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甘く危険な宇宙生物  作者: 川越トーマ
4/15

土曜日の夕方  アカネとシノブ

 毛並みの美しい白い洋犬が、古い木造の小さな土産物屋『よこぜ』の店先で寝転んでいた。

 すらりとしたスタイルの大型の洋犬で、ツルツルした素材の水色の服を着ていた。

 どこかの金持ちの飼い犬だと思われたが、周囲に飼い主らしい人の姿はなかった。

 犬は興味深げに店番のおばあさんが見ているテレビを覗き込んでいた。

 テレビは、ちょうどドロドロした恋愛ドラマをやっているところだった。

 白いブラウスにチェック柄のスカートという高校の制服を着た美里アカネは、犬の前にしゃがみこむと優しく背中をなでた。

 犬は嫌がる様子も見せず、気持ちよさそうに目を細めた。

「どこの犬だろ。これ絶対どこかの飼い犬だよね」

 アカネは、肩の辺りで切りそろえ軽く内側にカールさせた髪の毛を耳にかける仕草をしながら背後の友人に視線を送った。

 クリクリした目が活発そうな光を放っていた。

「おばさん、この犬いつからいるんですか?」

 アカネの背後に控えていた三つ編みで色白の少女が友人に代わって質問した。

 アカネと同じ制服姿で賢そうな雰囲気が漂っていた。

 店番の女性はどう見てもおばあさんと言っていい年齢だったが、『おばさん』と呼びかけるあたり彼女は『配慮のできる子』らしかった。

「さあ、少なくとも午前中からいるねえ」

 店番のおばあさんはテレビを見ながら、興味なさそうに答えた。

「そう言えばシノブの家は犬飼ってるんだよね」

 アカネは三つ編みの少女に話しかけた。

「うん、マメシバだけどね……でも、この犬、変わってる。なんていう犬種かしら?」

「へえ、何でも知ってる皆野シノブにもわからないことがあるんだ」

 アカネは大きく目を見開いた。

「からかわないで、アカネちゃん」

「へへ、だって、本当に何でも詳しいじゃん」

 アカネはシノブに笑顔を返すと犬の背中をなで続けた。

「あ~あ、うちも犬欲しいなあ」

 アカネは白い犬にやさしい視線を送っていた

「今度は、うちに泊まりにおいでよ。マメシバと心ゆくまで遊べるよ」

「えっ、いいの?」

 アカネは犬をなでる手を止めると、シノブの方を振り返った。

「当然じゃない、今夜はアカネちゃんの家に泊めてもらうんだし」

「やったぁ! 私んちの商売柄、よく人は泊めるけど、人んちに泊まったことはあんまりないんだよね」

「わたしの家は、アカネちゃんの家みたいにお風呂もお部屋も立派じゃないけどね」

 二人の女子高生が白い洋犬の前で他愛もない会話を交わしていると、土産物屋の駐車場にスポーツタイプの赤い車が停まった。

 思わずアカネがそちらの方に視線を向けると、中からノーネクタイでジャケット姿の脂ぎったおじさんと、ヒョウ柄のワンピースを着た派手な化粧の茶色い髪のおばさんが降りてきた。

「ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 おじさんの方はきょろきょろと周囲を見回しながら店の中に入っていくと、店番のおばあさんに話しかけた。

 おばさんの方はおじさんのあとから店に入ると、土産物を物色し始めた。

「美里屋という温泉旅館に行くには、この道でいいのかな」

 ズボンのベルトの上におなかの肉がのっかったおじさんは、割と愛想よくおばあさんに話しかけた。

「ああ、そうですよ」

 おばあさんは無愛想に答えた。とても商売人とは思えない。

 ご近所の商売仲間として、もう少し愛想が良くてもいいのにとアカネは頭を抱えた。

 アカネの家が、その『美里屋』だった。

 県道から少し奥に入ったところに建っており、県道への出入り口に当たるところに土産物屋『よこぜ』が位置しているため、『美里屋』のお客さんは『よこぜ』に立ち寄ることが多かった。

