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幻の夜  作者: 鶉月翠
一章
8/22

四 外幕

 昼間のセイラムの街を、ナイと共に会話を交わしながら歩いていた。

「さて、どうするかな? これから」

「とりあえずそれはないから」

 私が言い終わる前に被せる様に喋るナイ。酷いじゃないか。最後まで人の言葉は聞くものだ。

「まだ、何も言えてないのに否定をするのかい?」

「しとくよ。ロクな事にならない気がするし」

「ふむ。会う度に邪険にされている様に思えてならないのだが、どうだろか?」

「気のせいじゃないかい?」

 ナイと交わされる会話は半分以上冗談交じりである。お互いの事をある程度以上理解している為、虚飾に満ちた会話を愉しんでいる。また裏で何を考えているかを探り合っていたりもする。こういった迂遠な会話は私とナイにとってはまぁ一種のスパイスの様なものか。

「あれ、あそこにいるのは」

 ナイが前方の方を見遣り呟く。その呟きを聞き同じ方を見る。思わず本音がこぼれる。

「おや、あれはメイじゃないか。ふむ。随分ご無沙汰だった気がするな。これはタップリと堪能せねばなるまい」

「程々にね。先に言って声掛けるから、後からレヴは来てよ」

「ああ、任せたよ」

 ナイはメイの処に向かう。ナイは私がメイに行う行為を止めよとしない。むしろ推奨さえしている。つまり、、ナイは囮役としてメイの処へ向かったのだ。そして注意を引き付けている間に私がメイの下に忍び寄る。完璧な連携作戦だ。さあそろそろ往こうか。

 メイの背後へと気配を消して近寄る。目の前にはナイと話すメイの後ろ姿。

「はぁ、今日は折角贈り物を用意したのに」

「……何それ。頭何処かにぶつ……ひゃ」

 ナイが贈り物をと言い、それに対して言葉を返している最中に抱きつく。可愛らしい悲鳴が漏れた。うむ。柔らかい。何故こんなにも柔らかく良い匂いがするのだろうか。至福だ。

「ちょ……や……」

 メイが体を捩り私の腕の中から逃れようとする。割と本気で逃れようとしている。恐らく、いや確実に私だと気付いたのだろう。そもそもこんな事をするのは私しかいないし、気配を消すのも止めている。振り向けずとも分かるだろう。しかし、久しぶりなのだ。逃す訳がない。力の方向を上手く制御しメイが暴れても抜け出せないようにしつつ、優しく抱きしめる。

「……ん……あ」

 メイから零れる吐息。堪らない。

「うーむ。相変わらず抱き心地がいいな君は。それにしても、会わない間に一段と可愛くなったのではないかい?」

 素直な感想を述べるのだが、メイは抵抗を続ける。

「……は……はなし」

 止む終えまい。奥義を使うしかないだろう。この封印は解きたくなかったが。

「いやいや。本当に成長したものだ。それにしてもここはあまり成長してないようだが」

 今放たれる最終奥義神の御手ゴッドハンド

 ふにふにふにふに(揉んだ)。

「な……な……」

「ふむふむ」

 絶句するメイ。その反応を見ながら更に放たれる奥義。

 ふにふにふにふに(更に揉んだ)。

 ふにふにふにふに(揉みしだいた)。

「や……やめ……」

「しかし、触り心地は申し分ないな」

 声が震えている。ひょっとしたら涙目になっているかもしれない。だが止めれるはずがないではないか。

 ふにふにふにふに(愛情を込めて揉んだ)。

 メイ分を十分に堪能していた私の耳に少女の声が届く。

「リン」

 声のした方に顔を向けると、美少女と評しても問題ない少女が金色の髪をなびかせながら小走りに此方へ向って来ている。正確には私の近くにいる少年――リンの方へと。リンと言う名を呼ぶ事から推測し、少女がナイから聞いていたミリアだろうと判断する。特徴も聞いていたものと一致。

