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甘く危険な宇宙生物  作者: 川越トーマ
10/15

月曜日の朝   三人で登校

 吉見コウタは昨晩もよく眠れなかった。

 結局、美里アカネの父親は一晩中コウタを見張るとか言っておきながら物凄いいびきをかいて熟睡していた。

 コウタが眠れなかったのは、そのいびきと夜中に突如鳴り響いた雷鳴のせいだった。

 普通、雷は真夜中に落ちるもんではないと思う。雨も降らなかったし変な感じだ。

 コウタは学校の制服に着替え、リビングのソファに座って睡魔と戦いながらぼうっとしていた。

「おはよう、コウタ。ねえ、アオイちゃん知らない?」

 制服姿のアカネがリビングに下りてきて、コウタに尋ねた。

「え?」

 コウタは一瞬アカネが何を言っているのかわからなかった。

「一緒に寝てたんだろ」

「姿が見えないのよ」

 コウタはやっと状況を飲み込んだ。

「あんた、あの子を連れ出して、なんかしてないでしょうね」

「してねえよ」

 アカネの疑惑に満ちた目にコウタは苛立たしげに小さな声で叫んだ。

 丁度そのとき、2階からパジャマ姿のアオイが降りてきた。

「おはよう、コウタ。おはよう、アカネ」

「おはよう。アオイ……何言ってんだよ、アカネ、ちゃんといるじゃないか」

「変ねえ……ねえ、アオイちゃん、どこにいたの?」

「お部屋にいたよ」

「はあ?」

 アカネは『何言ってるの?』という目でアオイのことを見返した。

 アオイは何を言われているのか理解して言葉を添えた。

「押し入れの中にいた」

「意味わかんないわ」

 小さい子が押入れをベッドか何かに見立てて『ごっこ遊び』の一環で寝ることはあるが、まさか高校生にもなって人の家で実行する人間がいるとは思わなかった。

 そう言えば、アカネにそっくりというだけでアオイが高校生とは限らなかった。

 大学生かも知れないし、中学生かもしれない。

 そう考えると彼女の言動がなんとなく幼いことに思い至った。

『一体、この子何歳なのかしら?』

「あれ、アオイ、なんか、少し小さくなった?」

 コウタは思わずつぶやいた。

 気のせいかアオイのからだがひとまわり小さくなって、胸の大きさもアカネと同じくらいになっているような気がした。

 頭のてっぺんから足のつま先まで、アカネとアオイを交互に見比べるコウタの無遠慮な視線に、アカネが頬を赤く染めた。

「どこ見てんのよ。いやらしいわね……御飯にするわよ。アオイちゃんは顔でも洗ってきて」

「はあい」

「えっ? アカネが作るの?」

 意外だった。普段の言動からアカネの家庭的な姿は想像できなかった。

「そうよ、なんか問題ある? うちじゃあ、朝食はセルフってことになってんのよ。両親とも朝弱いからね」

「いえ、ありません」

 コウタはそれ以上余計なことは言わないことにした。


 朝食は、フレンチトースト、普通のトースト、アボカドとトマトとキュウリとチーズのサラダ、ボイルしたウィンナー、カフェオレだった。

