明かされる
「なんなんだ、これは」
「まぁ。見ての通りだと思いますよ」
「まぁ、見ての通りだな」
「二人の言葉を直訳するとだな、朝から変な男達が宿に押し入ってきて、俺達三人を拘束して馬車に乗せ、どこかに連れ去ろうとしてるってことになるぞ」
「あぁ、だからそのままだと言っているだろうが」
なにか問題でも、と疑問符を浮かべてもいるような目の前の二人の少女達に、ノアは諦めたように溜息をついて場所から見える外の風景に視線をやった。
これ以上話を続けたところで、この二人には何も通用しないというのがわかっていたからだ。
一般人の自分と、すべてに置いて超人以上の能力を持っている、年齢詐欺の二人の少女達では共有できるものが違い過ぎる。それは昨夜嫌というほど実感した。それでもなお、彼は彼女らと共に居ることを決めたのだ。それならば行きつくところまで一緒に行こうではないか。
ただ、たまには解説を求めることを許してほしい。
一人前の大人と自負しているはずの彼は、知らずの内に小さく心の中で弱音を零していた。
「いいじゃないか。別に拘束と言っても馬車の中だけだ。目隠しをされているわけでも、手首や足首を縄で括られているわけでもなし」
「そうですね。あれをされると外すのに少々手間を取ってしまいますからね」
「………」
ノアは外に目をやったままだんまりを決め込もうとした。彼女達に常識を語っていてはキリがない。だから、そっとしておこう。
突っ込んだら負けな気がする。
「この者達が本当に人攫いならこんな風に人質に拘束もせずに押し込む馬鹿がどこに居る。少し考えればわかることだろうが。だから慌てることなぞどこにもない。しかも今は昼だ。逃げようと思えばいつでも逃げ出せる」
「本当に、夜じゃなくてよかったです。暗いですし。目が夜闇に慣れるまでにしばし時間がかかってそれがまためんどくさいですからね」
限界だった。
ノアは顰め面のまま窓から視線を引きはがした。
「普通に生活をしている、俺みたいな一般人はそんな状況には一切陥らないからな。それを当たり前みたいに言って冷静に分析すんな。てか、なんで人攫いの話から拘束の話になってんだよ物騒だろうが。しかもそれをめんどくさいで済まそうとするお前の方が恐ろしいわ」
キャロンの天然な発言は慣れている。しかしセリアまでとは珍しい。彼女の場合自覚があっての発言が多いのだ。それを見て苦労するノアを楽しむ節がある。だが、昨夜の前世の己の遺体を見て以来、彼女の記憶が前世に影響されているらしかった。
ゆっくりとしかし確実に前に進んでいた馬車が方向を変えた。それから少しして、馬車は鈍い音を立てて止まった。その窓から見えるのは大きな屋敷の玄関口。
ノアは緊張に息を止める。しかしセリアとキャロンは至って平然としている。琥珀の少女は片肘を馬車の窓縁に乗せていたし、キャロンは「まぁ、立派なお屋敷ですこと。どれほどの人材が必要なのでしょうか」などと間抜けな事を口にしている。そのため、ノアの緊張はすぐに解れた。
「こちらにどうぞ」
「お気遣い痛み入ります」
馬車の扉が開き、男性の手が差し出された。反射的に、セリアはその手を取って馬車の外に設けられた段差に足を置いた。
「ありがとうございます」
その次のキャロンも手慣れたように手を引かれて馬車を降りた。
慣れていないのはノアだ。辺りをきょろきょろと見回しながら馬車から降りる。セリアの呆れた視線と、キャロンの子供を見守る暖かな視線に気づき、すぐに視線を目の前の初老の男性に固定した。
その際場を紛らわすように小さく咳払いすることも忘れない。
「主人がお待ちです。ご案内致します」
男性の言葉に三人が無言で頷けば、彼はセリア達を屋敷の中に招き入れた。
広間を抜け、階段を上がり、廊下を進む。そんな一行が止まったのは、一見みれば質素だが、よくよく観察すれば上質な装飾が施されている一つの扉の前だった。
