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琥珀の女神は復讐劇の幕を上げる  作者: あかり
第二幕
16/48

縋る

 思いもしていなかった人物達との邂逅に、茶髪の青年を除く四人はそれぞれ茫然自失の状態でその場に棒立ちになっていた。誰も言葉を発しない。

 それどころか、目を剥く勢いのまま動けずにいる。


 セリアとキャロンは、もうすでに居ないはずの二人の護衛に生き写しである青年達を前に言葉を失くしていたし、双子達はあまりにも見覚えのある色を携えた二人の少女の突然の登場に、いつもの紳士らしさをどこかに追いやってしまっていたようだ。


 そんな彼らに助け船を出したのは、まったく関係のないはずの第三者の声。


「あぁ、お二人でしたね、母上のご客人というのは」

「「母上?」」

 青年の言葉にセリアとキャロンの言葉が被り、

「「ご客人?」」

 続くようにリュシアンとジェラミーの声が綺麗に重なった。


 あまりにもらしくない言動の数々に思うところはあるだろうに、茶髪の青年は深く追及することよりも先に、今の状況の整理に努めることにしたようである。

 人好きのする笑顔を湛えたまま、セリアとキャロンに向かって軽く頭を下げた。


「お初にお目にかかります、テレジア・アスキウレが長男、マルセル・アスキウレと申します。お二人の事は少しではありますが、母から聞いております。大事なお客人として、しばらくこの屋敷に滞在されるとのこと」

「………自己紹介が遅れました。私はセリア・ゴビーです。そしてこちらはキャロン・シャトー、私の友人です」


 まだ状況の把握が追いついてはいないものの、丁寧に自己紹介をしてくれたのだから、こちらも礼儀をもって返さなければならない。

 セリアはスカートの裾を両手で掴み低姿勢になりながら頭を下げ名を名乗った。キャロンも彼女に習い、同様の姿勢で頭を下げる。


「セリア………」

「キャロン・シャトー………」


 マルセルはただひたすら少女達に魅入る己の友人達の様子に、心の中で密かに驚いていた。

 彼らはその顔の造作と地位から女扱いには慣れているはずだ。それなのに、今の彼らは手も足も出せずにいる。


 それは彼らと知り合ってからの、決して短くはない時の中でも初めて目にする光景だった。


 誰もが尻込みするほど美しい幼馴染の少女の前にしてさえ、こんな態度を見せたことはなかったのに。

 とりあえず使い物にならない双子のフォローに回ることにしたマルセルは、驚く感情を心の奥にしまい込んで口を開く。


「こちらはミネルバ家の双子、銀髪の方がリュシアン。そして黒髪の方がジェラミー。私の友人達でして、今回はたまたま屋敷に来ていたのですが。………どうやら、皆さんはすでに面識はあるようですね」


 マルセルの語尾の言葉に、セリアとキャロンはお互いに視線を交わしていた。自己紹介をしたことで、彼らは呆然自失の状態から抜け出せたらしい。


 一拍置いてセリアが口を開く。

 しかしその表情は動揺と戸惑いに揺れ動いているかのように定まってはいない。それは少し後ろに控えているキャロンも同じ。


「面識といいますか、一度、そちらのジェラミー様、とは街でお会いしたことがあるぐらいです」


 動揺を裏切るように、彼女の受け答えはしっかりしていた。それに比べて双子の騎士達はいまだ動かない。むしろ、あまりにも見つめ続けられているため、少女達の方が居心地の悪さを感じ始めているようだ。

 なんとも言えない顔で双子を見てはマルセルに視線を移し、そして再び双子を見る。その目は忙しなく動いていた。


 なんとも言えない空気がその場を支配する。どうしようかとマルセルが本気で思案し始めた頃、その場に新な侵入者が現れたことで、その空気が一瞬にして拡散した。


「セリア、キャロン、ここに居たのか」


 藍色の髪の身体つきの良い青年は片手を上げ気安げに少女達の名を呼んだ。

 彼の服装もズボンとシャツの簡素なモノから、仕立ての良い長ズボンに長袖のシャツ、そして揃いのベストに変わっていた。彼の登場で、微かに強張っていた少女達の表情が軟化したのを、青年達は見逃さなかった。


「あら、マルセル、丁度よかった探していましたのよ。………それに、リュシアンにジェラミーまで。このようなところでどうしましたの?」


 テレジアは白いレースの日傘を片手に自分の息子の名を呼び、そしてそんな息子と仲の良い二人の青年の姿に目を丸くさせていた。


「あ、い、いえ、偶々マルセルに会いに来た屋敷で、お二人に遭遇しまして。知り合いに似ているような気がしたので驚いていました」


 ようやく、と言っていいほどの時間を経て、ようやく我に返ったリュシアンが言い訳じみた言葉を紡ぎ始める。けれどその瞳は目の前に存在する琥珀色から外れない。

 