 ふむ。メイは十二分に堪能させてもらった事だし次は……。メイを優しく解放して、《力》を使い気配遮断と身体強化を同時に行う。そして駆ける。リンの横を抜けてから少し膨らんでミリアの後ろに回り込む。ミリアは気付けていない。《力》を使うのを止めて、躊躇わずに抱きしめる。

「うむ。これは……」

 抱きつかれたミリアは完全に動きを止めていた。先程正面から見たミリアを思い出しながら言葉を紡ぐ。

「メイとはまた違うこの抱き心地。実に良い。それにしても君もなかなか可愛いな」

 無反応だった。暴れられるのも困るが、反応がないのも困る。いや、困ると言うよりは面白みがない。抱きしめながら耳元に息を吹きかけたり、頬に頬擦りしたりと色々試すが無反応。ふむ。揉むか。奥義を放とうかと考えていた処にナイから声が掛かった。

「レヴ。そろそろ止めてあげたらどうだい? 初対面で流石にそれ以上は拙いんじゃないかな?」

「ふむ。そうかな? ところでこの娘の名はなんと?」

 聞いてはいたが敢えてもう一度訊く。それに答えてくれるナイ。

「ミリアだよ」

「良い名だ。十分堪能した事だし、もう少し親密になってからの楽しみとするさ」

 抱きしめていたミリアを解放すると、小走りにリンの背後へと回り込み、私から身を隠す。……何気に落ち込んだ。そんな私にナイは近付き「嫌われたかな?」と、言う。その可能性もあるだけに何も言えなかった。私の反応も気にかけずナイはリンを呼んでいた。

「リン」

 呼ばれて、ナイの方に向くリン。

「一応紹介しとくよ。と言っても僕はしないけど」

 ナイはリンにそう言って私を見る。それ受けてリンに対して口を開く。

「ふむ。君は?」

 リンの名前も聞いてはいたが、これも敢えて訊く。やや困惑顔で答えるリン。

「……リンです」

 リンの困惑の原因は私の態度だろう。今気付いたと言わんばかりに訊いたからな。実際、ミリアがリンの名を呼ぶまで気にもしていなかったし、ミリアを堪能中も気にしていなかった。それにしても。

「ふむ。男なのか」

 正直な感想を言ったのだが、リンは妙な表情をしている。からかうのは止めにして名乗る

「ウィレーヴ・テイン・グランハイムだ」

 名乗りを聞きリンは佇まいを正していた。真面目な少年だ。

「私の事はレヴと呼んでくれて構わないよ」

 そう言って手を差し出すが、リンは不思議そうな顔をしてその手を見ていた。おや、と思いつつリンに言う。

「おや? 君には挨拶の時握手をする習慣はないのかい?」

 そうしてようやく差し出していた手を握る。

「よろしくだ、少年」

「……こちらこそ」

 この後、リンはメイとミリアに連れられて離れていった。と、同時に掛けれらる言葉。

「あんたはまた、メイを困らせて」

「おや、そう思うなら止めに入ったらどうかな?」

「はー、あたしが見たときにはナイが止めに入ってるとこだったから」

「で、今ご登場と云う訳かな?」

 その人物と軽口を叩き合う。先程から気配を感じ取っていたので、そろそろ此方に来るだろうとは思っていた。

 近寄ってきた人物――ネーナは無二の親友と言っても過言ではない。もっともネーナに言わせれば腐れ縁だの悪友だのになるのだが。だが、それも仕方がない。ネーナがこの街に来てからの十二年になる付き合いだ。

「さて、とりあえずどう懲らしめてやろうか」

「物騒極まりないね。君は私をどうする気かな?」

「あんたの方が余程物騒よ。世の為、更生する気はない?」

「ないな。あれは私にとって必要不可欠な事だ。息をするのと同義だよ」

「へー、そう。ナイ、そこで傍観してないで、こいつを連れて行って」

「……はー、折角話しに加わらない様にしてたのに、此方に振るのかい?」

「そうよ。あたしはメイ達を追いかけるから。後は任せる。もし連れて行ってなかったら、あんたも同罪だからね」

「酷いなぁ。仕方がない。レヴ行こうか」

「おや君は私を裏切るのかいな?」

「ネーナには逆らわない事にしてるんだ。僕の身の安全の為に犠牲になってくれ」

「む」

 ネーナは私達の会話する姿を見ながら、言った通りにメイ達が行った方向へ駆けていく。毎度ご苦労な事だ。そう思うならやめなさいよ、と聞こえてきそうだ。メイ達の方は任せるとして、ナイは本当に私を連れて行く気か? と思ってナイを見たら、手を引かれた。……どうやら逃げられないようだ。仕方ない。これから後の記憶は封印するか。



