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幻の夜  作者: 鶉月翠
一章
4/22

 想像して欲しい。

 朝、ベッドの上で目が覚めて、隣を見ると金髪の美少女が寝ている状況を。

 うん。俺だって何を言ってるのか分からない。

 いつも通り目覚めて、ふと横を見ると金髪の美少女が隣で寝ていた。いやいやいや、何これ、何それ、どういう事だ!? 落ち着け俺、そうだ落ち着け。そう、これは夢かもしれない。落ち着けていない気もするがこの際どうでもいい。とりあえず定番の頬をつねる。を、実行。……痛い。なら、女の子が幻だ。作り出された妄想だ。髪あたりを触ってみようと手を伸ばし、はたと気付く。混乱しつつも、いつの間にか上半身を起こしている。その際に掛け布団も一緒に動かしている。つまり、彼女の体が布団から覗いている訳で。

 それがどうした、と言われそうだが少女の状態が問題で。

 ああ、もう一度最初から。

 想像して欲しい。

 朝、ベッドの上で目が覚めて、隣を見ると金髪の美少女(全裸)が寝ている状況を。

 俺は慌てて布団を少女に掛け直し、ベッドから出て床にへたり込む。驚きの連続で逆に正常な思考が戻って来たらしく、ある程度冷静に今の状況を把握し直す。

 ナイの家だよな、ここ。部屋も俺が借りてる所で間違いないし。まさか、俺が連れ込んだ? いや、覚えがない。全くもってない。じゃあ、いったいこの状況は?

 少女の方を見る。あれ、何か見覚えないか、この娘。少女の顔をもっとよく見ようと少しばかり体を乗り出す。

「……ん」

 少女の口から吐息が漏れた瞬間、慌てて体を戻した。身じろぎして、目を覚ました少女が上半身を起こす。顔をこちらに向けた少女と目が合った。

「おはよう」 

 寝ぼけ眼ながら、柔らかく微笑み挨拶する。そのまま体をずらしてベッドの端に座る少女。

 俺はというと全力で視線を逸らしていた。そんな俺に少女の声が掛かる。

「どうかしたの?」

 そっちがどうかしたの、だ。目の遣り場に困る。非常に困る。服を着てない事を分かっているのか、いないのか。

「ふ、服。着るか、せめて布団で隠して」

 少し声が裏返ったが言いたい事は言えた。のだが、少女の爆弾発言が続く。

「……なんで? 一夜を共に過ごした仲なのに」

 だーー!! 何を言ってますか、言っちゃってますか!!

 確かに同じベッドで一夜を過ごしたんだろうけど。何か別の意味合いに取れなくもない。

「い・い・か・ら、隠せ!!」

 問答無用と強く言いきる。俺の理性が正常な内に隠して欲しい。このままだと、やばい方向に足を突っ込みそうだ。いや、まあ、ある意味美味しい状況とか言われそうだけど何ていうかこのままでは駄目だと言うか何が駄目かなんてなんで駄目なんだ勢いに任せるべきなのかどうかそれはむしろ駄目だ。心の中では冷静になりかけてた思考がまた混乱していたりする。何ていうか情けなくないか俺。

 んーー、と言いながら渋々と布団を体にまとわせている気配がする。もういいかなと、ちらっと見ると布団で体を隠し終わっているのを確認出来た。とりあえず視線を少女の方に戻し、疑問を口にする。

「君、誰?」

 そう口にした瞬間、少女の表情が何を言ってるんだこいつ? と言わんばかりのものに変わったように思えた。……実際は表情に変化はなかったのだが。

 少女は瞬きを二、三度した後、不満そうに言う。

「んー。自己紹介はしたんだけどな、ボク」

 ……あれ、そう言えばさっきも顔に見覚えがあるように感じたけど、声も喋り方も聞き覚えが。

「……ミリ……ア?」

 自信なさげに頭に浮かんだ名前を言い確認する。不満顔から一転、微笑みながら答える少女。

「うん。そうだよ。昨日の事なのに、もう忘れられたかと思ったよ」

 昨日……。そうだ。確かにそうだ。見覚えがあるはずだ。

 何より息を吐くことも忘れる程に見入った美少女と呼べる容姿。長い金の髪に白磁の美貌。美貌のなかに浮かぶ二つの宝石を思わせるみどりの瞳。綺麗と表現するより可愛らしいという表現が似合う。少女特有の幼さから成熟さへと変わる独特の雰囲気をまとっている。

