第5話 新聞配達
モモの朝は新聞配達から始まる。
最近は健康維持のために新聞配達をしている年配の人なども増えていて、バイトの募集を見つけるのも容易ではなかった。
名の知れた全国紙や地元紙は軒並みダメで、マイナーな上にもマイナーな日日新聞が、少ないバイト代ながらもモモを雇用してくれた。
珍しく配達先が増えたということで、新聞を満載した自転車をヨロヨロとこぎながら、地図上にバッテンが記されたその場所まで言ってみると、あきれるほど大きな屋敷が立っていた。
門の前に一人の少年が仁王立ちしている。
まだ、朝の四時半だというのに、カジュアルななかにもピシっとした服を着て、これから外出でもするのだろうか。
「おはようございます!」
笑顔で新聞を差し出したモモは、相手の顔を見るなり、「あ」と小さな叫び声をあげた。
バサリと落ちた朝刊を、少年は無言で拾い上げた。
何かを確認するように新聞を見つめていた瞳が、ゆっくりと少女の方に向けられた。
「噂は本当だったのか」
ぽつりと呟き、痛ましそうに目を細めたのは、あろうことか伊集院正隆だ。
言葉を失ったモモの背後から、絶妙のタイミングでバイクが近づいてきた。
正隆は、バイクに乗った青年が差し出した朝刊を受け取る代わりに、立派な門に付けられた新聞受けを指し示した。
新聞受けにはすでに四種類もの朝刊がおさまっている。
「もっと、らくに稼げるバイトがあるはずだ」
さがしてやろうかと声をかけらえて、モモは唇をかみしめたまま首を横に振り、拒絶するように背を向けた。
なんて陰湿ないじめなんだろう。
雨の日も風の日も、正隆は門の前で待っている。
「お客様への挨拶は仕事の一部だからね」
販売店の店主の言葉を思い出し、モモはもごもごと朝の挨拶を口にした。
差し出された朝刊を受け取りながら、少年は挨拶とは全く別の言葉を言いたげに口を開くのだが、言葉はなぜか出てこない。
(こんな所、長居は無用だ)
強く自分に言い聞かせたモモは、相手の目を見ないようにして、急いでその場を後にした。
母は体調が悪くて、仕事を休みがちになっていた。
生活は破綻手前のところまできているに、「ごめんなさい」を繰り返すだけで、生活保護を受けようとは絶対に言わない。
朝は新聞配達。
学校が終わればコンビニエンスストア。
こんなに仕事漬けの高校生なんて他にいないから、成績は落ちる所まで落ちてしまった。
正隆の上履きを踏んづけた時から、何一つ良いことがない。
まさしく最悪の高校生活だ。