調べる
亡き兄の職務室を模されて作られたその部屋で、セリア、キャロン、ノア、テレジア、そしてマルセルの五人はそれぞれ難しい顔をしていた。長椅子に座った彼らの目の前の机には、幾つか報告書が散らばっている。
「アスキウレ公爵家が時の魔術を扱う家系だとするなら、結界の魔術と阻止の魔術はトアロイ公爵家、そしてクイシオン家が絡んでいることに間違いはないだろう。特にトアロイ家は、女神姫の亡骸を保管する命を与えられている家だ。しかも、女神姫の遺体の警備もその家に一任されている」
ノアの調査票を読み上げながら、セリアは眉を寄せる。かつての自分を、自分のまったく知らない一族が守っている。まったくもって不可思議な話だ。
トアロイ家もクイシオン家もイリーオス国では名の知れた名家ではあるが、それもすべてセリア亡き後の話なのだから。
「それと、調べていてわかったことだけどな」
ノアはそう言ってもう一つの紙の束を取り出した。
「気になったから、四公の起源について調べてみた。ミネルバ家を除く三公は、思った通り、『女神姫』が亡くなったそのすぐ後に公爵家に格上げされてる。元はそれぞれ子爵家ほどの位しかなかったみたいだぜ」
「「………」」
その言葉に、テレジアはまるで悔いるかのような苦しげな表情をしたので、セリアは思わず苦笑してしまった。彼女が思い悩むことではないのだ。もう300年近く前の話である。
「ミネルバ公爵家はその約70年後。つまり、アテナイ国が滅んでから公爵家になっている。彼らの子孫は今なおアテナイ地方の領主をやってる」
「もちろんです」
キャロンが大きく頷いていた。自分と護衛二人の血を引く一族なのだ。アテナイの地を守らずして何をするというのか。
そんなキャロンを黙って見つめていたノアは、けれどその後すぐに大きなため息をついて頭を豪快に掻きはじめた。
「けどなぁ、俺が調べられたのはここまで。アテナイ国に関する資料は、どうしても手に入らねぇ。不自然なくらいにだ。多分、国民でも、アテナイ地方が元々国だったってことを知ってる奴らはそう多くはねぇのかもしれねぇな」
「それぐらい想定内だ。アテナイ国は神々に守られし神聖な国。誰も手を出してはいけないとされていた国だ。そんな国を滅ぼしたことを歴史に残して何になる。アテナイ国に関しての資料なら、よその国の方がよほど所有してるだろうさ」
セリアは腕を組んで、ソファに深く座り込んだ。
「問題は、何故そのアテナイ国を滅ぼしたこの国が、アテナイ国で謎の死を遂げ行方不明になったとされる『女神姫』の亡骸を所有しているかということ」
テレジアは憂いを帯びた溜息をつく。
「そこまでは我が遺言書にも書き記されてはいませんわ」
「おそらく、ですが、アスキウレ公爵家はそこまで関与はしてないのだと思います。彼らは時を止めるためだけに駆り出されたのだと。時を止める魔術は非常に希少で難しい。特に人体に対して行うには更に技術が必要になりますので」
キャロンの控えめな言葉に、テレジアは憎々しげな表情をしたまま、持っていた扇を握りしめた。
憎いのは、己の一族に一連の片棒を担がせながら大事なところを隠した黒幕であろう人物に対してである。それと同時に、そうして使われることに甘んじてしまった当時のアスキウレ家の当主に対しても。
セリアは視線を組んだままの腕に固定したまま、知らず溜息を零す。
自分はただ、自分を取り返したいだけなのに、どうやらとんでもなく骨の折れる作業になりそうだ。
「つまり、『女神姫』の亡骸に近づくということは、国の根本的なモノを脅かしかねないということ」
「そんな………」
大事になりそうな予感にマルセルは言葉を失う。
「歴史からも抹消しなければならなかったほどの出来事だ。黒幕は確実に居る。まだ、この時代にも。………とにかく、他の四公に接触するほか、問題解決には繋がらんだろうな」
「そうですね。トアロイ家とクイシオン家の当主に接触することさえ叶えば、ある程度の魔力判別はできるかと」
セリアを肯定するキャロンの声音はあくまでも穏やかだが、言っていることは物騒かつかなり難しいことだ。
「それについてはわたくしがなんとか致しますわ。幸いにももうすぐ社交シーズン。四公は基本当主やその代理が出席することが多いはず。そこにお二人が行けば、ある程度接触することも可能でしょう」
「世話になってもよろしいだろうか」
セリアのお伺いの言葉に、テレジアは気丈に頷いた。
「最悪、このアスキウレ家で開催することも視野に入れます。あと一月ほど待っていただければ、すべて采配いたしますわ」
テレジアの提案に、セリアとキャロンは黙って頭を下げた。