 あの時は分からなかったが改めて見ると小柄なのが分かる。腰掛けているのを差し引いても俺より幾分か背は低そうだ。けど待て。瞳の色、違わないだろうか。月の光に照らされた少女の瞳は金色ではなかったか。

 しかし、その疑問は違う疑問に変わる。……昨日。出会ったのは昨日。何で俺はここにいる? どうして今の今まで忘れてたんだ。薬草を採りに行って、魔獣に襲われて、重傷を負って、目の前の少女に助けられた……。 その後、気を失ったはずだ。ミリアが此処に俺を連れてきた? 場所も知らないはずなのに?

 昨日の事を思い出し一気に頭の中が疑問に埋め尽くされた。

「……昨日、俺を助けてくれたんだよな?」

 それでも、確認の言葉が出た。

「うん。そうだよ」

 先程と同じような返答。その答えを聞き、疑問はとりあえず置いといて。

「その、助けてくれてありがとう」

 感謝の意を伝えた。何より生きてこの場に居られるのはミリアが助けてくれたお陰だ。俺の言葉に微笑のみを返すミリア。何とも言えない空気が流れる。――次の瞬間までは。

「リン、起きてるかい?」

 言葉と共にナイが扉を開けて入ってくる。が、足が部屋に踏み入るかいないかの所で止まる。沈黙。数瞬後、ナイが言葉を発する。

「はぁ。リン、連れ込むなとは言わないけど、朝から乳繰り合うのは止めてくれないかな」

 この状況をどう受け取ったのか、ナイは俺にとっては二つ目になる爆弾を投下した。

 ち、乳繰り合うって。無駄に理解があるのはいいが、誤解してないか。説明する事を考えると頭が痛くなってきた。


「つまり、採取の時に魔獣に襲われてたのを助けてもらったと。で、連れ込んで今に至ると」

「いや、だから連れ込んでないって」

 俺が現状で分かる事を説明し終えると、それを簡潔にまとめるナイ。そのまとめの一部に突っ込みを入れるが無視された。

「けど、まさかあの場所に魔獣が出るなんて」

「出た事、一度もないんだよな?」

「僕の知りうる限りでは、だけど。でも街の近くだし、目撃されてたら間違いなく危険区域に指定されてるよ」

 やはりと言うかナイにも想定外の事だったみたいだ。珍しく渋い顔をしている。

 今俺たちは部屋を移し、いつも食事をする部屋で話をしている。テーブルを挟んで対面に俺とナイが座り、俺の横にミリアが座っている。ちなみに服は着ている。何故か、そう何故かあったメイの服をナイが持って来たのだ。サイズが合ってないみたいで、服がダボついているが特に気にした風もなく、俺たちの話を聞いている。もちろん、ナイとミリアの自己紹介も終えている。

 昨日の事だが全て話した訳ではない。俺が本当は重傷を負っていた事、ミリアが俺を助けるに至った経緯をごまかしている。前者の方は無駄に心配をかけたくなかったのと、後者の方は俺自身も実は把握しきれていないためだ。

「でも、リンが無事でよかったよ。偶々同じ薬草を採りに来てたミリアに感謝しないとね」

 偶々と言う時に含みがあるような言い方だった。……やっぱりミリアの事は不審に思ってるみたいだ。それでも追及はなかった。

「本当によかったよ。俺じゃ魔獣に太刀打ち出来なかったし」

 ははは、と軽く笑いながら答えておく。

「魔獣があの区域に出た事、報告しとかないとね」

「……そうだよな。また出たらまずいし」

「ま、昨日の事、特にミリアの事は言及しないであげるから警団への報告はよろしく」

「……へ。俺?」

「当然。当事者が行くのが筋だよね?」

 反論は認めないとばかりに、にっこりと笑顔で言うナイ。何かこわいんですが、その笑顔。

「……はい」

 素直に頷いておいた。

 それにしても、これで二度目。ナイに喚び出されてから死ぬ思いをしたのは。いや、ま、二度目――昨日は死ぬ思いではなく本当に死にかけたんだが。ここに来てから1ヶ月と経っていない間に自分から危険に飛び込まず、そうなるのは十分過ぎる程に不幸なのでは?

