第9話 本当の気持ち
「眼鏡の弁償代なんて、本当はどうでも良かったんだ」
良家の子息らしい言葉だが、声には苦悩がにじんでいた。
「俺は山田と対等になりたくて……」
「なれるわけないよ」
反射的に口をついて出た言葉に、正隆ははじかれたように顔を上げた。
責めるような、すがるような眼差しに、モモは視線を泳がせた。
「い、伊集院君と私とじゃ、月とすっぽんだもん。 あなたは大会社の社長の息子で、お金持ちで、学校一、ううん、日本一頭が良くて、スポーツだってできるし、生徒会の副会長だし、背が高くて、足が長くて、顔も良くて、女の子は全員あなたのファンで……」
「全員じゃない」
「全員よ!」
「だったら、お前はどうなんだ!?」
「わ、私は……」
「誰に好かれたって、お前じゃなきゃ、意味ないんだよ!」
腕をつかむ手がふわりと離れた。
けれども解放されたと思ったのはほんの一瞬で、次の瞬間には息が止まるほど強く抱きしめられていた。
「きゃっ、な、何を!」
悲鳴まじりの声をあげると、黙れとでも言うように唇を塞がれた。
こじあげられた歯の隙間から、柔らかいものが入り込んでくる。
しびれた頭の片隅で、舌を入れられたのだと理解した。
息ができない。
酸素が足りない。
頭の中で何かがぐるぐる回っている。
それでも無意識に手を伸ばし、広い背中を抱きしめた。
(本当は好き。あなたが大好き)
ほらっ、心の中ではいくらでも言えるのに。
目尻から一筋の涙がこぼれ、モモの全身から力が抜け落ちた。
気を失った女生徒を抱きかかえた伊集院正隆が、真っ青になって保健室に駆け込んだというニュースは、放課後だったにも関わらず、瞬く間に校内を駆け抜けた。
貧乏を苦に自殺しようとしていた所を説得して思いとどまらせたとか、死者の霊に引きずられて屋上から落ちそうになった所を救助したとか、口から口へと尾ひれをつけながら伝わっていく話のほとんどは、事実無根のものばかりだ。