出会い〈3〉
翌日、のぞみはドミの近くのバティックのお土産品を売っているイッサの店に行ってみた。村の子どもたちに、バティックのやり方を教えてほしいと頼むと、「自分は店があるので難しい」と言い、学校でバティックを教えているという友人を紹介してくれた。
「一歩前進だ」
のぞみは計画が進みそうなことに気分がよくなり、意気揚々と村の子どもたちとのバティックの工作に使えそうな布を下見しにグラン・マルシェに向かった。グラン・マルシェには、食料品がメインのプチマルシェに対し、布やサンダルなどの日用品をメインに、様々なものが売られているのだ。
グラン・マルシェに向かう乗り合いタクシーの中には、助手席に香辛料のにおいをさせた黒いビニール袋を抱えたおばさんが乗っており、のぞみは後部座席の左側に乗っていた。乗り合いタクシーは、だいたい同じ方向の目的地に向かう乗客を路上で拾っては下ろして、なるべく常に座席を埋めつつ、ガソリンを無駄にしないように走っていく。
運転手は歩道で「プシッ」と言いながら右手を挙げているひとりの男性を拾った。
男性は「ボンジュー」と一言挨拶して、のぞみの隣に乗りこんだ。
ザルマ語の習得に熱心なのぞみは、タクシーの中も格好の練習の場として、意識的に乗客に話しかけることにしている。隣に乗りこんできた男性にも、「元気ですか?私は日本から来て、サガフォンドと言う村に住んでいるの」とザルマ語で話しかけた。
「サガフォンド?それはまたすごいところに住んでいるね」と男性は驚いた。
「私はのぞみ。ニジェール名はアミナ。あなたは?」
「カリーム」
カリームと名乗った男性は、「君はザルマ語が上手だね。実は僕はザルマ語があまり話せないんだ」と少しアフリカなまりだが流ちょうな英語で言った。
「え?ザルマ語が話せないの?あなたニジェール人?」
カリームは、クククッとおかしそうに笑った。
「北部のアガデズ出身でね。トゥアレグなんだよ」。
ニジェールには、ザルマ族やハウサ族、プール族、トゥアレグ族など様々な民族がおり、ニアメやサガフォンド村は、古くからザルマ族が定住していた地域のため、ザルマ族が多い。また、様々な民族がいるこの国では、自分の民族の言葉と公用語のフランス語、他の民族の言葉のいくつかを話せる人がそこらじゅうにいる。のぞみはニアメにいるニジェール人は皆ザルマ語が話せるものと思っていたが、彼のように北部出身者などには、ザルマ語を話さない者も多いのだという。
「トゥアレグの人、初めて会った」
アガデスを含む北部地域は、国際テロ組織アルカイダなどの外国人誘拐事件が多発するなど治安が悪いとされ、数年前からJICA関係者は立ち入りを禁止されている。
好奇心が旺盛なのぞみは、禁止と言われると余計その地域に興味がわいていた。
「アガデスは、治安が良くないから、私たちは行けないんだ。行ってみたいんだけど・・・」
「君たちにとっては治安が良くないと言われているだろうけどね、とても平和で、ニアメよりも清潔で、美しいところだよ」
「そうなんだ。リビアの国境に近いから、カダフィ大佐の影響が強くて、武装勢力に武器が流出しているとか言われていて。危険なところとばかり勝手にイメージしていたよ」とのぞみが弁解するように言うと、カリームは、
「カダフィ大佐のそのイメージも、君たち〝西側″の人間の勝手なイメージだよ。情報は多角的に集めたほうがいいよ」と挑発するような微笑を浮かべながら言った。
3年とは言え、一応は日本の大手新聞社に勤めていたのぞみだ。情報の集め方について、つい先ほど出会ったばかりのニジェール人に注意されるとは。のぞみは少しムッとして「そんなこと、言われなくても分かってるよ」と返した。
そこまでやりとりしたところで、タクシーはグランマルシェに着いてしまった。
のぞみは、この初めて会ったトゥアレグ族の男にもっと反論したかったが、渋々「またいつか」と言って降車した。
カリームも「またいつか。インシャアッラー」と丸い大きな目でのぞみの顔を見ながら応じ、彼を乗せたタクシーはまた先の目的地へと行ってしまった。
「インシャアッラーか・・・」
プチマルシェで出会ったアイシャも言っていたな。とのぞみは思い出していた。
直訳すると「アッラーの神の望むままに」という意味だ。
協力隊員の間では、ニジェール人たちが約束を守らない時の言い訳のようにとらえられていた。「3時にこの場所で、インシャアッラー」と言って、現れなければ、「神様が望まなかったのだ」と「言い訳」をするのだ。
「カダフィ大佐のイメージかあ・・。本当はどんな人なのかな」。日本の情報番組で見たカダフィガールズと呼ばれる軍服を着た美しい女性を引き連れたエキセントリックな人というイメージを持っていたが、それもあの人の言うように作られたイメージなのかもしれない。
のぞみはぼんやり足元の砂を蹴りながら、布屋が立ち並ぶ通りに向かって歩きつつ、先ほどのタクシーの中でのカリームとの会話を反芻していた。




