月曜日の午後 アオイの秘密その2
「今度は、何だ?」
「すごいイケメン……」
ユウコがそうつぶやいたのも無理はなかった。
窓の外に立っていた黒いウェットスーツのような服を着た男は、最近人気の若手俳優にそっくりだった。
「生きていたのか! なぜ、ここがわかった? ……私のことをつけていたのか!」
ピーラは全身に戦いのオーラをみなぎらせた。
「おっと、乱暴はやめてくれたまえ……ここは平和的に話し合おう」
イケメンはそう言ってピーラをけん制した。
「さて、君の質問に対する答えだが、君が想像したとおり尾行させてもらったよ。歩みが遅くてイライラしたが、まかれる心配はなさそうで助かった。我々にはヒトモドキの匂いを追いかけるなんて原始的な能力はないんでね。ヒトモドキには発信機つきの服を着せていたんだがそれは脱いでしまっているようで困っていたんだ」
ペラペラしゃべるイケメンにクラスメートたちは不審の目を向けはじめた。雰囲気が軽すぎる。
「……ああ、忘れていた。諸君、お初にお目にかかる。私はベガ星系からやってきたラカールという者だ。君らでいうところの異星人になる」
ラカールは気障な態度でそう言うと、颯爽と身を翻して、窓から教室の中に入ってきた。
「今日は宇宙人のバーゲンセールだな。うれしいだろ、ユウサク」
「いや、さすがにちょっと、おなかいっぱいだ」
ノボルの暢気な発言に、さしものユウサクもそう応じた。
「で、何の用かしら? ラカールさん」
ユウコがラカールの端正なマスクを見つめながら優しげな声で話しかけた。
「私はそこのシリウス星系人の魔の手から『大宇宙の女神』とあがめられているヒトモドキという生き物を救うためにやってきた」
「何を言う、この『乗っ取り屋』が!」
ピーラはラカールに向かって歯をむき出しながら唸り声を上げた。
「そうなのか?」
すっかり混乱したコウタは思わず、隣に佇んでいるアオイに話しかけた。
「乗っ取り屋って、どういうことなのか、わからない」
アオイは困った表情をしていた。
「そこのシリウス星系人の惑星に軟禁状態になっていた『大宇宙の女神』を救い出し、この惑星で解放したのは、我々だ。そうだよね」
ラカールはアオイに同意を求めた。
「連れてこられたのは本当だけど……」
アオイは、ラカールにもピーラにも、いい感情は持っていないようだった。
「よく言うわ! ヒトモドキを使って、我々の植民惑星を乗っ取ろうとしたくせに、どうせ、この惑星もヒトモドキを使って乗っ取ろうっていう魂胆でしょ!」
ピーラはラカールに敵意をむき出しにしていた。
「えっ、どういうこと?」
コウタがきょとんとした表情でピーラに聞き返した。
ピーラはラカールへの視線を逸らすことなくコウタに答えた。
「こいつらはヒトモドキが『平和を愛し、極めて善良で心優しい存在』であることをいいことに、ヒトモドキだけになった惑星に乗り込んで彼女たちを支配するのよ! 奴隷のようにね」
「あれ? そんなことをしたら、ラカールさんたちが絶滅しちゃうんじゃないの?」
ユウコは疑問を口にした。
ピーラの発言は先程のピーラの説明と矛盾していた。
「ベガ星系人はヒトモドキに決して正体を明かしません。だからヒトモドキはベガ星系人に擬態することはできません。その結果、ベガ星系人はヒトモドキに愛着を抱くことはありません。今のあの姿も、地球人を模したスーツを着ているに過ぎないのです」
「くだらない濡れ衣だな。よくもまあペラペラと作り話が口をついて出るもんだ」
「嘘を言ってるのはそっちだろ!」
生徒たちはキョロキョロとラカールとピーラの間に視線を行き来させた。
どちらが本当のことを言っているのかわからない。
「ともかく、シリウスのピーラにはおとなしくしていてもらおう。しかし無様な姿だな。この星の重力にうまく適応できず四つんばいとは。まるで、この星の原住生物だ。イヌとかいったかな」
