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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第二幕
18/48

振り返る2

兄の部屋を飛び出したフィアナは、姫らしくない品のない大股歩きで廊下を進む。身体全体で不機嫌さを表している彼女を、けれど日常茶飯事なので、周りの誰も気にした様子はない。


 フィアナが先頭を歩き、その斜め後ろにエヴァが続く。護衛達はそんな二人を囲むように歩いていた。

 特に行き先があるわけでもなく進んでいた一行は、途中エヴァを呼ぶ同僚の女官の声に歩みを止めた。


「あらエヴァ、さっき女官長があなたの事探してらしたわよ。あなた、来月の王の生誕祭の打合せすっぽかしたんでしょう?」

「あっ!!」


 その言葉にエヴァは小さく肩を揺らした。その反動で彼女の肩までに揃った灰色の髪も同時に揺れた。灰色はこの国では珍しく、フィアナはそんな不思議な色の髪が好きだった。

真っ直ぐなその髪をエヴァ自身はあまり好いてはいないらしい。女らしいフィアナのような波打つ髪が良かったと、常に髪を手入れするたびに言われていた。


 言葉を告げエヴァの反応に呆れた苦笑を漏らした同僚の女性は、それから国の姫であるフィアナと自分などでは到底言葉を交わすようなことなどないような高い位にいる二人の護衛に礼をしてその場を後にした。


 残されたのは文字通り頭を抱えた灰色の侍女と、そんな彼女を苦笑を浮かべてみつめる女神姫に黒騎士だった。白騎士に至ってはあまり興味がないのか窓の向こうを見やる始末である。


「ひ、姫、さま………」

「まぁ、お前は私に付っきりだからな。仕様のないことだ。女官長には私が後で話しをしておこう。とりあえず女官長に会いにいけ」

「はい、申し訳ありません。用事が終わり次第また戻ってまいります。昼前には戻れるように致しますので、どちらに行かれるかだけ教えてくださいな」


 主の言葉に一先ず胸を撫で下ろしたエヴァはそれから主に問う。少しの間悩んでいる素振りを見せた姫は、けれどすぐに何かを思いついたように目を輝かせ己の乳姉妹に視線を戻した。


「急に日光浴がしたくなった。西の庭園の四阿にいるよ。終わり次第迎えに来てくれ、そうしたら昼食にしよう」

「はい。では、またあとで」

「あぁ、あとでな」


 そう言って、己の人生のすべての時を共に過ごしてきた二人は別れた。


 『またあとで』という約束が果たされるのは、これから300年後の事。



✿  ✿  ✿




 エヴァを見送って、再び歩き出したフィアナ、リアン、カイルの三人はのんびりと歩を進める。季節は丁度冬を越えた所だ。


 長い廊下を抜け、城の西側に位置する出入口を通れば目にはいるのは、春の花々に彩られた庭園に出る。東側から出れば大きな湖が見渡せたし、北側から大きな山の頂を見ることが出来た。


 決して裕福ではないアテナイ国だが、その歴史は長かった。今の地上に生きるすべての人類の祖とも云われるこの国の人々は魔術に長け、そしてなにより、幻の山であるエリュシオーンを所有することを許された歴史ある国でもある。別名を神々の国という。


 その歴史と名前に他の国々は決してアテナイに対する戦略を持ち出したことはなく、アテナイも他の国に戦を仕掛けたことはない。そこは、平和を約束された国だった。


「春の匂いがするな」

「お前の季節だ」


 フィアナの独り言にも似た呟くを聞きとめたカイルが返す。リアンは静かにフィアナを見ている。

 カイルの言葉にセリアは笑った。


「ははは。そんな話をしたな、昔。夏はお前で、秋はエヴァ、冬はリアンだったか」

「最近は一年が早ぇよ。いつの間にか爺さんになりそうだ」

「だったら、早くエヴァを娶るんだな」


 突拍子もない姫の言葉にカイルが思わずむせた。


 それは彼にとって、ある意味触れてほしくない話題でもあった。特に今は。


「あれはいまだにお前が私を好いていると思い込んでいるぞ。いいのか、エヴァに見合いの話が言っても。まだ私の権限で止められているが、そろそろ彼女もいい年だ。いつまで抑えられるかわからんぞ」


 重々しさを装いながら話しているが、そう言っているフィアナの顔は何かを企んでいるような悪い笑みが浮かんでいて、隠そうともしてない。


 カイルが己の短髪を豪快に掻きむしる。


「わかってる、わかってるよ、そんなこたぁ。でもなぁ、俺にもタイミングってやつがあるんだよ」

「それは言い訳では?」


 珍しくリアンが口を開いた。その目は半眼でカイルをねめつけている。なにやら言いたい事がたくさんあるようだが、ここでいう事ではないと判断したのだろう。それ以上何かを続けることはない。


 確かに、カイルは一時期主であるフィアナを意識していた。それは彼自身も認めている。

 けれどその恋心はすでに昇華され、今はエヴァに心惹かれているのだ。もちろん、姫に心寄せて居た頃よりもずっと強い愛情がそこにはあった。

 それを姫に知られてからは態の良いからかい対象として扱われている。


 同僚からも見捨てられたカイルは更に深く頭を抱え、リアンは思わずと言ったように口の端を持ち上げれば、フィアナが大きく笑い声を上げた。

 そうして三人は庭園の中に消えていった。




 

 そんな三人が愛した平和の国は、女神姫が亡くなると同時に陰りを帯び始めた。



 そしてその五十年後に隣国であったイリーオスに侵略され、今は書物の中に名前を残す程度にしか存在しない。国が無くなったのを最後に、世界から魔力を持つ者が生まれてこなくなったため、イリーオスはアテナイの呪いを受けた国として他の国から警戒されるようになった。


 呪いを危惧した当時のイリーオスの王は、元アテナイ国でも名の知れたミネルバ家を公爵に指名し、その名の回復を図った。

 当時のミネルバ家当主は、カイルとエヴァの息子を祖父に持ち、リアンの娘を祖母に持つ、彼らの希望の種でもあった。





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