 そんな事をふと、考えていたせいかポロリと言葉が漏れた。

「ナイに召喚されてからツイてない……」

 さっきの笑顔とは対照的に渋い顔になるナイ。

「……はぁ、さすがに今回は僕の落ち度だね。予想出来なかったとは言え、君を危険な目に合わせたんだから」

 珍しく殊勝な事を言っているが、召喚の件は僕の落ち度じゃないと言っているようにも聞こえる。とりあえず小声で「召喚も落ち度じゃないんかい」と、突っ込んでおく。

「リンを召喚したのは、ナイじゃないよ?」

 思わず俺とナイはミリアの方を見た。ナイには耳に入らない小声も俺の隣なら入る。それに反応しての言葉なんだろうけど、今すごく重大な事をさらりと言わなかったか、このちっこい娘は。

 俺たちの視線が集まっているのに気付いているのかいないのか、湯飲みを両手で持ってお茶を飲み、ほう、といって吐息を漏らすミリア。

 そんなミリアにナイが固い声で問い掛ける。

「リンを召喚したのは僕じゃないって、どういう事?」

 その疑問はもっともである。俺も疑問に思う。ナイが問い掛けなかったら俺が問い掛けていた。

「んー? 言葉通りだよ」

 何でそんな事訊くのといわんばかりの態度である。

 ナイの続く言葉もさらに固さが増す。

「説明してくれるよね?」

 余分な言葉をつけない問い掛け。それだけに妙に迫力と言うか、圧力があるように感じられる。

 言葉を向けられていない俺がそう感じられるのに、当のミリアは特に気にしてもいないように見える。実際先程と同じような感じで答えていた。

「んー。ボクが説明するの?」

「君以外に誰が出来るのさ。僕やリンの知らない事を答えられる君しか説明は出来ないだろう?」

 ナイがいつもの調子に戻っている。ミリアの変わらない態度に毒気を抜かれたか脱力したか。

 んー、と言いながらまたお茶を飲み、息を吐くミリア。

「そうだね。説明すると、ナイがボクを召喚して、ボクがリンを召喚したんだよ」

 簡潔な説明だった。

「僕が召喚したのはリンじゃなく、ミリアだった……?」

 ナイの確認の意味を込めた呟き。

「俺を召喚したのはナイじゃなく、ミリアだった……?」

 俺もナイと同じく呟きが漏れた。

 どうやらミリアとは昨日会うより前に召喚者と被召喚者として関わりがあったみたいだ。

 俺たち二人が召喚という形でミリアと関係のある事が分かったが、何故そんな事になったかが分からない。それに、ナイに召喚されたというなら俺が召喚された時にミリアは何故いなかったのか? その事を説明できるのはナイの言う通り彼女しかいないだろう。その疑問を(俺と同じ事を思ったのだろう)ナイが口にしていた。

「僕が君を召喚したというなら、リンが召喚された時に君は何処にいたのさ? それ以前にどうしてそんな事になったんだい?」

 二人してミリアの返答を待つ。

「んー。正確に言うとナイの召喚は失敗してたんだよね」

 またさらりととんでもない事を言う。

 これには俺も思わず疑問の声が出た。

「ちょ、ちょっと待った。失敗って」

「君は召喚されて此処にいるんだよね? 失敗なら君が此処にはいない事になる」

 後を継ぐようにナイが言葉を重ねる。

「うん。失敗はしてた。けどボクがそれに応えたの」

 ミリアの答えに表情を険しくするナイ。だけど、険しくなる理由が分からない。

 俺たちの内心を余所に話しを続けるミリア。

「ボクはボクのいる世界からいなくなりたかった。だから、千載一遇の機会に賭けたの。でも、完全に召喚は行われなかった。失敗した召喚に無理矢理乗りかかったせいで。んー、どう言えばいいんだろう召喚されてるのに召喚されてない状態? えっと、ま、不完全にこの世界に召喚されたの。それでね、リンを召喚したんだ」

 最後の言葉が前の言葉に繋がっていない気がするんだけど。それ以前に話が色々と端折られてないか? 理解が追いつかない。それでも何とか経緯は分かったが、そこで何で俺を召喚する必要があるのか。それにいなくなりたかった、て。

