月曜日の昼 屋上で
二時間目以降の午前中の授業は、何事もなく無事に終わった。
それぞれの教師は出欠をとったが、アオイのことはバレなかった。
そもそも出欠というのは欠席している人間を見つけ出すのが目的で、余計な人間を見つけ出すためのものではない。
座席順と出席番号順が同じなら見つけ出すのも容易なのだろうが、そうでなければ余計な人間を見つけ出すのは困難だった。
「コウタ。アオイちゃん。屋上に行くわよ」
昼休みになった途端、美里アカネが不愛想な表情で吉見コウタの席の前にやって来て一方的に言い放った。
返事を確認する様子もなく、そのまま二人に背を向けてサイドバックをぶら下げて廊下に出て行った。
「お、なんか怖え」
熊谷ノボルがニヤニヤしながら、アカネを追うコウタのことを見送った。
アオイはコウタにくっついていった。
「ほら、お弁当」
屋上でコウタとアオイを待っていたアカネは、二人が到着すると、サイドバックの中から三段重ねの重箱を取り出した。
「助かった。購買でパンかなと思っていた。でも、いつの間に……」
「このアカネさんを見くびってもらっちゃ困りますね」
アカネは『ジャーン』と自分で擬音を発しながら、重箱を開けて並べた。
三段になった重箱のうち、二段は全ておにぎり、残りの一段はプチトマトと唐揚げだった。
「まっ、時間もなかったんで唐揚げは冷凍食品だけどね。とにかくアオイちゃんのために量だけは確保しました」
「ありがとう、アカネ」
アオイは嬉しそうにアカネに抱きつき頬ずりした。
「しかし、すごい量のおにぎりだな。握るの大変だっただろ」
「まあね」
「ねえねえ、アカネ、食べていい?」
「いいよ。おにぎりの中身は梅干しか、おかかだからね。それから、ペットボトルのお茶も持ってきたから飲んで」
アカネはさらにペットボトルをサイドバックから取り出した。
アオイはぴったりとアカネにくっつきながら、おにぎりを食べ始めた。
「なんか。アカネにも懐き始めたよな。仲良くなるきっかけでもあったのか?」
そう言われてアカネは、お風呂の中でのアオイとの会話とその時の彼女の無垢な笑顔を思い出した。
『アカネもコウタが好きなの?』
『じゃ、一緒だね』
「そお?」
アカネはおにぎりをパクつきながら思い切りとぼけた。
「ひょっとしてさ、アオイは食べ物くれる人が好きなの?」
「どういうこと?」
コウタの意表を突いた発言に、アカネは思わず食べる手を止めた。
「いや、ユウサクに言われてさ。『何故そんなにアオイがお前に懐いているんだって』いろいろ思い出してみると、アオイが俺に懐くようになったきっかけは、肉まんをおごったことにあるような気がする」
「私、優しい人が好き。御飯をくれるのは優しい人。それに、私、御飯とは関係なくアカネが優しいこと知ってる」
アオイは食事の手を休め、穏やかな表情でアカネを見つめた。
「何よ。恥ずかしいわね」
同性におだてられ、そして見つめられて、アカネはうろたえた。
「ねえ、アカネ」
アオイは、とろんとした表情でアカネにもたれかかった。
「ん?」
アカネがアオイを見ると、目が潤み、かすかに開いた唇は湿り気を帯びていた。
「なでなでして……」
溜息のような吐息とともにアオイは言葉を紡いだ。
アカネは混乱しながらも、小さい子をほめるようにアオイの頭を撫でた。
「はい、いい子いい子」
頭を撫でられたアオイは気持ちよさそうに眼を細めた。
「アオイって、すごく子供っぽいよな」
「そうね、ちっちゃい子みたい」
アカネは安堵の息は吐きながら、ドキドキしている自分に気づいた。
今の攻撃を男子に対して行ったら、大概の男子は陥落してしまうに違いない。
アカネは不安に襲われ、思わずコウタを見た。
ひょっとしてコウタはすでにアオイに陥落してしまったんではないだろうか。
「こうしていると、なんか家族みたいだよな」
しかし、コウタはアカネの心配をよそに、幸せそうな表情でアカネのことを見ていた。
「……うん、幸せな感じがする」
コウタはアオイのことを子供を見るような目で見ていた。
そして、アカネのことは……アカネは、はにかんだような表情を浮かべ、頬を染めてうつむいた。