そのまま少女達を抱えて散歩に繰り出すことにしたのだ。
成人男性の肩に、二人の少女が担がれている。それはとても異様で、すぐに屋敷内に伝わった。しかし少女達がとても楽しそうにしているものだから、誰も咎めはしない。誰もかれもが、彼女達の落ち込み具合を心配していたのだ。
リュシアンとジェラミーは複雑な想いを持て余しながら、けれど久々に見る彼女達の笑顔に安堵する。それと同時に、彼ら三人の間で交わされているであろう会話をヤキモキしながら想像していた。
マルセルは苦笑してそんな双子の様子を見守り、その隣にいた彼の母はその扇の奥に誰にも分らない不思議な表情を宿していた。
「やはり、ノアは力持ちですねー」
「ふん、それぐらいは役に立ってもらわないと困る。私達の護衛なんだからな」
「そりゃそうだ。セリアとキャロンの両方を抱えて、どこまでも逃げてやるよ」
「「………」」
ノアが自分達の名を呼んだ。特にセリアの名を呼ぶのは珍しい。セリアとキャロンは沈黙する。ノアの首の後ろで目配せをし苦笑しあった彼女達は、両側から思い切り自分達の大事な護衛の頭を抱え込んだ。
「うっわっ!」
彼が姿勢を崩すと同時に、少女達は華麗に地面に着地して見せる。抱えていた重さが無くなった事と、元々バランスを崩していたこともあって、ノアは地面に尻もちをついた。
少しお間抜けにすら見える恰好の青年を前に、キャロンは頭を下げた。セリアは腕組みをして明後日の方向を向いていたが、髪の毛から覗くその耳はほんのり赤く染まっているようにも見える。
「ごめんなさい、ノア、ご心配をおかけしました」
ノアの言葉で、彼女達は周りに心配をかけていた事に気づいたのだ。キャロンはセリアの分を含めて謝罪した。
「大丈夫だ、そう気にすんな。そのための、俺だ」
前世では出会う事のなかった笑顔に、セリアもキャロンも、知らずに笑顔を返していた。
そうして、その時はやってくる―――。
いつものように、想いの詰まった執務室に集まっていたセリア、キャロン、ノアを見つめながら、テレジアは口を開いた。
「夜会は今日から二週間後。場所はクイシオン公爵家ですわ。ドレスはこれから採寸して新しいものを仕立てます。お二人分の招待状も手配しましたので、参加する分には問題はないかと。ただ一つ問題があるとすれば、お二人のエスコートの相手なのですが………」
「それは、ノアとマルセル殿でこと足りるだろう」
「いいえ。お二人には公爵達への接触を最小限に抑えて頂きたいのです。ですから、マルセルにはそこを上手く誘導してもらうため、別に行動してもらいますわ。ノアはうまくその場に紛れ込んで情報収集に専念して頂きたいの」
「では誰が………」
「だから、彼らに協力を頼むことにしたんだ」
セリアの言葉に、まるでその言葉を合図にしたかのように部屋の扉が開き、三人の青年が入ってくる。
先頭で入ってきたマルセルは良い。
だが、その後の二人はあまり頂けない。
セリアの目は一瞬で死んだ魚の目と化し、キャロンも口に手を当てて驚いていた。
「まったく話が読めないのだけど」
何も知らされずに突然連れ込まれた場所に、驚いているのは彼女達だけではないらしい。
「今は何も聞かないでくださいな。いつかお話しする機会があればすべてその時に。今は急を要します。リュシアン殿、ジェラミー殿、次に行われるクイシオン公爵家の夜会での、お二人のエスコートお願いできますか?」
リュシアンの困惑した声音にマルセルが応えようとしたのを遮って、テレジアが口を開いた。いつもの彼女らしくない切羽詰った言い方だ。
「もし、断るといったら?」
つい癖で貴族然とした対応をしたジェラミーに、テレジアはその黒曜の瞳に幾分かの含みを持たせた。
「でしたら、他に誰かを探すまでのこと。お二人とも、お手を掛けさせてしまって申し訳ありませんでしたわね。マルセル、彼らをミネルバの屋敷まで送って差し上げて」
「い、いや、テレジア様、別に俺は断るわけでは………」
先ほどの強気な言動をどこかに追いやったらしいジェラミーが焦って言葉を重ねた。
「俺でよければ、喜んで」
リュシアンもまた、笑顔で承諾した。
二人の返事もまた予想していたのだろう。テレジアは先ほどまでの笑みをかき消し、そうして再び眉を寄せる。
「実は、問題がもう一つあります。ですので、セリアさんとキャロンさんには少し、変装をしていただく必要があるかと」




