第三十話
十数台のシャトルバスが、大黒学院都市と呼ばれる区画へ突入する。
東京の北東部、ロボットの国際大会にも使われる大黒グラウンドを中心に、一キロメートルの商業地が大黒学院の管轄である。
現在は高い塀に囲まれた中央校舎と幾つかの学生寮のみが稼動しているが、それでも王楼学院全体の数倍の規模があった。
空一面を覆う分厚い雲。
まるでこれから起きる嵐の予感に鼻息を滾らせるように、冷たく強い風が町を吹き抜ける。
はためく制服を手で押さえながら、錚々たる面子が正門前に降り立った。
王楼、白木院、南陽の三学院合同部隊である。
「本隊、前へ」
真鈴の号令にしたがい、四十数名の連合本隊が正門の方に向き直る。
その向こうには漆黒の壁、ずらりと隊列を組んで並んだ大黒学院の防衛隊第一陣が、既に構えていた。
「作戦は変更無しだ。フラン、第一分隊は任せたぞ」
「い、いえっさー!」フランが上ずった声で応える。
「茅乃、ミネット。第二分隊は」
「ええ、大丈夫です。先輩。いつもの通り行きましょう」
茅乃が頼もしい言葉をかけ、真鈴は満足そうに頷く。
「では、始めよう。全員、深呼吸!!」
百数十名の呼吸がシンクロした。大きく吸って、一斉に白い息を吐く。
戦闘、開始だ。
流星群のように乱れ飛ぶ連合本隊のドールが、弾幕で戦線を築いていく。
赤、黄、青。
虹を思わせる光線の応酬を、大黒学院は統率された動きで真正面から受け止め、一歩も引かない。
熟練された対実包シールドは一瞬で連合軍の複雑高度な機関銃兵器を復号化し、悉くかき消してしまう。
かといってレーザーは何重にも貼られた撹乱幕に阻まれ、ブレードで突撃しようものなら一秒と経たず蜂の巣にされてしまうだろう。
この正門から一歩たりとも入れはしない。
そんな気迫が大黒の黒壁から伝わってくる。
なにより恐ろしいのは、それだけ強固な守りを作っておきながら全く必死さが感じられないことだ。
仮にここを突破したとして、第二、第三の防壁が連合軍を阻むだろう。
片や、一歩引けば後はない三校連合。
絶望的な戦力の差が、じりじりと真鈴たちを焦がす。
一方で、茅乃率いる第二分隊がやや離れた位置にある無人の旧校舎に登り、情報収集を開始した。
「茅乃さん、どうですか」
「ううーん、広いわね、大黒。此処からじゃ、グラウンドの少し先までしか見えない」
アメノの拡張アンテナがくるくると回転し、マップを構築していく。
「先輩、北東に120メートル、G4地点が最も手薄です」
『了解』
「源光寺さん、お願いします」
『わかりました。第一分隊、G4へ進行します!』
源光寺静紅の先導する第一分隊が茅乃の誘導に従って移動を開始する。総勢20名の攻撃特化精鋭部隊。
連合軍の、矛である。
「C4設置」
「OK。全員、構えテ!」
ステラが合図をして、姿勢を低くし耳を塞ぐ。
大きな爆発音と共に、大黒本校の隔壁が破壊された。なんでもアリである。
「よし、行きましょう」
静紅が先頭に立ち、ヘラクレスを起動する。
と、湧き上がる土煙の中に、無数の青い目が光った。
「源光寺! 伏せテ!!」
光弾の一群が、壊れた隔壁の中から襲い掛かる。
とっさに下がる静紅。その脇を、高濃度のレーザー弾が掠めていく。
「SHIT! 敵はいない、って話じゃなかったノ!?」
慌てて南陽の汎用ドールを起動するステラ。静紅は怯まず、
「ここは押し通る場所ですよ、玲歌!」
「はい、お姉さま」
玲歌がマイクを構える。
気付いた大黒の一人が妨害すべく狙撃するが、跳躍したヘラクレスの丸盾がそれを阻止した。
空間を支配する、なにわづの歌。
それは、どんな屈強な戦士達──大黒学院の精鋭達でさえも例外なく包む、鎮魂の歌。墜落するドール、麻痺する通信端末。
全てを飲み込む静寂が、敵も味方も沈黙させる。
──否、ただ二つ、動く影があった。
両手に電子の魂を宿し、自らの足で活路を開く南陽学院、ミシェル・アーバイン。
そして同じく両手に電子の狼牙を構え、その長い砲身であらゆる敵を蹂躙する平等院・フランチェスカ。
「フン! てめェら、覚悟しろよ」
「おらああぁぁっ!!」
ドールが動かなくても、人間が動けばいいのだ。
ミシェルが壁の中へと飛び込み、その後ろをフランの機関銃が追撃した。無慈悲な打撃が、動けなくなった大黒のドールを容赦なく砕く。
「ひぃっ」怯える大黒の少女を、ミシェルは残酷な笑みで見下ろす。
「はっ、ざまァねえな」
ガァン、と地面に打ち付けられたドールが、金属のひしゃげる音と共に全ての機能を停止した。
その横では無数の弾幕に、所持者ごと蜂の巣にされる別のドールの姿。
大黒学院が敗走を始め、玲歌のエーデルワイスがもう幾人かを追い討ちする。
「深追いはしなくていいわ」
「はい、お姉さま」
連合軍の〈矛〉が大黒の牙城を貫いた。
その知らせは、戦場全体を素早く駆け巡る。
「敵戦力の分散を確認。第二分隊、侵攻します」
茅乃がそう告げ、物見塔にしていた旧校舎を降りる。
外壁を破壊する奇襲にも見事対応した大黒陣営だったが、僅かな間だけ正門の陣形を崩さざるを得なかった。
その一瞬の隙を真鈴は逃さない。今や、優勢なのは連合本隊だ。
「どこから侵入しますか?」走りながらミネットが聞く。
「第一分隊と逆の方角、南西から。用具入れの裏がコールドスポット」
茅乃・ミネット、そして十数名の情報部員からなる第二分隊は諜報専門の精鋭部隊である。
旧校舎から野営地の中を通り、一時的に茅乃は真鈴の元へと合流する。
「先輩、第二分隊は作戦通り、南西より侵攻します」
「……いや、待て。茅乃」
真鈴は彼女を呼び止める。「何かがおかしい」
「何か?」
「戦線を見てみろ」
最早押し戻すほどの勢力を保てなくなった正門。
が、光弾の応酬は依然勢いを増している。
「おかしいと思わないか?」
「ドールが……多いですね」
そう、ドール──一人の所持者に一躯ずつ与えられる戦闘兵器、その数が残存する大黒の生徒に比べて明らかに多い。
多い? そもそも、一人の所持者が一躯しかドールを持てないのは何故か。
答えは、身につける制御端末の限界であり、所持者の能力限界である。ルール、ではない。
電脳戦争にルールはない。即ち、電脳戦争において『限界』などというものは、ただの思い込みだ。
はっとした茅乃が、アメノのレーダー出力を増幅し、探査する。
「違う……この人でもない……あっ!」
彼女はホログラムのディスプレイを凝視する。
屈強な図体の仁王立ちの青年。腰に付けた異常な数の通信端末。
「い、いました……彼です。名前は海道篤志。固有技能は【カリスマ】グレードC。ま、まさか、学生にこの技能を持つ者が居たなんて」