「このストラップかわいい」

 おばさんが甘えた少女のような声をあげた。

「どれどれ」

 おじさんが覗き込むと、それは頭から鹿の角のように葱の生えた不思議なゆるきゃらのストラップだった。

「これ買ってぇ。お願い」

「いいとも」

 甘えるおばさんに、おじさんはだらしなく頬を緩めると財布を取り出した。

 アカネがふと気がつくと、例の白い洋犬が立ち上がって興味深げに2人の旅行者を見つめていた。

「ごめん、シノブ、そろそろいこっか」

「じゃあ、おばさん、失礼します」

 皆野シノブは店番のおばあさんにペコリと頭を下げた。

 店番のおばあさんは客の相手をしながらめんどくさそうに軽く手を振った。

 白い洋犬は名残惜しそうに二人の女子高生の後姿をいつまでも見つめていた。


 『美里屋』は老舗の温泉旅館で、渓谷を眺めながら入浴できる露天風呂が売りだった。

 美里アカネはその『美里屋』の一人娘だった。

 この日はシルバーウィークと紅葉シーズンの狭間で宿泊客が少ないこともあり、友人の皆野シノブをお泊りに誘っていた。

 家に着くと、すぐにアカネはシノブを自慢の露天風呂へと案内した。

「シノブ、随分スタイルいいよね」

「嫌だ。アカネちゃん。へんなこと言わないで」

 シノブは三つ編みを解いたロングへアー姿で身体を洗っているところだった。

 そんなシノブの様子をお湯に浸かったアカネはぼんやりと眺めていた。

 地面を掘り下げ天然石貼りで作った露天風呂は一〇人以上が一度にゆったり入れる大きさで、アカネは両足を伸ばしてくつろいでいた。

「だって、脚細いし、胸も意外と大きいし」

 すでに大人の雰囲気を醸しだしているシノブに比べて、アカネは体つきが幼かった。

 アカネは透明なお湯の中に透けて見える自分の身体を眺めて、小さなため息をついた。

「アカネちゃんだって、目がパッチリしてるし、顔も小さいし、かわいいって評判だよ。他のクラスの男子にもファンがいるみたいだし」

「そお? いやあ、それほどでも……あるかな」

 アカネはシノブにおだてられて、機嫌を直し、自慢げに鼻の穴を膨らませた。

「アカネちゃんはいいよね」

 シノブはそう言うとタオルで身体を洗う手を止め、軽く溜息をついた。

 ボディシャンプーの泡が白い肌を覆っていた。

「なんで?」

「彼氏いるし」

「だれ?」

 アカネは本当に心当たりがないとでも言うように目を丸くした。

「誰って、コウタ君だよ。吉見コウタ君」

 何言ってるのという目つきでシノブはアカネのことを振り返った。

「あぁ、あれ? あれはただの幼馴染で、かつ単なる下僕よ」

「アカネちゃん、あんまりひどいこと言ってると嫌われちゃうよ」

「そんな自由はあいつにはない」

「まったく……」

 シノブは『やれやれ』という表情で、再び身体を洗い始めた。

 シノブは、ふと視線を感じて、辺りを見回した。

 すると、少し離れた木陰から白い洋犬がこちらを見ているのに気づいた。

「あれ、あの犬、さっき、お土産物屋さんにいた犬じゃないかしら?」

「ほんとだ。どっからまぎれこんだんだろ」

 アカネも白い犬に気付いた。お湯から体を乗り出して白い犬に視線を向けた。

「なんか、こっちをじっと見てるような気がする」

 シノブが言うように犬は、その場を動かず、アカネたちの方に視線を向けていた。

 近寄っても来ないし、吠えることもしない。

「エロい犬だな。オスじゃないだろうな」

「ちょっと怖いかも」

 シノブは思わず腕で胸を隠した。

「じゃあ早めに出る?」

「うん」

 シノブはざぶんとお湯につかると、たいして長湯もせずに風呂から上がった。

 アカネも行動をともにした。

 二人が風呂から出ると露天風呂には犬だけが残った。

 二人を追いかけてくるようなことはなかった。

「あの犬、なんだったんだろうね」

「わからないわ」

 二人はドライヤーで髪を乾かすと、旅館備え付けの浴衣に着替えた。

 着替えを終え脱衣場から出ると、廊下でヒョウ柄のワンピースを着た茶色い髪のおばさんに出くわした。

 さっき土産物屋で出会ったおばさんだ。

「お風呂すいてるかしら?」

 脱衣所から出てきた二人を見て、おばさんは気さくに声をかけてきた。

「今は誰もいないと思いますよ」

 アカネは犬のことをすっかり忘れて即答した。

「やったあ、私、誰もいない露天風呂でのびのび入るのが好きなのよね」

 おばさんは鼻歌でも歌いそうな様子で脱衣場に入っていった。

『経営サイドとしては困るんですけど』おばさんの発言にアカネは心の中で突っ込みを入れていた。

「ねえ、アカネちゃん、犬のことは言わなくていいの?」

 シノブがアカネの耳元に口を寄せ小声でつぶやいた。

 アカネは一瞬しまったという表情を浮かべたが、すぐに気を取り直した。

「まっ、いいんじゃない。風呂に入ってるわけじゃないし、おとなしそうな犬だし」

「あら先客がいるじゃない」

 露天風呂の方からさっきのおばさんの大きな声が聞こえてきた。

 アカネは『まずかったかな』という表情を浮かべ、ペロッと舌を出した。

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