 アオイ対策として三人分の朝食なのに、食パンは二斤も用意してあった。

「おいしい……」

「アカネ、料理上手」

「えっへん、まいったか」

 コウタが驚き、アオイは目を輝かせ、アカネは得意そうに胸を張った。

「ねえ、コウタ、今日はどこに行くの?」

 一人だけブルーベリージャムを塗ったトーストをぱくつきながら、アオイがコウタに笑顔を向けた。

「学校だよ。今日は月曜日だぞ」

 コウタは思わず、何を言っているんだという表情を浮かべた。

「私はどうすればいい?」

 アオイは心細そうだった。

「この家で留守番できる?」

「いや!」

 アカネは優しく話しかけたが、アオイは駄々をこねる子供のような反応を見せた。

「だろうな……どうする?」

「仕方ない。学校に連れていこう」

 アカネは、何でもないことのように答えた。

「まずくないか?」

 コウタの頭の中では授業中どうすればいいんだとか、クラスメートに何て言えばいいんだとか、教師にどう説明するんだとか、いろいろな考えが駆け巡っていた。

「大丈夫、私の制服着せるから」

「そういう問題か?」

『ダメだ、何も考えてない』

 コウタはアカネの雑な思考に驚かされた。

「だって、私服で学校に来られたら、私が校則違反で処分されちゃうじゃない」

 コウタはアカネが考えている内容が自分とはまるで違うことに呆れながら自分の心配がある程度解消される方法を提案した。

「じゃあ、アカネが家にいるってのは?」

「だめ、この子を野放しにできるわけないじゃない。それとも何? コウタは私がいない方が都合がいいの?」

 アカネの目がちょっと怒っていた。

 これ以上議論してもいいことはないと思い、コウタは不承不承アカネの言うとおりにすることにした。


「アカネが二人いる!」

「えっ? あの子双子だったっけ?」

 コウタとアカネとアオイが、一階の教室に到着すると、コウタが心配したとおりの騒ぎになった。

「あー、めんどくさい……」

 アカネは頭を抱え、アオイは騒然とした様子に驚いていた。

「アカネちゃん、アオイちゃんを学校に連れてきたんだ」

 事情を知っている皆野シノブが、笑顔を浮かべて近づいてきた。

「とりあえずね」

「ねえねえ、どうしたの? その子」

 クラスメートの蓮田ユウコが、遠巻きにしていた女子の集団から離れて、アカネたちに近寄ってきた。

 長身でショートカットそして『私は遠慮なんてしません』オーラを発散している女子だった。

「正体不明よ、記憶ないみたい。言っとくけど、双子じゃあないからね」

 アカネは面倒くさそうに答えた。

「えっ? うそ! 記憶喪失? テレビドラマみたいじゃん! スゲーうける」

 ユウコは周囲に響き渡るような大きな声でしゃべり、おなかを抱えた。

「これだけ似ている赤の他人などというものが存在するのだろうか、やはり科学的に考察すると、彼女の正体はアカネくんのクローン、もしくはアカネくんをモデルにしたアンドロイドと考えるのが最も自然ではないかと思うわけだが……」

