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甘く危険な宇宙生物  作者: 川越トーマ
2/15

金曜日の夜   コウタとユウサク

 山あいの盆地は平野よりも早く夜が訪れる。

 まだ、九月だというのに夕方六時過ぎには、すでにあたりは闇に包まれていた。

 英語の補習授業で遅くなった吉見コウタは、友人の宮代ユウサクとともに、町外れの高校から住宅街に向かって川沿いの県道を歩いていた。

 交通量も少なく照明も乏しいため、まだ月の出ていない夜空は星がきれいだった。

「きれいな星空だよな」

「ああ、このあたりはクソ田舎で街の明かりが弱い上に、空気もきれいだからな。都会との比較という点でいえば、きれいな星空であることは確かだ。しかし、同じ地域という条件での話なら星がきれいに見えるのは、やはり空気中の水蒸気の少ない冬場だと思う。おまけに冬場は観測しやすい星々に魅力的なものが多い。オリオン座なんか肉眼でも見つけやすいし、天体望遠鏡で観察する場合はアンドロメダ大星雲やプレアデス星団が比較的早い時間帯に観測可能だ」

 夏の暑さがまだ残っているというのに、黒い詰襟の一番上のホックまでとめたユウサクはシャープな印象の黒いセルフフレームの眼鏡の位置を神経質そうに直しながら、長々と話し始めた。 

「あのさ、ユウサク」

 ワイシャツ姿のコウタは傍らを姿勢良く歩くユウサクにげんなりした表情を向けた。

「なんだ、コウタくん」

「うんちく語るの長すぎないか?」

「何か、問題でもあるのか?」

 ユウサクは冷ややかな視線をコウタに送った。

「ある。お前、女子と話すときもその調子だろ」

「当然だ。俺は男子だから、女子だからと相手によって自分を変えたりはしない。俺は俺だ」

 ユウサクは誇らしげに胸を張った。

「いや、そーじゃなくってだな。言っちゃ悪いが、お前に彼女がいない一番の原因は、理屈っぽくて話がくどいところだと思うんだけど」

 前々から思っていたが今日はあまりにも鼻についたので、コウタはユウサクの将来の幸せを思って敢えて耳の痛い話をすることにした。親友の務めだと思った。

 フォローのために『ルックスは悪くないのに』と付け加えようかとも思ったが、それを言うとユウサクが調子に乗りそうなので、やめておいた。

「失礼な奴だな。大きなお世話だといいたいところだが、わが友コウタくんの忠告だ。聞くだけは聞いておこう。で、今の話の流れだと、お前のセリフにどう返せばいいのだ?」

 気分を害して怒り出すかとも思ったが、ある意味ユウサクらしい大人な反応にコウタは少し安心した。

「そうだな。『きれいな星空ね』のあとは、単純に『うん、そうだね』とか『君の瞳ほどじゃないさ』とかだな……」

「おいおい、それをお前に言うのか? 言わなかったがために俺は非難されているのか?『ああ、そうだな』はともかくとして『お前の瞳ほどじゃない』とは口が裂けても言わんぞ。残念ながらお前は俺の彼女じゃないし、俺には特殊な性癖はないからな」

 やはり気分を害していたらしい。

 ユウサクは猛然と反撃に転じてきた。反撃の内容もやはり理屈っぽくて、くどかった。

「大体、お前、人のことを言えるのか? 女子に甘い言葉をささやいている姿なぞ見たこともないぞ。今日も美里アカネくんと罵り合っていたじゃないか」

 アカネの話を持ち出されてコウタはげんなりした。

「ほっとけ! 好きで罵り合ってるわけじゃあない。それにアカネは単なる腐れ縁の幼馴染だ、彼女じゃないんだから甘い言葉をささやく必要はない」

「ものは言いようだな。まあ、仲の良い幼馴染がいるのはうらやましい限りだ。せいぜい今の幸せを大切にすることだ。俺のことを心配する前に『君の瞳ほどじゃない』に類する甘い言葉をアカネくんにささやいてみたらどうだ。親密な関係を構築できるかもしれないぞ」

「言えるか!」

「やれやれ非常に非論理的だね、コウタくんは。そもそも自分にできないことを人に要求しちゃあいけない」

 ユウサクは人差し指を立てると自分の目の前で軽く左右に振って見せた。

「お前が理屈っぽすぎるだけだろ。非論理的って、耳のとがった宇宙人ですか! 君は」

「おっ、元ネタがわかったんですか。コウタくんにしては上出来とほめてあげよう」

 ユウサクは眼鏡の奥でニヤリと笑った。

「何度も映画化された有名なテレビシリーズだからな」

「いやあ、あのテレビシリーズはDVDを借りて何度も見たよ。よかったよなあ。きっと、この地球にもいつか異星人がやってきて、文明の階段を一気に押し上げてくれるんだ。我々は恒星間航法の技術を手に入れ、広い銀河の海に旅立っていく」

 ユウサクは遠い目をしてうわごとのようにつぶやいていた。

 コウタはまずいスイッチを入れてしまったらしい。

「もしも~し、現実に帰ってきてくださ~い。宇宙人なんていませんよお~」

 遠くを見ていたユウサクの視線がコウタの方に戻ってきて憤慨したような表情を浮かべた。

「何を言う、それこそ非常に非論理的な考え方だ。我々の銀河系だけでも二〇〇〇から四〇〇〇億個の恒星があると言われているんだ。おまけに我々の太陽は銀河系の中でもありふれたG型スペクトルの主系列星だ。こうした恒星のハビタブルゾーンには一体どれだけの惑星が……」

「待てい! お前の話は専門用語が多すぎて、さっぱりわからん。そういうのやめろと言ったばかりじゃないか。そもそも本当に宇宙人がいるんなら、テレビに出てたり、そこら辺を歩いてたりしててもいいよな。でも俺は今まで会ったことないぞ。宇宙人が出てくるのはフィクションの世界だけなんだよ」

「いや、誰がなんと言おうと異星人は必ずいる。地球がたまたま訪問先に選ばれていないだけだ。いや、ひょっとすると何億年も前に訪問を受けていたのかもしれないし、明日にでも訪問を受けるのかもしれない」

「はん! もし宇宙人なんてもんがいたら、逆立ちして町内を一周してやるよ」

 コウタは蔑むような視線をユウサクに送った。

「よく覚えておこう。いつかきっとお前は自分の考えが誤りだったと気づくだろう」

 ユウサクの表情は妙な自信に満ちていた。

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