第二十五話
「……今よ。環境遮蔽!!」
突如、カガリが浮き出るように現れる。
その位置、イヴから僅か距離3メートル。
手には減算合成された漆黒の剣が握られている。
イコナがカガリのためだけに作ったブレードは微小なNリソースの漏出さえも阻止し、いかなるレーダーやドール独特の強烈な光を元に居場所を追う人間も欺いて、その姿を完全に隠すことに成功したのだ。
イヴが慌ててショットガンをパージし、五つ目のパッチ、プラズマブレードを取り出す。
激しく交錯する刃と刃。
しかし、白兵戦での機動力とパワーはカガリの方が圧倒的に上である。
右から、左から、襲い来る斬撃をイヴがかろうじて受け流す。
「チッ。クロダ!」
「ええ」
上段に振りかぶったカガリの一撃を、イヴが真っ向から受け止める。
直後、イヴの手元が赤く光り、彼女のブレードが射出された。
巻き込まれたカガリのブレードも、同様に天井へと打ち上げられる。
すかさず、イヴがサブマシンガンを取り出した。
「勝った!」
「まだよ」
カガリがそのまま、右手に重心を預け、突き出した。
イヴの胴体に触れたその手元が、ぽうっと輝きを帯びる。
小さなブレードの先が、イヴの背中から現れた。
アルター・ブレード。吸収したリソースを元に作られたカガリの『隠し刀』だ。
「OH,MY!!」
「やっ、やったわ! イコナ!」
イコナに飛びつき、歓喜する茅乃。
目を覚まし始めた王楼学院生たちが起き上がり、状況を把握できたものから、イコナの方を見やる。真鈴も苦しそうな表情を浮かべながらも倒れた椅子を支えに、なんとかその光景を見ようと這い上がる。
ステラはうなだれて、両膝と手のひらを床に付け──邪悪に微笑んだ。
「なーんて、ネ」
ゆらり、と機能停止したイヴが実体を失い、虚空に掻き消える。
鈍い音が、カガリの身体の中へ深く沈みこんだ。
その背後には、飛んでいったはずのプラズマブレードを握るイヴの姿と、機動装置を持たない彼女をプリンセスのように抱える、アダムの姿があった。
「残念でしタ。サブマシンガンはブレードの付属武器。六つ目のパッチは、いーっちばん最初から使っていた、幻影装置、なのヨ」
「カガリ!」
『損傷甚大、行動フカ……』
カガリが、静かに目の輝きを無くす。
これで王楼学院は、全ての勝ちの目を失った。
そこに、轟音が響き渡る。
体育館全体が揺さぶられ、一角から白い噴煙が巻き起こった。
双方とも、その衝撃には覚えがある。電波暗室を破壊した、あの重機械だ。
白煙の中から、一人の女性が姿を現した。
肩上までの淡い栗色の髪に、涼しげな目元をした強烈な美人だが、その雰囲気は刺すように冷たい。
歳は20代半ばだろうか。
足先まである大きな白衣を纏っており、腕章には《《EDDA》》と描かれたロゴが刻まれている。その後ろを、桜色のドールが追って飛ぶ。
彼女は辺りを見渡し、イコナの姿を見つけると、驚愕した顔のまま固まるその場全員を意にも介さず、戦場の真ん中を横切って話しかける。
「神藤 明燈だ。神月博士の娘だな? ご苦労だった。聖櫃を渡せ」
そして彼女は右手を差し出す。
イコナは神藤の顔をじっと見つめたが、事態を上手く飲み込むことができず、身体が動かない。
激昂したのはステラだった。
「貴様! 誰ダ! 神聖な抗争に土足で!」
投擲されたプラズマブレードが神藤の眼前を掠るように飛び、体育館の壁面にぶつかって爆発した。
神藤は凍えるような眼差しでステラの顔を一瞥し、
「子供か。大人の邪魔をするな」
「大人が、子供の世界に口を挟むな!!」
憤怒の激情に呼応したイヴが瞬時に兵装をフルリロードし、その全てを一斉に発動する。
無数のミサイルが、レーザービームが、迫撃弾が、プラズマブレードが、神藤へと襲い掛かった。
神藤は、動かない。
彼女の代わりに、桜色のドレスを纏った彼女のドールが、その身に光を宿す。
識別子、サクラ。
アビリティは不明。
見たことのない、ドールだった。市販されているいかなるドールとも異なり、美しく無駄のない、神秘的な造形。
否、イコナは一度だけ研究資料でその存在を見たことがある。
プロトタイプ・ドール。市販品の懐中時計になる以前の、試作機だ。
「サクラ。オフェンス・シールド」
サクラの瞳がピンク色に光った。
どこからともなく十数体のドールが現れ、サクラの周りを取り囲む。
それらはまるで操り人形のように同期した挙動で攻撃に対して構えると、エネルギーの塊を手元で作り出し、迫り来る弾幕に向けて一斉に放った。
視界が白く染まる。
イヴの弾幕を遥かに上回る、激流のようなエネルギーの波がイヴとアダム、ステラとクロダを一瞬にして飲み込み、機能消失させた。
ショートして砕け散った端末の中に倒れこむ二人を横目に、神藤は呆れたような表情でイコナに告げる。
「こんな遊びに付き合っていたのか。任務を忘れるな」
「そっ、それは……」
明燈。
彼女は、イコナに指示を与えた『A』だ。
手元のデバイスに、彼女の固有技能は表示されない。表示する必要もない。
格が違うのだ。
彼女にとって電脳抗争は「子供の遊び」で、その言葉はかつてイコナが自分の任務を守るために使った拒絶の言葉より、ずっと重く、ずっと真実味のあるものだった。
「三度は言わない。聖櫃を渡せ。それでお前の任務は終わりだ」
「わ……私は」
イコナの声が震え、彼女は下を向いた。