ラカールはピーラの発言を否定しながら見下した態度であざ笑った。
「犬言うな!」
「あっ、先生が戻ってきた」
「あのすみません。あなたはどなたですか」
教室に戻ってきたシラオカ教諭の目は虚ろだった。
ラカールのことを見ているようだったが、焦点はあっていなかった。
そんな状態でも教室に戻ってきたのは、それはそれである意味立派なのかもしれなかった。
役に立つかどうかは別にして。
「保健所の職員です。犬の捕獲に参りました」
そう言うとラカールは、シラオカ教諭に向かって軍隊式の敬礼をした。
「助かります。よろしくお願いします」
シラオカ教諭は虚ろな目をしたまま、のろのろと頭を下げた。
「おいおい、あからさまに嘘だろ!」
タカシが思わずシラオカ教諭に突っ込んだ。
「先生、なんで信じるんですか!」
シノブが叫び声をあげた。
しかし、シラオカ教諭はそれには反応せず、教壇の隅にへたり込んで何事かぶつぶつと独り言を言い始めた。
とうとう壊れてしまったらしい。
生徒たちはラカールに強い疑念の表情を向け始めた。
淀みなく噓を並べるやつは信用できない。
ラカールは、自分の腕に装着されている何かの機器を操作しながら、ピーラに話しかけた。
「シリウスのピーラ、君の宇宙船はどこにあるのかな? ここに呼んでほしいんだが。私の宇宙船は君に壊されてしまったんでね。できたら一緒に乗せて欲しいんだ」
ラカールはそう言いながら、ゆっくりとピーラに近づいた。
ピーラは油断なく身構えた。
無造作に近づいたラカールの手が動き、何か光るものが一閃した。
ピーラは機敏に身をかわしたものの、わき腹から青い鮮血が吹き出した。
「きゃあ!」
「なんだ」
突然の刃傷沙汰に女子生徒たちは悲鳴を上げ、男子生徒たちは我が目を疑った。
慌てて席を立ってラカールたちから思い切り離れた。
「ほう、あれをかわすか。さすがだな」
ラカールの手には刃渡り一メートルほどの『光の剣』が握られていた。
金属製の刀身はなく、強い光が刀身を形作っていた。
「やめて死んじゃう!」
アオイが叫んだ。
ピーラはわき腹から青い血を滴らせながらも、ラカールを睨んで立っていた。
「ラ、ライトセイバー……」
ユウサクが何事かつぶやいていた。
「殺しはしない、死なない程度に切り刻もうと思っているだけだ。そうでもしないと私の言うことを聞いてはくれないだろうからな」
ラカールはそう言いながら二の太刀を浴びせようとした。
「この下衆野郎!」
コウタがラカールに向かって身近な椅子を投げつけた。
『光の剣』が一閃し、鉄パイプでできた椅子は空中で真っ二つになった。
ラカールは椅子の残骸をかわそうとしてバランスを崩した。
その瞬間を見逃さず、ピーラはラカールに飛び掛り、『光の剣』を握った方の手首に思いっきり噛み付いた。
「くっ!」
『光の剣』は光を失い、柄の部分だけになって転がった。アカネがそれを慌てて拾った。
「こいつめ!」
ラカールは手首に噛みついているピーラを反対の手で殴った。
ピーラは苦しそうにうめき声を上げながら床の上を転がった。
「大丈夫?」
アオイがピーラに駆け寄ってハンカチで傷口を押さえた。
「それを返すんだ!」
『光の剣』を拾ったアカネにラカールは鋭い声を上げながら近寄ろうとした。
「嫌よ!」
アカネが叫んだ。そのアカネの正面にコウタが立ちふさがった。
しかし、ラカールはそんなことは意に介さず二人に詰め寄った。
「この野郎!」
長身のノボルがラカールに横から殴り掛かった。
しかし、彼の拳が届く前にラカールは身体を傾けて足刀を放った。
「ぐふっ」
ノボルは腹部にカウンターで蹴りを食らい、教室の隅の掃除用具入れまで飛ばされた。
「ノボル!」