「つまり君はリンという楔をこの世界へ打ち込む事によって、不完全なものを完全にしようとしたのかい?」

 ナイは理解してるのか、俺を召喚した経緯をそう訊いていた。いや、俺、話についてけてないんですが。俺の事を置き去りに話は進む。

「うん。でも、召喚は成功したのにリンへ声が届かなくて」

「なるほどね。それで、君の声は昨日漸く届いたわけかい」

 だから、分からないって。二人で話しを進めないでくれ。とりあえずこの質問だけはしておかないと。

「質問。結局、俺はどうして召喚されたんだ?」

 この疑問にはナイが答えてくれた。

「リン、とりあえずミリアが不完全に召喚されたというところまではいいよね?」

「あ、ああ。そこまでは」

 実は良くないけど、今はとりあえず聞いておこう。

「まず、僕の召喚は失敗している。だから、ミリアはこの世界に不完全に召喚された。そこで、キミを召喚する事にした。召喚は成功し君はこの世界へ現れる。けど、いるはずの召喚者がいない。当然僕は君の召喚者じゃない。ここで矛盾が生まれる。いなければいけない者がいないというね。つまり、被召喚者リンがいるのに召喚者ミリアがいないという矛盾を造りだし《世界》に正させたんだよ。かなり、強引なやり方だけどね」

 ……なぁ、ナイさんや。俺がナイの言うところの《力》を理解しているという前提で話していない? それはそうと。

「……俺である必要性は?」

「君と縁があったからだろう。召喚を確実に成功させたかったら、縁が深い者や契約等を結んでいる者を喚べばいい。もっとも君がミリアの事を召喚された時点では認識出来なかった為、ややこしくなったみたいだけどね」

 お、これは分かった。

「あ、そっか。矛盾を正させる為に召喚したのに、俺はミリアの声を聞く事が出来なかった。召喚された者が召喚者の声を聞くことが出来ない、認識していないって事は召喚者がそこにはいないって事になる」

「その通りだよ。なかなか呑み込みがいいね」

 褒められた。けどまだ疑問がある。

「ミリアと縁があったからだろうって?」

 ナイに対して訊いたのだが答えてくれたのはミリアだった。

「ボクとリンはね、逢った事があるんだよ? その時に約束もしてるんだ」

 …………………………。

 待ってくれ。覚えがない。朝起きた時の状況じゃないけど覚えがない。

「ミ、ミリア。その、俺」

 変にどもってしまった。そんな俺に懐かしむような表情でミリアは言う。

「ん。覚えてなくても仕方ないんだよ。むしろ、またボクの声を聞き届けてくれて嬉しいくらいだし。出逢えた事自体が有り得ないものなのに、時が経ってからもこうして応えたくれた。それだけでね」

 その後に、「嬉しいんだよ」と続けられた言葉は俺だけに聞こえる声で囁かれた。


 まだ訊きたい事もあったが、俺とミリアの複雑な問題はとりあえず解答を得た(ナイ的には)ので、話はお終いとなった。

 ミリアは寝直すと言い、また俺の部屋に向かった。ナイは茶器の片付けをしている。

 そうそう、朝疑問に思った「俺がどうして部屋に戻って来られてたのか?」は、後からちゃんと答えを貰っている。次のように答えを頂いた。

「ボクとリンは繋がってるんだよ。リンのいる場所は分かるんだ」

 突っ込みどころ満載である。突っ込みは控えといて、要するに俺の寝泊まりしてる場所は把握していたという事らしい。で、ミリアが運んで来たと。……とりあえずこの件は置いとかれる事に(俺的に)なる。

 ミリアが部屋を出た後、ナイに召喚の事に関して訊いた。途中険しくなった表情の意味を知りたかった事もあるし、そもそも召喚事態がどのように行われるかが分からない。簡単に出来るのか、条件があるのか。

 疑問を聞いたナイは片付けが終わった後に話してくれた。

「リン、僕らの扱う《力》の概要は前に話したよね。召喚は《力》の扱い方としては難しい部類に入る。けど、同じ世界に存在し簡単なもの、例えばさっきの湯飲みみたいな物を召喚するのは比較的容易なんだ。なんの妨げがない場合、無作為に召喚を行っても成功の確率は高い。もっともそうするとどんな湯飲みが召喚されるかは分からないけどね。ただ、異世界の物になると格段に成功率が下がる。《力》を持たない物を喚ぶのにそれだから、《力》を持ったものをとなると格別に難しくなる。それでも召喚が成立し喚ばれるものが決まったとしても、喚ばれる側に拒否、抵抗されると失敗に終わる。さっきも言ったけど召喚を成功させたかったら、縁が深い者や契約等を結んでいる者を喚べばいい」

