第3話 メガネ王子
悪夢のような日々が始まった。
正隆は毎日のようにモモの教室に現れる。
借金取りから負われる債務者のように、モモはそのたびに逃げ出した。
「伊集院様からどうして逃げ回っているの?」
帰ろうとした途端、クラスメイトに腕をつかまれた。
無邪気な質問に答える前に、公立高校の生徒らしからぬ呼称の方に驚かされた。
「いじゅういんさまぁ!? さまって何? ひょっとして、そんな風に呼ばないと殴られるとか?」
こぼれるほど目を見開いて身を乗り出したモモを見て、クラスメイトは声をあげて笑い出した。
「何言ってるの? 伊集院家は元華族で、伊集院様のおじいさまは日本を代表するISグループのCEOよ。お父様はIS商事の社長だし、伊集院様はその一人息子で……とにかく、私たちの憧れの王子様が、人を殴ったりするわけないじゃない」
「王子様!? 王子様がなぜ公立高校に!?」
素っ頓狂な声を張り上げた途端、背後で人の気配がした。
放課後になると同時に教室を飛び出さなかったのは、とんでもない失策だった。
入口のドアをふさぐようにして、伊集院正隆が立っている。
「と、とにかく急ぐから」
あわただしく手を振って、障害物のない方のドアから逃げ出そうとしたが無駄だった。
脱出路をもとめて走り出した途端、すばやく移動してきた正隆に、ぐっと肩をつかまれ、引き寄せられた。
入学式から二ヵ月半。
眼鏡はとっくに新調されているし、大会社の社長の息子なら、これほどしつこく取り立てにくる必要もないと思うのだが、もちろん、そんなことが言える立場ではなかった。
「お願い、話を聞いて!」
「いつも話を聞かないのは、お前の方じゃないか」
懇願するように叫ぶと、冷ややかな声が返ってきた。
「と、とにかく、わけを話すから、こっちへ……」
我が家の苦境を大勢の前で公表する気にはとてもなれない。
人目につかない場所へ移動しようとして相手の腕を引っ張ると、遠巻きに見ていた女生徒からブーイングがおこったが、当の本人は意外にも素直についてきた。