ユウコが慌ててノボルに駆け寄った。
ノボルは意識はあったが、苦しそうな表情のまま、床の上を転がっていた。
肋骨ぐらいは折れていてもおかしくなさそうだった。
「やりやがったな」
タカシとユウサクが、ラカールを遠巻きに包囲した。
「なぜ、私の邪魔をする? 私は彼女を救おうとしているだけだ。シリウスのピーラこそ、ヒトモドキの幸福と繁栄を阻害する悪なのだ」
「いきなり女子を刃物で切りつけるような奴を信じろと? それはないだろ、なぜなら、基本、男子は女子の味方だからな!」
ユウサクが力強く啖呵をきった。
「ま、ピーラは犬だけどな」
コウタはつい今までの癖で余計なことを言ってしまった。
「犬いうな……」
ピーラはアオイに傷口を押さえてもらいながら、苦しそうな声を上げた。
「ちょっと、コウタ!」
『光の剣』を持ったままアオイの隣に移動したアカネが、コウタを強い口調でたしなめた。
「ごめん」
「それに、おまえみたいなイケメンは基本、嫌いなんだよ!」
タカシが油断なく身構えながら言い放った。
「みなさん、静かにしてください」
それまで黙っていたシラオカ教諭が、まるで授業中であるかのように叫んだ。
しかし、声にはまるで力がなく、おまけに現実を正しく認識しているようには見えなかった。
「シロちゃんの役立たず! 誰か他の先生を呼んできて!」
ユウコがヒステリックに叫んだ。
シノブが助けを呼ぶために教室の外に出ようとしたが、扉はびくともしなかった。
「面倒なんで、そこの先生が入ってきた直後に、この空間は周囲から遮断させてもらいました。君たちは外に出ることも外部と連絡を取ることもできません」
ラカールは薄笑いを浮かべていた。
「多勢に無勢だ、降参したまえ。我々は争いを望まない」
ラカールに不気味さを感じながらも、ユウサクは声のトーンを落として静かに警告した。
「ヒトモドキのように甘い考え方ですね。まあ、いいでしょう。ヒトモドキを私に渡してシリウスのピーラを始末したら、見逃してあげます。ヒトモドキはどっちですか?」
並んでいるアカネとアオイを交互に眺めながら、ラカールは誰とはなしに尋ねた。
どうやら、ラカールは、ピーラとは違って地球人とヒトモドキの区別はつかないらしい。
「はあ? まだ、この星の言語がよく理解できていないようだな」
ユウサクの警告にかみ合わないラカールの発言に、コウタは苛立った。
「いやいや言語はよくわかっていますよ。君たちが状況を理解していないだけです。先ほどの彼への攻撃は、あれでも大分手加減してあげたんですがね。ちなみに、私の観察するところ、この中で一番戦闘能力が高いのは彼だったんじゃないんですか?」
ラカールは教室の隅で顔をしかめているノボルを指差した。
「うるせえ」
タカシは、そう言うと鉄パイプのフレームに木製の坐面を張った椅子を振り上げ、ラカールに叩きつけた。
鈍い音が響き、ラカールは片手でその攻撃を弾き返した。
「うわっ」
バランスを崩すタカシに向かって、ラカールは貫き手を繰り出した。
慌てて椅子で防いだタカシだったが、ラカールの貫き手は木製の坐面を貫通した。
割ったのではない、貫通したのだ。
パワーとスピードと強度が揃わなければできない芸当だった。
タカシは椅子を放りすててラカールとの距離をとった。
「まあ、いい。とりあえず邪魔する奴はすべて始末して、二人とも別の場所に連れて行くことにしましょう」
「なんでアカネちゃんやアオイちゃんを連れて行こうとするの? あなたは、ピーラさんとの決着がつけばそれでいいんじゃないの?」
シノブが叫んだ。
「鈍いな、君は。諸君にはヒトモドキの秘密を知られてしまったからね。計画実行に差し障りがあるんですよ。となれば別の場所で仕切り直すしかないでしょう。ここにいる関係者をすべて処分すれば、この場所で計画を継続してもかまわないんですが……そうだ。いっそのこと、そうしましょう」