「お連れしました」
男性が扉を二度叩き声をかけ、扉を開けば、そこには大きな広間のような部屋が広がっていた。
深みのある赤の絨毯が敷かれたそこは、中央に置かれたテーブルと、その両脇に置かれたソファー以外何もない。一見応接間のようにも見える。
その椅子の一つに、黒髪を耳よりも高い位置に結い上げた女性が立っていた。
「お入りください」
男性に促され、セリアが部屋の中に足を踏み入れた。その後ろに、キャロン、ノアの二人が続く。男性はその後自身も部屋に入り、その背に扉を閉めた。けれどそこから動くことはせず、己の主人に近づく三人を扉の前で見送る。
セリア達がソファーの傍に近づいた時、女性が静かに頭を下げた。
ノアはその行動に思わず目を剥き、そしてセリアやキャロンですら目を瞬かせた。
初老の男性の『主』という言葉、そして彼女の装いを見れば、彼女はかなり高い地位にいる人物だと推測できた。それこそ、この屋敷の主と言っても過言ではないだろう。そんな女性が急に自分達に頭を下げた。
まったく話が読めない。
「お初にお目にかかります。わたくしはテレジア・アスキウレ。この屋敷の当主でございます」
「っ!」
女性が名乗ったことで、三人の驚きは更に増した。
アスキウレといえば、イリーオス国の中でも権力を持つ四つの公爵家、四公の一つである。そしてそんな公爵家の当主を名乗った女性。
更に訳が分からなくなってきた。セリアは女性をただ見つめ、そんな彼女の視線を受け止めるテレジアは笑みを深めた。
「アスキウレ公爵家のご当主が、私達のような平民を連れ去り、ここまで連れてきた理由が見えないのですが、その理由をお伺いしても?」
まるで吊り橋を渡っているかのような張りつめた空気を感じているセリアは、いつもの口癖を隠し、あえて平民として彼女と話すことにした。
なんとなく予想はできた。しかしその予感が確信に変わるまで、下手な行動に出るわけにもいかない。
「色々お話すべきことたくさんありますわ。けれどこれだけは、知っていて頂きたいのです。わたしく達アスキウレ公爵家はあなた方の支え、あなた方を守ることを誓います。もしそれが、公爵家の存続に関わることになったとしても。………それが、わたくし達が代々先祖より承ってきた言葉ですわ」
「………ますます意味がわからないのですが」
「あら、姫は頭の回転が速いとお話には伺っておりましたのに」
テレジアの言葉にセリアが眉を潜めるや否や彼女は、自身の右手の指先にそっと息を吹きかけた。
そうして止まったのは、部屋の壁に飾ってあった大きな時計の秒針、そして先ほどまで風に揺れていたカーテンのレース。
まるで氷漬けにされたかのように不自然に止まってしまったモノたち。
「この魔力は………」
キャロンが瞳を瞬かせる。その視線は自然とテレジアに向かい、そしてその後主人であるセリアに映った。
「なるほど。あの時、アスキウレ公爵家も関わっていたという事か」
テレジアはもう一度指に息を吹きかければ、再び動き出す秒針と揺れるカーテンのレース。
「わたくし達の事を許してほしいとは申しません。けれど、先祖は自分達の行いを悔いておりました。いくら脅されていたとはいえ、神々に祝福されていた国の皇族に手をかけてしまったこと。女神姫の遺体に時を止める魔術を施した魔術師である我が祖先は、子孫であるわたくし達に遺言を残されていますわ。もし女神姫の生まれ変わりを名乗る者が居れば手を貸すようにと。そしてわたくしはそのようやく果たされることになるその遺言を違えることは致しません。………フィアナ姫、そうして、エヴァ・ミネルバ様」
公爵家当主である女性は両手を重ね、再び深く頭を下げた。
それは、セリアとキャロンに対する精一杯の誠意の証しでもあった。