 一旦言葉を切ってこちらの理解の色を観て、特に問題ないだろうと続きを話しだした。

「僕が行ったのは異世界より無作為に《力》のあるものを召喚する事。成功の確率は極めて低かった。はずなんだけど君が召喚されたんで内心、歓喜したんだけどね。ま、すぐに落胆したんだけど」

 余計な一言を付け加えるナイ。悪かったな、無能で。いや、少しは扱えるから微能か。

「話を戻すけど失敗したら召喚という術式はそこで終了。本来なら何も喚ばれず終わる。本来ならね。けど、ミリアはそれに応えた。ミリアという個人を召喚しようとした訳でもないのにだ」

 つまり、ナイの召喚という手はミリアの世界に伸ばされて何も掴む事も出来ずに終わるはずだった。しかし、ミリアはその手を掴んでこちらの世界へと来た。例え方があれかも知れないがナイの言わんとするは大体こういう事だろう。その伸ばされた手を見つけるという事はいったいどれだけの難しさか。ナイに言わせれば、砂漠の中から一粒だけ違う砂を見つけるようなものだと言う。

 伸ばされた手は何も掴めなかった時点で消えるはずなのにそれを見つけて掴む事の出来た異常さ。

 そもそも召喚を行っている《力》を感知できるものなのだろうか? それはナイの表情があの時語っていたままだと思う。

 ミリアの件に関してはまだまだ謎だらけだ。

 けどその話題をこれ以上続ける気はなかった。


 昼に寝てるミリアを起こしてきて三人で食事をとった。その際にナイからミリアもこの家で住んでよいとのお達しがあった。

 昼食後の予定は、ナイは仕事。俺は街へ行き警団への報告、そしてそのままミリアの日用品の買い出し。当然ミリアも一緒に。

 食事後、特に会話はないが各々まったりとしていた。

「さてと、そろそろ行こうか」

 と、ミリアに言う俺にナイが声をかけてきた。

「もう少し待ってなよ。来ると思うから」

 主語がない。何が来ると? 疑問に思ったが質問する気もなかったので、そのまま待つ事に。

 それほど待つこともなくナイの言う通りに来た。扉を開けて入って来たのはメイだった。俺達の近くまで来て、ミリアの方を少し気にしながら、「こんにちは」と挨拶をする。俺達もメイに挨拶を返す。

「やあ」

「ん。こんにちは」

 その後メイはミリアに簡単に自己紹介をする。

「メイです。そこのナイの、不本意ながら妹です。ミリアさんの事はもう聞いていますので。バカ兄が迷惑をかけてすいません。まさか、リンさんに続いてミリアさんを召喚してしまうなんて」

 不本意と言う時、やたら力がこもってなかったか? それはさておき、どうやらナイはメイに、俺に引き続きミリアをも召喚してしまったと伝えてるみたいだ。ミリアもその辺の事情を察して、「ううん。気にしてないよ」とだけ答えているし。そのまま言葉を続けてミリアはメイに質問をする。

「メイって何歳?」

「あ、私は十四です」

「んー。メイ、ボクと同じ位かと思ったんだけどな」

 同じ位って、どう見てそう思ったんだ? この後にメイが俺達二人がミリアに訊いてなかった事を流れで訊く。

「あの、ミリアさんは?」

「ボクは十六だよ」

 その答えに俺とナイは思わず声を上げていた。

「「え?」」

 そして見事にハモった。俺達にメイの冷たい視線が刺さる。ついでに言葉も刺さる。

「失礼な事思ってませんでした?」

 鋭い。はい、思ってました。ミリアはてっきり、もっと下だと。俺の方をチラっと見てからミリアはメイに言う。

「ボクは別に気にしてないよ。身長のせいもあってよく間違われるから」

 本人にそう言われたら、続ける理由もないのだろう話題を変えるメイ。

「それでですね、街での買い出しですけど私も一緒に行きます」

 メイが来た理由はこれらしい。正直助かる。ここに喚ばれてから日も浅いし街を案内するにもまだ知らない場所が多い。それに女性の日用品となると俺だけじゃ分からない事もある訳で。ナイも気が利く、メイを呼んどいてくれるなんて。

