出会う
「魔力に気づかれた、ということか」
話しを一通り把握した後、セリア、キャロン、ノアの三人は、アスキウレ公爵家現当主に進められるがままに彼女の座る向かいの長椅子に腰を落ち着けていた。
彼らを案内した初老の男性はこの家の家令らしく、話しは把握済みだったらしい。
特に驚く様子もなく、今は部屋の片隅でお茶の準備をしてくれている。
己の正体を知られているとわかった以上、変に芝居をする必要もない。セリアの言葉遣いは通常運営に戻っていた。町娘にしては尊大なその態度でも、テレジアは気も留めず緩やかに笑っていた。
「わたくしの祖先は魂の再生を信じておりました。そうして、きっと女神姫様が再びこの地に戻ってくるとも。ですので自分の施した時を止める魔術の中に、姫様の魂を感じ取る式を忍び込ませていたのですわ。それは魂が感知しだいその時代の当主に知らせが行くという手筈になっておりました」
「ご苦労なことだ。愚かな祖先の尻拭いをまったく関係のない子孫が拭うのか」
自分の死に関係していたことに思う事があるのか、セリアの言葉は少し刺々しい。テレジアは苦笑する。
「その愚かな行い故、我が一族が今の今までこの地にあり続けるのもまた事実。それに何より、幼い頃よりそれを第一と教えられていました。その責を負う事こそ、当主の役目、そう自負しております」
「そ、それは確かにありがたいことですが、でも、どうやって?」
家令よりお茶を受け取ったキャロンは軽く礼を言った後、そのカップをテーブルに置き、視線を目の前の女傑に固定した。ゆっくりお茶を飲む気には到底なれなかった。
「確かに姫さまの身体には三重の魔術がかけられています。時を止めるもの、身体を守る結界、そして侵入者を拒むもの。時の魔術は確かに、あなたの中にあるモノと同じですが、後の二つは違いますね。それぞれまったく違う人物達の魔術の形が感じられました」
「他の二つも、アスキウレ公爵家のように罪に囚われているとは思えない。それはあまりにも虫が良すぎる。となれば、色々問題がでてくるのではないか?………見た所、ミネルバ公爵家を除く他の四公が関わっているようだが。とはいっても、エヴァの一族であるミネルバ家が事件に関与しているとは思いにくい」
キャロンの言葉を受け継ぎ、セリアが自分の仮説を述べた。
短時間でそこまで核心に近づいた彼女達に、話しを聞いていたノア、テレジア、そして家令は息を詰めた。その博学さ、頭の回転の良さ、そして魔力を瞬時に感じ取る魔力の高さ。それはあまりにも失くすには惜しい。
テレジアは祖先の本当の悔いの意識をそこに見た気がした。
「ご察しのように、確かに残り二つに関してはまた違う公爵家が関係していますわ。しかし、他の二つの家が今も魔術に精通している可能性は低いけれど、まったくないとは言い切れません。わたくしの家と同じように、他の公爵家も歴史ある家。謎が多いのです」
そう言ってテレジアは一旦息をついた。
「けれど一つ言えること、それはお三方が決して安全な場所にいるといえない事ですわ。ですから、これからしばらくの間、我が屋敷に滞在して頂きたいのです。あなた方の安全面の保障と、そして女神姫奪還の手筈を整えるために」
「なぜ私達の目的が?」
セリアの質問に、テレジアはにこやかに笑った。
「わたくしの祖先は、これでも有能だったのですわ。そんな彼はこう書き残しております。『もしこの世に再び女神姫が降りたつことあらば、姫君を姫君自身にお返しして差し上げろ』、と」
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「セリア様のお部屋はこちらになります。キャロン様はその隣のお部屋を。お二人のお部屋は中にある扉で繋がっておりますので、何かあればご使用ください。ノア様はこちらになります」
セリアとキャロンの滞在する部屋を扉を開けて案内した家令は、それからノアを部屋に案内するために姿を消した。
二人が案内された部屋に踏み込めば、そこにはそれぞれ侍女が待っていた。当主の言葉により二人の少女の世話係を任されたその侍女達は軽く自己紹介をすると、すぐさまクローゼットからドレスを出し、二人の着替えの準備に入る。
確かに今の二人が身に纏っているのは、町娘が着るような、膝下のワンピースで、公爵家の屋敷の中を移動するにはあまりにも不釣り合いだ。当主の細やかな気遣いに感謝しながら、セリアとキャロンの二人は侍女に云われるがままに着替えを終える。セリアは前世の立場もありスムーズに支度を済ませたものの、キャロンからすれば非常に居心地が悪いことこの上ない。元々は着替えを手伝う立場にいたのだから。
セリアには彼女の、光加減によって金髪にも見える薄茶の髪が映える薄い青色のすっきりとしたラインのドレスを、そしてキャロンには、彼女の女らしい雰囲気を引き立たせる黄色の柔らかな印象を持たせるドレスが着せられた。
着替えが完了すると、元々来ていたワンピースを手に、侍女達は頭を下げ部屋を辞した。とても洗礼された無駄のない動きである。
彼女達の姿を見送ったあと、セリアとキャロンは廊下にて合流する。特にする事はないが、久々の大きな屋敷の中にいるのだ、少しは心が躍るというもの。
「ノアを探して少し中を見て回ることにしよう。アスキウレ公爵家の当主とも、もう一度話もしたいしな」
「えぇ、そうですね。一先ずは情報収集を優先することにしましょう」
そうして少し歩いたところで、大きな一つの扉がセリアとキャロンの前に立ちはだかった。あまりにも唐突な白い扉の出現に二人は思わず棒立ちになる。
とりあえず自分達の居た階は客室が並んでいるようだったので、下の階に下りることにして、それから廊下を真っ直ぐ歩いていたら見つけた扉。どうやら外に続いてるらしい。扉の周りはめ込まれているスタンドガラスからは太陽の光が室内に注ぎ込まれているのがわかる。
どちらが何かをいうわけでもなく、セリアは自然とドアノブに手をかけ扉を外側に押す。
それは庭園に続く扉らしかった。少し行った先にあるのは銀の色が反射するさして大きくはない噴水に、その奥に見える森の木々達。そして隅々に咲き乱れる様々な色の花。今は春から夏にかけて入れ替えの季節なので、春を代表する薄い色と夏を連想させる派手な色の花々がそれぞれの存在を主張しているようだった。
「さすがは四公の庭園。立派だな」
「えぇ。ほんとうに」
セリアの感嘆の声に対し、キャロンの声は少し寂しげだ。
そのまま二人は噴水の傍まで歩いて行った。連れてこられた時は早朝だったのに、今太陽は一番上を少し通り過ぎたところにあった。気が付けばそれなりに時が過ぎていたようだ。この数時間でだいぶ色々な事があった気がする。
気が付かぬ間に、深く重いため息をついてしまうほどには。
セリアとキャロンが張りつめた息をすべて吐き出したのを見計らったように、左後ろから地面を踏みしめる複数の足音が聞こえた。次いで聞こえた、張りのある青年の声。
「おや、あなた方は」
噴水を見上げていた視線を外し、声の方に視線をやった瞬間、セリアとキャロンは目を見開いて四肢のすべての動きを止めた。
そこには同じように、目を見開いたまま、白と黒の双子達が立ち尽くしていた。
そしてその隣には、見たこともない茶髪の長身の青年も、首を傾げて立っていた。




