振り返る1
軽い手合せの後、朝食を済ませたフィアナは、エヴァとリアン、カイルを伴って兄の居る執務室に居た。目的は生真面目な兄のからかい半分、後の半分はそんな兄からの呼び出しだった。
「で、兄者、用とはなんだ」
「お前ね、一応僕は皇太子なんだけど。その執務室で部屋の主以上に振る舞うってどうなの」
「兄者が皇太子だったら、私は皇女だぞ。別にいいではないか、別に兄者から位を略奪しようと行動してるわけでもなし。ただゆっくり優雅に菓子を食しているだけだ。それに呼んだのはそちらであろう」
「お兄ちゃん今必死に仕事中なんだけど………。いや、うん、もういいや」
フィアナの兄であり、この国の王位継承第一にして皇太子でもあるオーウィンは、明らかに態度のでかい妹に抗議の声を上げたものの、数分でその反撃をやめる。気力と時間が勿体ない。とりあえずキリのいいところまで書類を仕上げたい。
執務室の扉を開けたその前に、向かい合うようにしてソファが二つ並べてある。その更に奥にはオーウィンが自ら発注したという、木材の広々とした職務机があり、大きな窓を背にするようにして、オーウィンは座り、机に向かって仕事をしていた。
ちなみにそのソファーの一つを陣取って、侍女が用意した洋菓子を食べているのがオーウィンの妹、フィアナである。
見た目こそ『女神姫』などと呼ばれる可憐な彼女だが、蓋を開けてみれば、中身は大の男と平気で渡り合えるとんでもない女傑である。その後ろに控える彼女付きの侍女は困った顔で笑っていて、黒を纏う護衛は呆れた顔で首を横に振り、無情の白の騎士はけれど小さく溜息をついていた。
丁度いいところで作業を中断し、二枚ほど封筒を手にとったオーウィンは妹と向き合うようにもう一つのソファーに腰かけた。そしてその流れで机の上に封筒を並べる。フィアナは眉を上げ持っていた菓子を口の中に頬張るとその封筒を開けた。
そこには年若い青年の姿見。
「これは?」
「見合い絵だよ」
「私は国外には嫁がない約束では」
「あぁ。けれどしつこく送られてくる。どちらも、同じ国、隣国のイリーオスからだ。あちらはどうしようもなく、お前がほしいらしい」
✿ ✿ ✿
「そんなに怖い顔しなくても、もうすでに断りの連絡は入れてある。ただこんな話が来てたよ~っていう説明だけ」
オーウィンは目の前の妹に苦笑いして「だからそんな怖い顔しないの、せっかくの綺麗な顔が台無しじゃない」と続けた。
彼は手を伸ばしてテーブルに並べてある菓子の一つを手にとり、口の中に放り込む。一口で食べきったそれを噛み砕き胃の中に流し込んだオーウィンは、なにやら納得がいかないという風に顔をしかめている妹に向かってわざとらしく肩を竦めて見せた。
「だって考えてもみてよ。可憐で美しく、儚い見た目のアテナイ国の皇女は、その美しさ故に『女神姫』と呼ばれてるんだ。その美しさ故に存在するすべての国の王族に妃にと望まれている、そんな皇女自身の性格が実は横暴で大雑把」
「おい、ちょっと待て」
半眼になって兄の言葉に横やりを入れようとする妹に人差し指を突き出し黙らせると、オーウィンは悲しみの表情を見せながら、
「しかも酷いときには野蛮ですらある。そんなキミを僕達がよその国にやると思う?とんだ笑いものになるよ」
と悪びれることなく言い切った
「こら、おい、ちょっと待って。聞き捨てならん」
「いいえ、姫さま、事実です」
「事実だな」
「あぁ」
「!」
無口であるはずのリアンまでもが口を開いた。
「もう知らん!用はそれだけだな!私はもう行くぞ!」
「はいはい。また夕食でね」
「ふんっ!」
完全に臍を曲げた妹は、鼻息を荒くしたまま部屋を出て行った。その後を侍女と護衛達が苦笑しながら付いていった。
後に、皇子は妹を引き留めなかったことを心の底から悔やみ続ることになる。何故、からかってしまったのだろうかと、自分を嫌悪した。
もし知っていたら、もっと優しくした。自分の傍に縫いとめて、どこにも行かないよう。彼女に気持ち悪く思われてもいい。甘やかして、甘やかして、溢れるほど愛を注ぎ続けたのに。
せめて、これが、妹の姿を見た最後の時になることを、知っていたなら。




