第1話 運命の入学式
その日は高校の入学式だった。
大勢の生徒に押されるようにして急いで講堂に駆け込んだモモは、つま先に感じた奇妙な感触に瞬間的に動きを止めた。
モモに上履きのかかとを踏まれた男子生徒が前のめりになったのと、すぐ後ろにいた生徒がモモの背中にぶつかってきたのとは、ほとんど同時だったと思う。
「きゃあ!」という少女たちの悲鳴をどこか遠くで聞きながら、モモは目の前で派手に転んだ男子生徒を茫然と見下ろした。
「ごめんなさい!」
急いで謝罪の言葉を口にすると、すばやく身を起こした少年は、何も言わずに切れ長の目を剣呑に細めた。
(こ……こわい)
野生の小動物が、猛獣に出会ったかのように、モモの顔が青ざめる。
恐怖でペタリと膝をついた時、何かがパリンと音をたてて割れた。
「お前……」
何か言いかけた相手を無視して、壊れた眼鏡を差し出したモモは、最後にもう一度、謝罪の言葉を繰り返し、入学式の開始を告げる教師の声に救われた思いで、あたふたとその場から逃げ出した。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
バクバクする胸を押さえて椅子に座っている間も入学式は粛々と進行し、在校生代表の祝辞に続いて、新入生代表による答辞が始まった。
壇上に立ち、よく通る声で淡々と答辞を述べる生徒を仰ぎ見て、モモの心臓はぴょんと極限まで跳ね上がった。
片方のレンズが完全に抜け落ち、もう片方のレンズには無残なヒビが入っている。
それでも表情を変えることなく完璧なスピーチを披露しているその人は、さっき自分が大勢の目の間で転ばせた男子生徒だった。
新入生代表として答辞を述べることは、成績トップで合格した生徒の役目だ。つまり目の前の少年は、他校生から皮肉と羨望をこめて「東大予備校」などと呼ばれているこのエリート高校の頂点に立っているということになる。
モモは相手の視界に入らぬよう、限界まで身を縮ませた。
「新入生代表 伊集院正隆」
名前からして賢そうな少年は最後にぺこりと頭を下げた。