第10話 接点なんかなかった
「本当にかっこ良かったんだから!」
「私も見た、ドキドキしちゃった」
「いいなあ、私も伊集院様にあんな風にお姫様だっこされてみたーい!」
話題の王子様をひと目見ようと集まってきた少女たちは、保険医によって保健室から締め出され、それでも諦めずに扉の向こうにたむろしていたが、たまたま廊下を通りがかった体育教師の一喝で、クモの子を散らすようにいなくなった。
ベッドのそばのパイプ椅子に腰掛けた正隆は、両手で顔を覆ったまま動かない。
「考える人」を何倍も深刻にしたようなその姿に、思わず手を差し伸べたくなる。
「あの……」
ためらいがちに声をかけると、機械仕掛けのようなぎこちなさで上半身がゆっくりと持ち上がった。
眼鏡をかけていない顔は蒼白で、悲しいほどに無表情だ。
「俺は野蛮で、強引で、世界一の愚か者だ。お前には全くふさわしくない」
淡々と告げる声。
けれども膝の上で固く握り締められた手は、震えている。
「すまなかった」
何かを振り切るように立ち上がった正隆は、深く、深く頭を下げて、静かに保健室から出て行った。
翌日から、正隆がモモの教室に姿を見せることはなくなった。
新聞配達のアルバイトは、奨学金を受け取ると同時にやめてしまっていたから、正隆との接点は煙のように消えてしまった。
(ううん、違う、接点なんて初めからなかった)
生徒会長としての最後の演説をするために、よどみない足取りでステージに向う正隆を、まぶしい思いで仰ぎ見る。
噂では東大の経済学部を受験するらしい。
卒業後はハーバードのビジネス・スクールへ進むという。
凛とした瞳の先には果てしなく広がる輝かしい未来が待ち受けているのだろう。
モモの成績は二年生になってから持ち直し、地方の公立大学に辛うじて滑り込むことができた。
その頃には、失踪していた父が自殺していたことが判明し、生命保険が入ってきたことで、皮肉にも生活苦から解放されていた。