交わる
第二幕の始まりです。
「じゃあ持っていくか」
セリアが決意表明をして、キャロンとノアがそれに同意する。そこで一旦その場の空気が収まった。
それと同時にノアが『女神姫』に近づこうと歩を進める。が、左からキャロン、右からセリアに腕を掴まれ、その場に引き戻された。
「ダメです!」
「は?」
キャロンが必死の形相でノアの腕にしがみ付く。キャロンがしっかり青年の身柄を拘束した事を確認したセリアは手を離した。
「考えてもみろ、この身体は『イリーオスの国宝』とも云われている大事なものだ。しかも魔術によって時を止められている。他の魔術がかけられていても不思議じゃない。現に、今判別できるもので三重にはされている」
「時の魔術、結界の魔術、そして阻止の魔術です」
「………」
つい先刻魔術の存在を確認したノアに取ってそれはある意味受け入れがたい、けれど受け入れるしかない事実だった。
二人の少女によれば、彼女の遺体は時を止める魔術によってその体内の時を止め、その場に保存されているらしい。それが時の魔術。
その上に掛けられているのが結界の魔術。身体に触れられないように何重にも膜が巻かれているらしい。そのせいで、前もって用意をしておかないと、決して人は身体に触ることは出来ない。しかも触れれば、術者に知られる可能性もあるという。
阻止の魔術はその名の通り、身体に触れようとした部外者を阻止するらしい。その阻止の仕方は今の所判別はできないようで、それが攻撃性のあるものなのか、守護性のものなのかすらわからない。どのような反応が返ってくるかわからないまま手を出すのは自殺行為なので、時間をかけて見極める必要がある、というのが二人の少女の意見だった。
「できるのか」
「えぇ。少し時間はいりますが、あまり難しいものはありません。幸いにも、年月が経っているせいで少しずつですが綻びが見えます」
「問題は、それをすべてこの『女神姫』が私達の手に届く範囲にある間に行わなければいけないということだ」
セリアは目を細めて言った。それと同時にセリアがはっとした様子で後ろを見やり、そのままキャロンの腕を掴んだ。
キャロンはセリアの手が自分に届くや否や指を鳴らした。
それと同時に、魔術に慣れていないノアの視界が大きくぶれた。
「もし次移動するなら、少し前置きってもんをしてくれねぇか」
「善処します。けれど先ほどは無理ですよ」
「……感づかれたか」
「いいえ、追跡魔法はすべて除去してあります」
「キャロン、お前、そんな奴だったか?」
物騒な少女達の会話内容に、いい年した青年はすでに半泣きだ。護衛のはずの自分が護衛されている気がするのは果たして気のせいか。
そんな彼を横目に、セリアとキャロンは眉を寄せて各々に思案をしているようだ。一旦会話が途切れる。けれど、それ以上は考えていても仕様がないと判断したのか、セリアとキャロンは休みの言葉を告げる。
すべてを次の日に持ち越すことにした。
「………っ!」
机に向かい、素早くペンを走らせていた彼女は、はっと顔を上げた。
その瞳は沢山の感情が入り混じり揺れていて、いつの間にか動かしていた手も止まってしまっていた。
家老を呼び出して、彼女は指示を出す。まだ終わりそうにない仕事はすべて明日に持ち越すことにする。それは、仕事を第一をする彼女からすればあり得ない選択だ。
けれど今はそんな事を言っている場合ではない。
大事な客人を迎えにあがる準備をしなければいけないのだから。
「くっくっくっ」
どの建物よりも見晴らしの良い場所に立っていた彼は、次の瞬間喉の奥を小さく鳴らして笑った。
待っていたものがようやく手に入るのかと思うと、心が震えた。今まで感じたことのない興奮に彼は思う。長い時間を過ごしたからこそのこの胸の震えなら、待つことも悪くないなと。
彼は身を翻した。
大事な人を迎える準備をするために。




