道程<1>
カリームが「カダフィ大佐の友達のおじさん」と言っていた人物の家は、国際空港へ向かう途中にあるシテ・フェイサルというニアメの高級住宅街の一角にあった。3メートル以上ある鉄製の門扉にカリームたちが近づくと、ガルディアン(警備員)のおじさんが門扉を開けてくれた。マンゴーの木が植えられた広い庭を通り、家の中に入るとその玄関には油絵で描かれたおじさんの巨大な肖像画が飾られていた。
「今更だけど、おじさんて・・・何者?」
のぞみは場違いなところに来てしまったのではないかと急に心配になった。
「政治家よ。外務大臣の経験もあるの」
アイシャが小声で教えてくれた。
「そんなすごい人なんだ・・・!」
カリームとアイシャと共に、庭と反対側のテラスに行くと、そこには15人ほどは座れそうな白い大きなテーブルがあり、5人の男性たちが食事をしていた。30歳半ばくらいの若い男性もいれば、70歳くらいの白いひげを蓄えた男性もいる。
男性たちはのぞみを見ると
「これは、めずらしいお客さんだね」
と言って歓迎の笑みを浮かべ、アイシャと並んで席に座るように促し、その対面側にはカリームが座った。
「日本では長年自民党政権が続いていたが、今回の選挙で民主党になったそうだね」
年配の男性が言うと、
「でもきっと、また自民党に戻るでしょう」
と若い男性が言った。
さすが、政治家のおじさんの家に集まる人たちだ。日本の政治の事情にまで詳しい。
会話がフランス語なので、のぞみは聞くのに精いっぱいだったが、ニジェールの政治家と政治の話ができるなんて、またとない機会だと、頭の中にあるありったけのフランス語をかき集めて意見を述べた。
「自民党には戻りませんよ。私たち国民は、自民党の政治に心底疲れたんです」
「ははは、そうか。日本人は政治に関心がないと思っていたけど、君はきちんと自分のこととして考えているようだね」
とカリームが言った。
のぞみは、
「自分たちの生活に関わることですからね。政治について議論するのは当然です」
と続けて言うと、男性たちは感心したようにうなずいた。
その後も日本の歴史について、日米関係についてなどの話題が続き、フランス語の会話の聞き取りに集中したことと、言いたいことがうまく表現できないもどかしさで、のぞみは食事が終わるころには知恵熱が出るのではと思うほど頭が熱くなっていた。
食後のお茶を飲み終え、「私そろそろ、帰ります」とのぞみが言うと、カリームが「じゃあ、送っていくよ」と席を立った。
おじさんの家を出るとのぞみは、日本の政治の話ばかりに夢中になって、カダフィ大佐の話を聞くのをすっかり忘れていたことに気がついた。
「ねえ、カリームもカダフィ大佐に会ったことあるの?」
「僕は直接会ったことはない。けど、農業をやりたい人には土地を与えて、新婚夫婦には住居を与える。国民に対する福祉政策は素晴らしい。アフリカ独自の通信衛星をあげようとしたり、アフリカの本当の意味での独立も目指している人なんだよ」
「そうなんだ。メディアのイメージとだいぶ違うな」
「それは、本当にアフリカが独立してしまったら困る人たちが作っているのかもね」
「本当にアフリカが独立・・・かあ・・・」
その言葉の意味をもう少し知りたかったが、のぞみはおじさんたちとの会話で脳ミソが疲れ切っていた。
「またその話、ぜひ聞かせて。明日には私、サガフォンドに戻るけど、またニアメに来るときには会いましょう」
「そうか。村に戻るんだね。それは寂しいな」
カリームは、大通りを走るタクシーを捕まえ、「JICA」と言い、運転手に小銭を渡した。
「タクシーのお金は払ってあるからね。気を付けて」
「ありがとう。またね。インシャアッラー」
タクシー代の400フランセーファーは日本円にして80円程度のものだったが、その心遣いがうれしかった。カリームは一緒にいる間のぞみに一切お金を出させようとしない。また、ニジェールの男性が決まっていう「日本に連れて行ってくれ」というような言葉もなければ、のぞみに何かを求めるような態度も見せなかった。
「あの誠実さは彼自身の性格なのかな、トゥアレグの文化なのかな、どっちもかな・・・」
タクシーの中で、のぞみは気がつくとカリームのことばかりを考えていた。