 夜。暗闇が辺りを覆っている。虫の音も聞こえなくなる深夜。

「此処か」

 先程までナイの処に居た。夕方以降街で調べ物をしてから、ナイの家へと向かいリンとミリア、二人の事を詳しく聞いた。そして今、リンが魔獣に襲われた場所に来ている。警団の報告書の記載とも一致する。

「ふむ」

 辺りを見回す。暗視によって視界に映る光景は昼間と変わらない。然程時間を掛けず目的のものを見つける。警団も調査に訪れている為、調べられた後で当時の状態はもう保たれていない。だが、微かに残る《力》の残滓。警団には見つけられなくとも自分なら見つける事が出来る。そう思い来たが正解だったみたいだ。しかし。

(魔獣の足跡そくせきが追えない? やはり、自然発生ではないのか?)

 気になるのは魔獣だけではない。ミリアの事も気になっている。リンとは昼間握手した時に視たが、大した《力》は扱えないようだ。だが、ミリアは違った。直接触れていたにも関わらず、視えなかった。それは即ち自分と同等か、それ以上の《力》を持っている事になる。ナイがリンから話を聞いた後ミリア本人から事のあらましを聞いてはいたが、流石にそれだけで判断は出来ない。ナイも疑ってはいるもののそこまで危険視はしていないみたいだった。

 大地に残る《力》の残滓に触れる。グランハイムだからこそ出来る方法だ。そこから場に残った記憶を読み取る。本来なら時間経過とともに消えていたであろう《力》の痕跡。微かとはいえ《理》に修正されず残っていると云う事はかなりの扱い手と云う事になる。

 自身の内より外の場へと働きかける。再生される過去の幻影。そこで視たものは。

 少年が仰向けに倒れていた。その腹部を魔獣の牙が貫いている。右腕は無残に切り裂かれ、左腕はあらぬ方向へと曲がっていた。前者はおそらく魔獣の前脚にでも払われ、後者はそれによって吹き飛ばされた際にだろう。少年の内面でどのよな思考がなされていたかは流石に視えない。が、すぐに変化が訪れる。少年に噛み付いていた魔獣が吹き飛ぶ。吹き飛ぶなどと生易しい表現ではなく、塵になって消し飛んでいる。それと同時に少年の傷が塞がり始めた。そして、少年より少し離れた場所に突如顕れる少女。金髪金眼。およそその場に似つかわしくない存在。魔獣達がその存在をみとめた途端、恐怖で錯乱したかの様に少女に牙を剥き襲いかかる。一瞬後に訪れた惨劇。相当数の魔獣が物言わぬ塊に成り果てていた。魔獣の血によって染められた地面に立つ少女を、倒れていた少年は気がついたのか、仰向けのまま頭だけを動かし見ていた。その少年に向いて少女は『ボクはミリアだよ。よろしくね、リン』と、場違いな自己紹介をしていた。そして過去の幻影が消える。

 十分だった。十分過ぎるほどだ。ここまで視られるとは思いもよらなかった。想像以上にミリアの《力》は強いと云う事が分かった。魔獣の件については答えは出なかったがミリアについてはある程度の予想と確証が得られた。

「さて、想像以上、いやナイに言った通り起きた事がないと言って起きないとは限らないか。自身の想像で限界を設けるのは下策だな。愉しくなりそうだ」

 不適切な言葉か? と呟きつつこの場を去る。

 今晩中に他の場所もある程度回るとしようか。

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