第7話 それでも距離は縮まらない
「家にも学校にも連絡済みだから、もう少し寝てろ。腹が減ったら一階に下りて来い。それからこれ、書ける所だけでも書いとけ」
押し付けられた書類は、とある公的機関の奨学金申請書だった。
「でもこれ、人数制限もあるし、申し込み期間だって……」
「そんなものはどうにでもなる。その代わり、バイトを減らして、勉強しろ」
部屋を出て行く後姿をぼんやりと見つめながら、思い出したように、小さな声で礼を言うと、正隆は眼鏡のブリッジを持ち上げて微笑んだ。
「眼鏡代は受け取っておく、これから仕切りなおしだ」
こんなにたくさん言葉を交わしたのは初めてだ。
避ける理由も嫌う理由も本当は何一つないのだと、今頃になって気が付いた。
「……でも……」
唇から漏れた言葉は震えていた。
高い天井を見上げながら、モモはなぜか涙ぐんでいた。
二年になっても正隆はやっぱり一組だった。
モモは七組になったけど、教室は相変わらず別棟だったから、距離が縮まったわけじゃない。
昨年十一月の生徒会役員選挙で、正隆は副会長に選ばれた。
一年生で副会長というのは、生徒会始まって以来だというけど、二年の先輩が会長に立候補していなければ、たぶん、正隆が会長になっていた。
「山田はいる?」
正隆の声を聞きながら、モモはこっそりと教室から逃げ出した。
まともに顔をあわせれば、挨拶ぐらいはするようになったけど、根本的には何も変わらない。
モモは相変わらず正隆から逃げ回っていた。
「ねえ、どうしてよ!?」
友人の顔を見つめたまま、モモは困ったように目を伏せた。
二年になってぐんと背が伸びた正隆は、日本海軍の士官服がモデルだという濃紺の制服が、怖いほどよく似合っている。
あの隣にいても良いのは、美しく聡明な名家の令嬢だけだ。