決めたのは
今回は少し短め。
第一幕はこれにてお終いです。
「姫さまの遺体が消えたことが。それを見つけることが出来なかったことが、わたし達アテナイ国の人々の最大の気がかりであり、後悔でした」
キャロンの声は、口惜しさと悲しみが入り混じった混沌としたものになる。あの日の出来事は、キャロン、カイル、リアンは元より、姫の国であったアテナイ国すべての人々を絶望の淵に追い込んだ。
「王さまも、オーウィンさまも、カイルさまも、リアンさまも、姫さまを探すために人生を捧げ、見つからぬ失意のままに亡くなっていかれたのです」
平和の象徴として知られていた国の、それはあまりにも無残な末路だった。
泣き崩れたキャロンにかける声が見つからず、ノアはただそこに立っていた。目の前に佇むセリアも、こちらに背を向けているためその表情はわからない。けれどそれはどこか、途方に暮れているようでもあった。
セリアとキャロンの前世を、ある意味お伽噺のような話として認識していたノアは、それが大きな間違いであったことを知ってやるせなさに苛まれていた。二人の前世の最期を聞いた後なら尚更だ。
「そう、だったのか」
どれくらい無言でいただろうか。
泣きじゃくっていたキャロンの泣き声が啜り泣きに変わってきた頃、セリアがようやく身を翻した。
「「っ!」」
そこにあった壮絶な表情に、ノアも、そしてキャロンでさえも息を止めた。
セリアの浮かべる笑みは妖艶で、けれどその琥珀の瞳は烈火のごとく輝いていた。
その中にある様々な感情に、二人は圧倒される。怒り、悔しさ、後悔、無念、嫌悪、悲しみ。かつてここまで多くの感情を一遍に取り込んだ人間がいただろうか。
その感情たちをうまく自分の中に受け止めながら、セリアはキャロンの傍に膝をついて、その丸くなった背中をさする。
「キャロン、話してくれて、ありがとう」
今、セリアの瞳には愛おしさと感謝の気持ちが溢れていた。キャロンの途切れていた涙が再び溢れだす。
「そして、皆を置いていってしまったこと、本当にすまなかった。すべては、私が至らなかった故に起きたこと」
琥珀色の瞳から暖かな色は消え、そこに溢れだす怒りや悲しみの色。ノアは、その瞳から視線を外せずにいた。己の中の何かが、その色を想いをすべてを欲しいと呻いているのがわかった。
「いいえ、姫さま、違います!すべては、すべての元凶は……っ!」
そんなノアの葛藤など知る由もない少女達はその視線を再び目の前の『女神姫』の亡骸に向けていた。
50年に一度公開されるイリーオス国の秘宝、それは祖国から忽然と姿を消した『女神姫』だった。たくさんの人々に囲まれて見た時はわからなかったが、それには魔力が纏わりついている。
「時を止める魔術」
生前、イリーオス国は皇女フィアナを娶りたいと再三交渉を持ちかけていた国だった。それがうまくいかなかったからこそ、起きた悲劇がこれならば。その代償はあまりにも大きいのではないだろうか。
「報われないな、私も」
「姫さま……」
「そうじゃないか。本人の意志を無視したまま、私は前世の生を閉ざされた。ようやく新たな生を始めたところで、これだ。魂は生まれ変わっても、身体は無理やり現世に留められたまま、300年間の時を彷徨っていた。あんまりだ。………あんまりではないか!」
セリアは拳を床に叩きつけた。
そして次の瞬間彼女はその強烈な光を瞳に湛えまま、まっすぐに前だけを見つめる。
「キャロン、ノア、すまない。私は決めた。今までセリアとして生を全うするために、あまり目立たたず生きて行こうと決めていた。だが、せめて己を……今なお現世に縛り付けられている私を、私は葬りたいと思う」
「姫さま、前世の姫さま奪還はわたし達アテナイ国民の悲願。失意の内に亡くなられていった皆さまに代わり、わたしが、お供致します」
少女達がなにやら力強く頷きあっているので、ノアが自分が居る事を思い出させる意味も込めて手を上げた。
「おい、俺を忘れるな。前世やら、アテナイ国は正直よくわからん。けどそんなのは関係ねぇ。俺は今のお前達の護衛だ。もちろん、一緒にいく」
そうして三人は再び目の前の棺の中に居る少女に視線を向けた。ノアにとっては初めての少女だが、確かにその少女は奇跡ともいうべき美しさを有していた。
夜の闇の中にあっても、そこだけは淡く光っているようにも見えるほど、彼女の金と白が際立っていた。
セリアにとっては鏡の中で見た自分が、キャロンにとっては絶望の中で確認した主の亡骸が、瞳を閉ざしたまま眠り続けていた。