 いつの間にか近づいてきた宮代ユウサクが、シノブの隣でいつものように長台詞を話し始めた。

「で?」

 シノブが氷のような視線をユウサクに送った。

「ごめんなさい」

 コウタは素直に謝るユウサクを見ながら『あいつ、ワザとシノブに突っ込んでもらってるのか?』と疑った。

 人にはああだこうだ言うくせに恋のアプローチの下手な奴と自分のことは棚に上げた感想を抱いた。

 そうこうしている間、今まで様子見をしていた他のクラスメートたちがアオイの周囲に群がってきた。

「うわ、そっくり」

「ほんとに双子じゃないの? 実は小さいころに生き別れになったとか?」

「そのネタは昨日もやった」

 アカネは不機嫌そうにクラスメートの発言に対応していた。

「コウタ。ちょっと、怖い」

 周り中を取り囲まれて一斉に話しかけられたアオイは、怯えたような表情でコウタにしがみついた。

「スゲー、コウタに懐いてる」

 坊主頭で肩幅の広い熊谷ノボルが嬉しそうに大声を上げた。

「アカネの願望が実体化したんじゃない?」

 ユウコが意地悪そうな視線をアカネに送った。

「いや、そんな願望持ってないし」

 アカネがほんのり頬を染めながら掌をひらひら振って否定した。

「ねえねえ、あんたの席、用意してあげるよ。コウタの隣だよ」

 ユウコはそう言うと、一番後ろに位置しているコウタの席の隣にパイプ椅子を持ってきて、アオイに勧めた。

「ありがとう」

 アオイは嬉しそうに座った。

「なんなら、アカネの席も反対側に用意したげよか」

「何でよ」

 アカネは口をとがらせた。

「またまた、無理しちゃって」

 ユウコがコウタの席の周りで騒いでいる中、コウタの前の席に座っていた杉戸タカシが机を見つめながら、ブツブツと何事かつぶやいていた。ニキビ面の太った男子生徒だった。

「学校でいちゃいちゃしやがって。コウタ、コロス。十回コロス」


 クラス中の騒ぎが収まらない中、始業を知らせるチャイムが鳴った。

「一限目、何だっけ?」

 ノボルがチャイムに反応してよく響く声で近くの男子に声をかけた。

「数学。シロちゃんだよ」

「スゲー面白そう」

 ユウコは答えを聞くと期待に眼を輝かせた。

 生徒たちはそれぞれの席に戻っていった。

 アオイは「これから何が始まるの?」とでも言いたそうな表情でキョロキョロしていた。

 コウタはこれから毎回、教師に何て説明すればいいんだろうと思いを巡らせ、いっそのこと空き教室から机といすを持ってきてアオイの席を用意しようと思い至った。

 その方が絶対に目立たない。しかし、一時間目には間に合わなかった。

 教師が入ってきた。

 シラオカという数学の教師は、このクラスのクラス担任でもあった。

 若く目鼻立ちは整っていたが、痩せていて肌は青白く、猫背でいかにも神経質そうだった。

「はい、静かにしてください」

 妙にクラスがざわついていた。

 シラオカ教諭は美里アカネが吉見コウタの横でパイプ椅子に座っているのに気がついた。

『まったく何をやってるんだ』

「美里アカネさん、席に戻ってください」

 シラオカ教諭はイライラしながら、威厳を示そうと声を張り上げた。

「先生、私はここにいます」

 左前方で手が挙がった。そこにも美里アカネが座っていた。

「ええと、ええと……」

 シラオカ教諭は二人の間に交互に視線を走らせた。

 どう見ても同一人物にしか見えなかった。

「先生、こっちの子はアオイです」

「アオイです」

 コウタが紹介すると、アオイは立ち上がってぺこりと頭を下げた。

「ええとアカネさんの御姉妹ですか?」

 他人の空似というには似すぎている。双子というのが妥当な線だ。

「違います」

 困惑するシラオカ教諭の質問にアオイが笑顔で答えた。

「アオイさんのクラスはどこですか?」

 そもそもこのクラスにはアオイという子はいない。転入生の話も聞いていない。

「私はコウタと一緒のクラスがいいです」

 その発言にクラスがどっと沸いた。

 シラオカ教諭は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、アカネに視線を動かした。

「美里さん、どう見ても、あなたの御親戚ですよね」

「違います」

 アカネはにべもなかった。

 どうもアカネは、もともとシラオカ教諭にいい感情を抱いていないらしい。

 シラオカ教諭の挙動がだんだん落ち着かなくなってきた。

『バカにしやがって、バカにしやがって、バカにしやがって……』

「あ~あ、シロちゃんテンパっちゃったよ」

 ユウコがにやにやしながら大きな声でつぶやいた。

「先生、説明します」

 クラスメートたちのあんまりな反応にクラス委員を務めるシノブが立ち上がったが、時すでに遅かった。

 シラオカ教諭は何も言わずに教室を飛び出してしまった。


「校長、美里アカネの家庭調査票が間違っています!」

