消え去る
間が空いてしまいごめんなさい。
これからまた二日に一度ぐらいの間隔で投稿を再開します。
「ダニエルを、ここに」
初老に差し掛かったばかりにも見える男性は、窓際に静かに佇んでいた。
一つに纏めた黒の長髪には、少しずつだが白い髪が確かに見え隠れしている。
彼は焦っていた。己の中に眠る化け物が動き出すのを確かに感じていたからだ。
自分であり、自分ではないその存在は、決して自分にもその出生にも興味を持っているようには見えなかった。しかし、彼が何を追い求めているのかはなんとなく想像がついている。
『彼』が自分を支配するたびに向かう場所にはいつも『彼女』が眠っていた。
『彼女』を見つめる『彼』の眼差しは愛おしさに溢れていて、そんな気持ちが彼の中にあることに、何度も驚いたものだ。
『彼』が化け物だということを自分は知っている。その『彼』が何かを求めて、動き出し始めている。
時間がない。
「父上、どうされました」
青年が部屋の中に入ってきた。
母に似たのか、その髪は金髪で美しく、瞳は穏やかな灰色だ。息子が生まれたとき、自分に似なかったことを心の底から神に感謝したものだ。
「うむ。ダニエル。今からいう事は、他言無用だ、よいな」
「はい」
いつもは穏やかで静かな父の声音が、今までにないほど切羽詰っている。ダニエルは神妙に頷いた。
「これから、父に代わって執務を行うのはお前だ。この時のためにお前を教育した」
「………は?それは」
「黙って聞くのだ。………父は少し遠くへ行かなければならない。これは強制だ。いいか、お前の父は居なくなるのだ。それがどういう意味なのかは、お前の目で確認しろ。だからこそ、お前がすべてを取り仕切れ。宰相はすべてを承知している。彼を頼れ。いいな。けれど、決してトアロイ家は信用するな。見極め………ろ」
男性の身体がよろめく。頭痛がするのか右手で額を抑えて前かがみになった。
「父、上」
支えようと駆け寄る青年を、男性は空いている方の手で制する。
最期に見えたのは、疲れ切った父の笑い顔だった。
「不甲斐無い父ですまないな。再び、お前に会う事ができた、
な………」
言葉をすべて言い終える前に、今度こそ青年の父親は頭を抱えて痛みに耐える様にうめき声を出し始めた。
そして次の瞬間、まるで先ほどの頭痛が嘘であったかのようにまっすぐ姿勢を正した父の姿がそこにあった。
「父上!」
ダニエルが思わず駆け寄ろうと足を進め、しかし父に触れる直後、本能的に腕を引く。
「あぁ、ようやくか」
父の声が、父の顔が、そこにはあった。
「退屈だった。何度も繰り返して探して、結局見つからない絶望を、お前は知ってるか?」
けれど、『彼』は父ではなかった。
父の顔で浮かべるその笑みは、彼が今まで出会ったことがないほど醜く歪んでいた。目に見えるはずのない彼の纏うオーラは黒く淀んでいる。
「さぁ、迎えに行こう。我の大事な姫君を。そうしてようやく彼女の色を手に入れるのだ」
自分が見えていないような言動を繰り返す『父であったモノ』を置き去りに、青年は静かに部屋から走り去った。