ラカールはさわやかな笑顔で答えた。
結局、ピーラの言っていたことが正しいということを自ら証言したようなものだった。
二人がやり取りしている間にコウタとユウサクは掃除用具入れから柄の長い箒とモップを取り出していた。
とても素手で勝てる相手とは思えなかった。
素手の相手一人に二人がかり、三人がかりで獲物を手に襲い掛かるのは卑怯極まりなかったが、そんな美学に殉じている状況ではなさそうだった。
「……気をつけてください。あのスーツ自体が武器です。地球人の姿を模したロボットみたいなものなんです」
ピーラが弱々しい声で教えてくれた。
「へえ、じゃあ、遠慮する必要はないな!」
コウタは必死で自らを鼓舞したが、箒ごときで何とかなるとは思えなかった。
「ベガ星系の強化スーツはバッテリーで駆動しています。そして、バッテリーは背中の、腰の部分です」
「本当だ、それらしきものが見える」
ラカールの背後に回りこんでいたユウサクが声を上げた。
背中の腰の辺りに三角形のついたスライド式と思われるスイッチのようなものが2つ並び、間に細長い長方形のパーツが出っ張っていた。
「「「「「「そうなんだ」」」」」
やり取りを聞いて、クラス中の男子と、それに女子も、箒やバットやテニスラケットや椅子や机を持ってラカールを取り囲むように群がった。
迷いや疑問もなく全員の目標が統一されていた。
「要は取り押さえて、背中のバッテリーを引き抜きゃいいんだろ」
「場合によっちゃ俺ら全員口封じのために始末する気なんだろ、こいつは」
「ピーラがいい者で、こいつがわる者ってことだよな」
「アオイちゃんも、アカネちゃんも拉致するなんて、とんでもないわ」
「よくも、ノボルのことをボコッてくれたわね!」
生徒たちはじわじわと間合いをつめた。
「おのれ!」
ラカールは女子生徒の多い一角を見つけると突進し、そこからの突破を図った。
「きゃあ!」
生徒たちは後ずさった。
ラカールは生徒たちの戦闘能力を分析し多勢に無勢であっても、まるで敗北を想像しなかった。
とりあえず、二、三人血祭りにあげれば、戦意を喪失するだろうとたかをくくっていた。
「やっ!」
コウタは、ラカールの走り出したその瞬間、彼の足元に箒の柄を突っ込んだ。
ラカールは箒の柄を足の間に挟んでしまい、よろめいた。
ラカールがバランスを崩したその瞬間を周囲の生徒たちは見逃さなかった。
「させるか!」
「くたばれ!」
回り中からバットが、ラケットが、そしてローキックがラカールの足元を襲い、彼はうつぶせに派手に転んだ。
「確保!」
ユウサクの声を合図に、うつぶせになったラカールの背中に間髪入れず、十名を越える男子生徒が乗っかった。
「こいつめ!」
ユウサクは素早くラカールの背中からバッテリーを取り外した。
「とったぞぉ!」
ユウサクはバッテリーを頭上高く掲げて雄叫びを上げた。
「お、重い、息ができない……」
ラカールはうめき声を上げた。
そして、後頭部の一部が車のボンネットのように開き、中から全長1メートルほどのタコのような生物が這い出してきた。
「なに、これ~、キモイ、キモ過ぎる」
女子の間から嫌悪の悲鳴が上がった。
「ベガ星系人の本体です……」
ピーラがつぶやくように言った。
「おい、捕獲、捕獲!」
ユウサクが慌てて声を上げたが、みんな身持ち悪くて素手で捕まえようとは思わなかった。
「はいよ」
タカシが掃除用具入れの中からバケツを持ってきた。
タカシは、地球の重力にうまく対応できずに、のろのろとうごめいていたベガ星系人にバケツがかぶせると、その上に腰を下ろした。
「とりあえず、こんな感じでいいかな」
タカシはそう言うと得意そうに笑みを浮かべた。