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基本セリアはキャロンと行動を共にし、リュシアンはジェラミーと過ごすことが多かった。だから、こうしてお互い一人の時に出くわすことなど、初めてのことだった。
「こんにちは、セリア殿。こんな所にいるなんて珍しいね。なにか探し物?」
「リュシアン様こそ、ジェラミー様はどちらに?……もしかしてお一人で書庫ですか?」
「うん、そう。らしくない、でしょ?」
茶目っ気たっぷりに言うリュシアンに、曖昧な笑顔で返して、セリアは頭を下げてその場を立ち去ろうとする。
自分はここに目的があってきているのだ。彼の遊びに構っている時間はない。
最後にテレジア達と会話をしてから、数日経っている。ノアは今も情報収集に勤しんでいたし、テレジアとマルセルは社交界シーズンを絶好の機会に変えるため奮闘してくれている。
しかし当のセリアとキャロンは、屋敷に缶詰の状態だ。
なんでも、ノアによると、セリア達の生家であるゴビーの隠れ家をうろついている輩が現れ始めたらしい。祖父母や他の人間に手を出すことはなく、けれど近所の人間からセリアとキャロンについて聞いて回っているとのこと。狙いが二人であることは間違いないので、念のため屋敷から出ないように言い渡されている。
アスキウレ家同様、あの時の魔術の発動により、何者かが『女神姫』関係者の出現に気づいた可能性もあるからだ。
というわけで、セリアはこうしてアスキウレ家の書庫にて、国の歴史ついて調べることしかできずにいる。
キャロンといえば、アスキウレ家の使用人達と仲良くなるべく奮闘中だ。
失礼に当たらない程度でリュシアンから離れたセリアだったが、同じ棚にて再び合いまみえることになってしまった。
「やぁ」
すでに憎たらしくさえ感じる笑顔が少し上にある。
セリアは沈黙せざるを得なかった。
「違うよ。決して君に付きまとっているわけじゃないから。ただ、この棚に用があって。………って君も歴史の勉強?」
「………まぁ、ちょっと調べものを」
そうしてリュシアンが持っている幾つかの本に目を向けて、少し驚いたように瞠目した。
「アテナイ、地方の資料ですか?」
「うん。そう。といっても、僕の一族の領地なんだけどね」
笑いながら頬を掻く彼はいつもよりはだいぶ人間らしく見えた。いつもどこか飄々として本心を見せようとしない人物だから尚更。
「アテナイ地方って、『女神姫』の生まれた土地らしいから、ちょっと調べてるんだよね」
「意外です。そういうの、嫌っているとばかり」
「あ、やっぱりわかってて言ってたんだ。生まれ変わりの話題」
思わぬところでばれてしまった自分の悪巧みに、セリアは黙って視線を逸らした。あまり深く追求されたくないのだ。
そんな彼女に爽やかな笑顔を見せて、リュシアンは少し上の段にある本を取った。見逃してくれるようである。
「確かに、あの噂には閉口してるよ。あれは噂で、本当の事じゃないから。けど、自分にそっくりな人間がもし本当に存在していたなら、ちょっと知ってみるのも面白そうじゃない?」
そう言ったリュシアンの瞳を、セリアは嫌だとは思わなかった。
「それで、セリアさんは、なんの歴史を調べてるの?」
聞かれた質問に、自分が持っている本を見せることで答えてみた。
「私も、アテナイ地方とイリーオス国の事を、少々」
それから二人は、時々書庫で出くわした場合のみ、お互いの調べものに手を貸すようになった。もちろん、セリアはアテナイ国で生まれ育ったフィアナ姫の生まれ変わりであり、リュシアンの先祖であるリアンの主だ。教えようと思えば、資料以上の事を、リュシアンに知らせることは出来た。
自分の正体を知られないように必要以上のことは言えなかったというのが正直なところだったけれど、それよりも、いつもとは違う探求心を秘めた少年のようなリュシアンの邪魔はしたくなかったし、それに何より、誰も見向きもしないであろう自分達に心を向けてくれる彼の心意気がほんの少しだけ嬉しかったのである。
そうやって自分の兄と己の主が、急速に仲を深めていたことなど露知らず―――。
「キャ、キャロン殿!!い、今少しよろ」
「申し訳ありませんジェラミー様、けれどそこをどいてくれませんか!この洗濯物を庭までもっていかないといけないので!」
「きゃ、キャロン殿!!な、なにか手伝うことは!!」
「そんなまさか!ミネルバ家本家出身であるジェラミー様の手をわざわざ煩わせるようなことなど!!」
ジェラミーのキャロンに対する行動は、まったく身を結ぶことなく玉砕し続け、キャロンはそんなジェラミーを尻目に自分の生活に勤しんでいた―――。




