松本さんの攻防戦
「あんたには言われたくない!」
そう叫んだのは昨日。
叫んだ時の相手のポカンとした表情が頭から離れない。
そして私は勢いのまま教室を飛び出したのだ。
だって我慢ならなかったんだもの。
なんて、今の私には感傷に浸る暇はなかった。
「で、松本さん聞いてる?」
「いいえ全く」
「その反応じゃ、ちゃんと聞いてるね」
聞いてねえって言ってんじゃねーかコノヤロー。
そう口に出して言えないのは、目の前にいる人物に歯向かったら何をされるかわからないからだ。
目の前でにっこり笑う男。
三年一組、神田瑞希。
顔良し頭良し運動神経良しのお前どこの少女漫画キャラですか、って言いたくなるほどのハイスペック男子。
略するとHSD。
私の友達は彼をよく人間じゃねえ地球外生物だ、と言っている。
そんな男子に何故か迫られている私。
後ろは壁、左も壁で右は神田の腕、そして正面は神田本人。
なにこれどこの少女漫画的ときめきシーンですか。
「あの、結局何なんです…?」
「だからね、昨日俺とぶつかったでしょ?」
「…それはさっき謝罪しましたが…」
「だーかーらー、やっぱり話聞いてなかったんじゃん…!」
だから聞いてないと言っただろう。
神田は一つため息を吐いたが、私の方がため息を吐きたい。
くそ、イケメンは何してもイケメンだなコノヤロー。
神田が言う昨日ぶつかったというのは、私が教室を飛び出した時、私が叫んだ後の出来事だ。
私は勢いのままに教室を飛び出し、すぐ近くの廊下の曲がり角で神田にぶつかった。
その時は自分のことでいっぱいいっぱいで、謝罪もそこそこにその場を去ったのだ。
どうやら神田はその時のことを言っているようだけど。
あー、何か昨日のこと思い出して泣きたくなってきたよ。
「ちょ、ちょっと何で泣きそうな顔すんだよ…」
「してないっ」
「いやいや、してるって。ったく、そんなにあいつが…」
慌てた神田は一つ小さな溜息を吐いて、恨めしそうに何か呟いた。
私は人前で、しかもそんなに親しくもない相手の前で泣くもんか、と涙を堪えるので精一杯で、神田の言葉は聞こえなかったけど。
昨日、私は教室でとある男子と談笑していた。
一年から同じクラスで、趣味が合うこともあり一番仲の良い男子だ。
もちろんというか当然というか、私は彼が好きである。
私はそんなにお喋り上手なわけじゃなく、逆に口下手なところがあった。
それでも彼は笑顔で私の話を聞いてくれるのだ。
嫌な顔一つせず、いつもいつも。
徐々に徐々に、私は彼に惹かれていったのだ。
でも今更この関係を壊すことが怖くて、私はこの気持ちを伝えようとは思えなかった。
そんな彼が、昨日冗談めかしに私に言ったのだ。
「お前って、彼女にするにはつまんないよな」と。
カッとなった。
冗談でも、彼がそんな深い意味で言ったわけじゃなくても、言ってほしくなかったのだ。
きっと泣いてしまうから。
泣いたら、私の気持ちがばれてしまうから。
ばれたら、今のこの、曖昧で心地好い関係が終わってしまうと思ったから。
そんな終わり、嫌だから。
「松本さんてさー…」
「な、に…」
「何で泣くの我慢するの?」
「我慢…なんて…」
「してるって。ほら」
突然、俯いていた視線が上にあがる。
あろうことか、こいつは私の顎を掴み上を向かせていた。
涙で歪んだ神田の顔に、笑みが浮かんでいるのがわかる。
驚いて目を瞬かせると、その動きで涙が一筋頬を伝った。
「ほら、やっぱり」
「何、するのよ!」
「いや、可愛いなあと思って」
「、はあ?」
こいつ、Sなのか?
私は神田の手をたたき落として、乱暴に袖で涙を拭う。
人前で泣くなんて…!
私はキッと睨みつけるように、再び視線を神田に向けた。
が。
「っ!?」
「松本さん俺さ」
視線を上げたら、すぐそこに神田の端正な顔があった。
思わず身を引くが、ドン、とぶつかり後ろは壁だったことを思い出す。
しまった、逃げ場がない。
そう私が慌てている間に、神田が私の顔の横に肘を着く。
ほう、これが今話題の壁ドンというものか…。
なんて呑気に考えている場合じゃないな。
近い。どうしようとてつもなく近い。
私が視線をさ迷わせていると、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「松本さんの泣き顔に一目惚れしちゃった」
「は、あ!?」
「松本さんはあいつのこと好きなんだろうけど、俺遠慮はしないから」
にっこり。
これでもか、というほど綺麗なスマイルを頂いた。
私、松本優子の攻防戦は、こうして幕を上げたのだった。
END
お読み頂きありがとうございます。
突然思いついた話ですので、色々キャラが不安定でした。
これも長編書けたら書きたいと思っています。
登場人物
松本優子:主人公。
恋する乙女。口下手設定だけど、神田にだけはずばずば言う。
神田瑞希:松本さんのクラスメイト。三年一組。
顔良し頭良し運動良しの少女漫画的完璧少年。
松本さんの泣き顔に惚れたらしい、Sっ気がある。
松本さんの友人曰く、地球外生物。