「メイが来てくれるなら凄く助かる。俺、まだ街の事詳しくないし」

「それは仕方ないです。リンさんだって喚ばれて日が浅い訳ですので」

 考えていた事と同じ事を言うメイ。うん、いい子だよな。

「そろそろ、出掛けませんか?」

 メイのその一言に俺とミリアは頷き出掛けようとした。のだが、メイは俺達の方を見てたナイの方へ向き直り言う。

「ところでバカ兄、ミリアさんの着てる服って私のじゃない?」

 そこはかとなく剣呑な雰囲気が漂っている。

「あれ、貸したらまずかったかい」

「そんな事は訊いてない。なんで、私の服がここにあるの?」

 後半のなんでを言うところから言葉に力がこもる。

 その疑問は俺も思った。ナイって、ひょっとしたらヤバイ人なのか。などと考えてたらミリアがとんでも発言をする。

「んー、ナイって変態?」

 ど直球である。歯に絹着せぬとはまさにこの事。ナイが珍しく絶句してる。そんなナイにメイは止めの一言。

「戻って来てからじっくり理由をきかせてもらいますね、兄さん」

 丁寧な喋りを笑顔でしてるのだが、たいへんこわいです。特に兄さんと言った時が。何も言えなくなったナイを後に俺達三人は街へと出掛けていった。


 街に着いた後すぐに警団へ行き昨日の出来事――魔獣が出た件を報告する。護衛をつけてない件については特に咎められる事はなかった。警団もその区域に魔獣が出た事に驚いていて、特にその事を詳しく訊かれた。

 そうして警団での報告も終わり、買い出しに向かう事になった。

「何も待ってなくても良かったのに」

 歩きながら二人に言う。二人には警団の建物に入る前に先に買い出しをしててもいいと言っていたのだが、俺の報告が終わるまで待っていた。

「待ち合わせ場所、決めてなかったです」

 メイにそう言われ、そう言えばそうだと思い出す。

「ごめん。そうでした。二人を探す羽目になるとこだった」

 そう言う俺にメイは別にいいですと言って、「荷物持ちが必要でしたので」と、続けた。待たせた埋め合わせを何かするよと、心の中で呟いておいた。

 その後は文字通り荷物持ちと化していた。服や小物、身の回りの物を結構買い込んでいる。買う物が増える=荷物が増える。体もこっち来てからそこそこ鍛えてるが、所詮付け焼き刃。体力が……だらしなさ過ぎだろ、俺。

 小休止も兼ねて飲食店に寄る。店の外にもテーブルと椅子があり座れるようになっている。荷物が多いので外の席につく。

 飲食店と言ったけど、お菓子の専門店である。注文したのは苺のショートケーキ。この世界での呼び名は分からないが同じようなものだろう。

 そう言えば、この世界で何故言語が通じてるかを疑問に思ってナイに訊いた事がある。言語や認識の変換が世界を跨いだ時に起こってるらしく、この世界の言葉を知らないのに喋る、聞く、読む、書く事が出来るらしい。つまり自分の世界の言語で喋っても、こっちの世界の言語に勝手に変換されていると。まさに自動翻訳。とりあえずそういう事で理解しといてと言われた。

 で、俺の認識で話を進めると、メイもケーキ(何のかは知識がないのでわからん)、ミリアはパフェ(この世界でもあるのか)……すごいな、おい。何だよその盛りようは。えーと、飲み物は三人とも紅茶。

 三人に注文した品が揃ったところで食べ始める。

 うまいな、これ。シンプルなだけにごまかしが効かない。店自体の味の良し悪しがよくわかる。などと偉そうに能書きたれようとしたけど、食通でもないし味の良し悪しもそこまで分からないのでやめとこう。

 他の二人はというと、メイはケーキを細かく切り取って口に運んでいる。妙に上品というか、気品があるというか。あ、やば。目が合いそうになって慌てて視線を外してしまった。……不審人物か俺は。少しの間睨まれました。