「何を言っているんだ君は! 授業中だろ!」

 勢いよく校長室に飛び込んで大声を張り上げたシラオカ教諭に校長のヒダカは即座に反応した。

 彼の情緒不安定な言動は、別に今回が初めてではなかった。

 シラオカ教諭は国立大学を卒業し、優秀な成績で県立高校の教員採用試験をパスして、彼の母校である県内の有名な進学高校に配属された。

 しかし、メンタルが異常に弱く、保護者や生徒とのトラブルでノイローゼ気味となり一時休職していた。

 この4月からリハビリを兼ねて、この、のどかな山あいの県立高校で教鞭をとっていたが、まだ精神的に不安定で、些細な事でパニックに陥っていた。

 正直、ヒダカ校長としては『またか』という感じだった。

「美里アカネの家は家庭調査票に虚偽を記載していたんです。アカネさんは本当は双子です。あれだけそっくりでアカネとアオイだなんて、双子じゃなくて何だっていうんだ」

 シラオカ教諭の発言は校長に向けられたものなのか独り言なのか判別がつかなかった。

「さっぱりわからん。人にわかるように物事を整理して話をしたまえ」

 校長のヒダカは怒りを抑えながら銀縁眼鏡のレンズを拭いた。

 『今年いっぱいで定年退職なのに、こんな面倒なやつを押し付けやがって』と心の中で人事課を呪っていた。

「ええと、ええと、うちのクラスに美里アカネさんのそっくりさんが現れてですね」

「美里アカネというと、老舗旅館のお嬢さんだね」

「そうです。私は担当しているクラスの生徒全ての家庭調査票を暗記していますが、美里アカネは家庭調査票によれば一人っ子ということになっています……」

「私は地元だから知っているが、美里屋の子供は一人っ子だよ。似た子がいたからといって双子と決めつけるのは短絡的じゃないかね」

「いや、似てるなんてもんじゃありません……」

「でだ、君が正しかったとしてどうしたいんだ? ガキじゃあるまいし、いちいちどうすればいいんでしょうかと校長である私に聞きに来たのか?」

「それは……」

 シラオカ教諭の視線が落ち着かなくなってきた。

「その美里アカネさんにそっくりな子は授業を妨害してるのかね? それで君の手には負えないというのかね?」

「いえ、それはその……」

「それとも何か? 美里さんの家に文句を言って、家庭調査票を再提出させたいのか? そんなことは放課後にでもやればいいことだよな」

「あの……」

「部外者が学校に入り込んでいることを問題にするのなら、教室からの退去を求めればいいんじゃないかね。退去は求めたのか?」

「いいえ……」

「君の職場はどこだ? 君は何をすべきだと思う?」

「…………」

「いいから教室に戻りたまえ」

 ヒダカ校長はとても冷たい視線をシラオカ教諭に送り、シラオカ教諭は黙って校長室を後にした。


 シラオカ教諭は無表情で教室に戻ってきた。

 それまでクラスは騒がしかったが、水が引くように静かになった。

 生徒たちの視線がシラオカ教諭に集まった。

「あの先生……」

 シノブが心配そうにシラオカ教諭に声をかけた。

「授業を始めます」

 しかし、シラオカ教諭はシノブの声が聞こえなかったかのように、魂の抜けた表情でつぶやくと授業を再開した。

 何事もなかったように授業を進める姿がかえって不気味だった。

「ねえ、コウタ。私、ここにいていいの?」

 アオイが小声でコウタに尋ねた。

「う~ん、いいんじゃないか」

 コウタも小声で返した。

「そこ、静かにしてください。授業を妨害するなら出て行ってもらいますよ」

 急にシラオカ教諭が振り返り感情のこもらない声で、コウタたちを注意した。

 眼が完全にイってしまっていて危険な雰囲気が漂っていた。

「はあい、静かにします」

 アオイが全ての空気を無視するかのように屈託のない笑顔で明るく返事をした。

 コウタの斜め前の席のユウコが笑いを押し殺して痙攣していた。

 ノボルも隣の席でニヤニヤしていた。

 結局、そのまま、数学の授業は滞りなく終わり、シラオカ教諭はチャイムとともに教室を後にした。

 シラオカ教諭の姿が見えなくなると、爆発するように教室内に喧騒が戻ってきた。

「いやー、予想通りの展開だったわ」

 ユウコがお腹を抱えて笑い転げていた。

「シロちゃんは相変わらずメンタルよえーな」

 ノボルがニヤニヤしながらつぶやいた。

「俺、空き教室に行って机と椅子とってくるわ。このままじゃ目立ってしょうがない」

「私も行く」

「手伝うぞ」

「俺も行くわ」

 コウタが慌てたように立ち上がると、アオイとユウサクとノボルもそれに従った。

「大丈夫かな。シラオカ先生。夕方のホームルームの時間には立ち直ってるといいんだけど」

「ちょっと冷たかったかな」

 シノブが困った表情でつぶやくと、アカネが少し反省したようにそれに応えた。

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