 居心地が悪いのはセリアの方だ。

 前世で最も己の傍に居た白騎士リアンにそっくりな容姿をした青年―――彼の直接の子孫にあたるのだから似ているのは当然なのかもしれないが―――に穴が開くほど見つめられてはどうすればよいのか流石の彼女でもわからない。


 見る限り、彼はリアン自身ではないようだ。セリアがキャロンに出会った時に感じた脳裏を雷が貫くような衝撃は感じられない。それは少し残念で、けれどどこか安心した気持ちをセリアに運んできた。


 しかしだからこそわからないこともある。それは、彼らが自分達を見てこんなに驚いている理由。


「そうでしたの」


 少し含みのある言葉と共に、テレジアは双子を見つめる。その瞳は何か思うところがあるのか、静かに細められる。まるで、何かを見極めるかのように。


「セリア様とキャロン様は、アスキウレ公爵家の分家のお嬢様方ですわ。たまたま王都に用事があるので、その間この屋敷に滞在されます。こちらはノア。彼女達の護衛の方ですわ」

「よ、よろしく」


 貴族との交流経験があまりにも少ないノアは、小さく頭を下げるだけに留まった。それを咎めるような心の狭い者は、この場には居ない。

 一方のセリアとキャロンは、テレジアの何とも言えない作り話にある意味感動していた。さすがは四公の一つであるアスキウレ家の当主。

 嘘をつくことは朝飯前であるらしかった。


「ではセリア様、キャロン様、少しよろしいかしら」


 切れ長の、黒曜石を思わせる真っ黒な瞳が二人の少女を見つめる。彼女達が了解の意を示すように頷けば、今度は含みのある流し目を双子に送り、すぐにセリア、キャロン、そしてノアを伴ってその場を立ち去った。


 残されたのは三人の青年。


「どうしたんだい、君達らしくもない。特にリュシアン、君が口説き文句の一つもかけないなんて珍しい」


 マルセルの冷やかしにも取れる言葉を脳裏に取り込んだところで、双子の騎士達は我に返った。瞬きを何度も繰り返し自分達の居る状況を把握し、そうしてマルセルに視線をやった。まるで深い眠りから呼び起され、初めてそこに誰かが居ることに気づいたような、そんな幼さがあった。


 それをマルセルが見逃すはずもない。母親譲りの輝く黒い瞳をゆっくり細め、目の前の二人を見れば、どこか居心地の悪そうな様子で瞳を彷徨わせていた。

 特に、母親にあのような視線を送られた後だと、更に気持ちは落ち着かないらしい。小さく溜息をついた後、マルセルは肩を竦めて見せる。


「気になることでもあるんだろう。あの二人に関して」

「気になること、というか。………まぁ、君が気にすることはないよ」


 リュシアンの苦笑と言葉に、けれど四公の嫡男である彼は含み笑いで返す。彼の勘は語っていた、きっと何かがある、と。


「気にするなっていうのなら、別にいいさ。………まぁ、彼女達はこれからしばらくこの屋敷に滞在するんだし、仲良くなっておいて損はないだろうから、今度遊びに誘うことにしよう。あ、だからしばらく忙しくしてるから、君達の相手は当分出来なくなるよ」

「「………」」


 マルセルの言葉に、リュシアンとジェラミーは、思わず笑み浮かべてしまうほど不自然に動作を止めた。


「君達が素直に情報を共有してくれれば、私も協力できるんだけれどね。そのつもりはないようだし、こればかりは仕方がない」


 今の彼の言葉は空に舞う羽よりも軽かった。


 けれどそれはリュシアンとジェラミーの心を激しく揺すぶるくらいの威力はあったらしい。

 双子はあまり似ていない中で唯一同じである紫色の瞳でお互いを見つめ合った後、同時に息を吐いた。紫は紫でも、その濃ゆさは少し違う。纏う色故か、リュシアンのものは紫水晶を思い出させる色をしており、ジェラミーの方は菖蒲の花の色。

 濃いさは違っても、彼らの瞳は同じ気持ちを浮かび上がらせている。降参の旗を振ることにしたらしい双子の兄が、マルセルを見つめた。


「事情は話すよ。だけどその代わり、僕達に協力してくれない?」

「頼む」


 双子の弟も真摯な瞳で軽く頭を下げてきた。

 その二人のいつにない真剣な様子に、屋敷の次期当主である青年は自然と頭を縦に振っていた。



 ―――まさにその頃、遠くに居たセリアとキャロンが同時に三回ほどくしゃみをしたこと、そして激しい悪寒に襲われていたことを、三人はまだ知らなかった。




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