 ミリアは……なんて幸せそうに食べてるんだ。一口掬って口に含んでは表情を輝かせる。まるで初めて食べたかのようだ。そんなミリアについ声を掛けてしまった。

「ミリア、すごく美味そうに食べるね。初めて食べるとか」

 俺の声にミリアは手を休め答える。

「うん。初めて。こんな甘くて美味しいもの食べるの」

 ……本当に初めてだったのか。

「……よく味わって食べるんだぞ」

 なんでこんな台詞を言ったか自分でも分からない。ミリアはうん、と言って食べるのを再開したのだが、メイの視線が、視線が。

「リンさん、何言ってるんですか。ミリアさんを子供扱いですか」

 うう、痛い。そんなつもりは毛頭ありません。ありませんとも。居た堪れなくなって、思いっ切り話題を逸らす。

「お、美味しいね、ここのケーキ」

 あからさまな話題の逸らし方に溜め息を吐くメイ。けど、視線も雰囲気も元に戻して会話を続けてくれた。

「そうですね。私の知ってるお店の中でもかなり上位に位置すると思います。……私的見解ですが」

「けど実際美味しいし。よく来るのここ」

「いえ。それ程頻繁には。月に一度位でしょうか」

「へー。意外に少ない」

「……意外ってどういう意味です? リンさん、私をそんな風に見てたんですか」

「へ。ち、違う。大食いだなとかじゃなく」

「じゃなく?」

「いや、その」

 言葉に詰まる。うまく伝えれない。わたわたとする俺を少しの間見てたメイがくすりと漏らし、「別に怒ってる訳ではないですよ」と、微笑みながら言う。

 ……いや、まぁミリアの時も思ったけど不意にこういう表情されると、なぁ。

 その後もメイと会話を続ける。お互いが食べ終わった頃に漸く気付く。ミリアが静かだ。俺達が話している間も幸せそうに食べてたので、下手に声をかけずにいた。邪魔されず食べる事に集中してたので静かなのは当たり前なのだが。

「ミリア?」

 俺は今更ながらに声をかける。

「……ん」

 弱々しい返事。まさか、具合でも悪くなったのか、と思いつつ訊く。

「どうかしたのか」

「……食べれない」

 答えに脱力した。変に緊張してたみたいだ。言われてみればそりゃそうかと思う。量が量だ。それでも半分位は食べている。

「えーと、無理して食べる必要はないんだけど、ミリア」

 という言葉にメイも言葉を続ける。

「そうですよ。残しても大丈夫です」

「んーー。けど、注文した以上は残さず食べないと……」

 ……立派な心掛けだけど無理はよくない。ミリアにまた声を掛けるべく口を開こうとしたらメイが先に掛けていた。

「大丈夫ですよ、残りませんから。後は全部リンさんが食べますので」

 ……はい? 今なんて。

「ですよね。リンさん」

 こっちを向いて笑顔で言うメイさん。不安そうにこっちを見るミリア。……何だこの状況。

 結局断る事は出来ず。ええ、完食しましたよ。しましたとも。……うぷ。……今度から確認をしてから注文をしよう。


 街での買い出しも終わりナイの家に戻って来る。家に入り扉を閉めて、また荷物を運ぼうとした時。

「ところで、ミリアさんの部屋は決めていますか?」

 メイにそう訊かれ、まだ部屋を決めてなかった事に気付く。

「ん。ボク? リンと同じ部屋でいいよ」

 ミリアが返答した瞬間、空気が固形化したんじゃないかと思う位、その場が固まった。

「リンさん、どういう事ですか?」

 え、こっちに振るの。ミ、ミリア、頼むから爆弾を投下しないでくれっ! メイの剣幕に気をされる俺を見て、ミリアは小首を傾げている。あの表情は分かってない。

 メイはミリアの方に視線を逸らしてる俺を見て、ミリアの方を見て態度を軟化させる。

「ミリアさんはリンさんとは別の部屋です。決まっていないなら空いてる部屋で良いですよね」

 言いつつメイは不満げなミリアの手を取って歩き出す。途中振り返って、「リンさん、何してるんですか。荷物を運んで来て下さい」と、言われました。


 荷物と部屋の片付けが終わった後メイは帰る事になった。帰る前、ナイに昼間の件を問い詰めようとしたが、部屋の中はもぬけの殻。どうやら俺達が帰ってくる前には出て行ってたみたいだ。逃げたな……。

 メイは後日問い詰めますと言い、帰って行った。

 ……今日は色んな意味で疲れたから早く寝よう。


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